第七十九話
「おお、そうじゃ。これも何かの縁じゃ、おぬしらのところに吾の行き付けの商人を派遣してやろう」
もちろん商人は裏商会じゃがな。
借りは作らず貸しは作る。これが正しい人の堕落(おと)し方じゃ。
これで裏商会に融資でも頼めばこちらのもの、内側から崩壊させてやるのじゃ。
もっともそれほど都合良くは行かぬじゃろうがな。むしろそのような展開になるなどご都合主義乙!と叫ぶぞ。
まぁ、公孫賛は普通の人だけあって返済してくれるじゃろうが劉備はひたすら綺麗事で無心して諸葛亮や鳳統が裏で踏み倒す……なんてことをやりそうじゃがな。
ただし、それは普通の後ろ盾がない商人相手だからこそ可能な手段か。吾が後ろにおるとわかっておる商人にそのようなことをすればどうなるか……諸葛亮や鳳統ですらおそらくわからんじゃろう。吾を測りかねておるからのぉ。
「おお、それは助かる。冀州に袁紹が来てからというもの商人が減ってきているって聞いているからどうしようかと思ってたんだ」
吾が言うのもなんじゃが……苦労しておるのぉ。
袁紹ざまぁのことじゃから周りのフォローなんてしておらんじゃろ。優秀な田豊や沮授らも所詮は新米じゃから都市運営、国運営で忙しく、外交の基本が疎かになっておるのじゃろう。
本当は都市運営や国運営では外交こそ大事なのじゃが、まだまだ若さと経験の無さから気づかぬのであろう。
それにこの時代は情報という概念がかなり薄いからの。感覚的にはわかっておるものが多いが理論的にはまだまだ成立しておらん。一応孫子の兵法で敵を知り己を知れば百戦危うからず、と近いことは書かれておるが正しく理解し、実践しておるものなんぞ多くはおらん。
これがもう少し、後二、三年後ならば公孫賛を……幽州を狙っての策略かとも思えるが、基盤が出来上がっておらん現状ではそれもないじゃろう。
もしそんな無謀なことをしておるならば奴らの評価を変えねばならん。もちろん悪い方に。
「えっと、おぬしらということは……私達のところにも?」
「うむ、劉備達も色々物入りじゃろ?吾からのささやかな贈り物じゃ……おお、贈り物といえば……皆にこれをやろう」
布教用蜂蜜じゃ。
この蜂蜜は一般家庭でも一年ぐらい我慢すれば買える程度のリーズナブルなものとなっておる。
あまり高級な蜂蜜を布教用に使ってしまっては後で自分が手に入れる時に二の足を踏んでしまうという魯粛からの助言により、質を下げたものを布教することとした。
吾からしたら誤差程度にしか感じぬ価格差でしかないが、一般家庭には大きな違いじゃからなぁ。
あ、それとこの布教用蜂蜜は何気に費用として計上できるんじゃぞ。もし信者が増えれば商会の客が増えるという名目で宣伝費とすることができるのじゃ。
まぁこんな微妙な蜂蜜を吾の小遣いで買わねばならぬのは苦痛で仕方ないので嬉しい限りじゃが。
「これが噂に聞く、例の蜂蜜ですか」
お、なんじゃ。吾の蜂蜜好きは河北にまで伝わっておるのか?
これは布教に力が入るのぉ。
しかし、なぜか劉備達の顔色が悪いのじゃが……なぜじゃ?
「消し去る前に冥土への手土産として贈られるという蜂蜜……朱里ちゃん、どうしよう?!」
いやいやいやいやいやいやいやいあ!いあ!くとぅるふ ふたぐん!なんで吾がイタリアンマフィアっぽくなっておるんじゃ?!
蜂蜜を贈った相手を消したことなんぞ……一、二、三………………そ、そんなにおらんはずじゃ。おぬしらの兵士よりも……いや、それよりは多い、か?……華琳ちゃんの兵士よりは少ないぞ!
「ハッハッハッ、そのようなものは迷信じゃ。吾がそんなことするように見えるか?」
精一杯キラキラさせた目と笑顔を皆に向ける。
(見えなくもないところが危険なのです)
(見えなくもないんですよ)
「はは、私は最初から疑ってないからな。ありがたくもらうぞ」(確か噂じゃこれ一瓶で家が建つって話だったよな!)
「あ、あはは、そんな袁術ちゃんを疑うわけないよー。ありがたくもらうね」
……劉備達の表情を見るとなんだかとても納得いかんぞ。
公孫賛は何やら欲にまみれておる表情じゃから別に良いが……特にちびっこ軍師達の表情が納得いかん。
吾の必殺技が効かんとでも……む、よく考えれば吾より小さい者に必殺技が通じるわけがないか。同じ属性じゃからの。
そういえば魯粛が蜂蜜に魔の薬(麻薬のこと)を仕込むなどという外道な策を言っておったな。さすがに却下した。吾の愛する嗜好(至高)品をなんということに使おうとしておるんじゃ。
そして改めて魯粛の腹黒さが垣間見えた瞬間じゃったなぁ。
朝廷主催の祝賀会も終了して今は南陽へ帰る途中じゃ。
公孫賛との約束である貿易を成立させるために必要な船は二種類、川船と海船じゃ。
川船に関しては問題ない。船舶競争で色々なタイプのレースをしたのはこういう時のためなのじゃからな。
問題は海じゃ。
現状吾の手元には海に出るための船の資料などあまりない。まだ海を使った貿易をする予定はなかったからの。
というわけで洛陽にある資料を片っ端からもらってきたのじゃ。
名分としては大切な資料の紛失を防ぐために写本の製造ということになっておるが、写本なんぞ洛陽でいくらでもできるから本当にすぎんがこういうことも大事なことじゃ。
ただ、軽く中身を流し読みしてみたがやはりというか竜骨はなかった。
遠海に出ないならば昔の日本同様に必要なかろうが……さて、どうしたものか。新しい船を開発すべきか既存の船で満足すべきか、悩むところじゃな。
「ところで……関羽よ」
「ハッ、なんでしょう」
「……あれはなんじゃ」
「……人です」
「いや、そういうことを聞いておるんじゃなくてじゃ。なぜ劉備の軍が吾の食料を食っておるんじゃ」
今は昼食を食べるための休憩をしておるのじゃ。
洛陽に行く時は少人数であったから一日で到着したが、さすがに四万ともなれば無理をするならばともかく普通の行軍をすれば二日か三日は掛かる。
そして戦に出て苦労した者達に豪華な昼食を出すのも主としての努めじゃ……じゃがなんで劉備達まで?
「それがその……あまりに不憫でしたので私が自腹で用意いたしました」
そういう甘さ、いや、ここは徳と言っておくか、は関羽の美点じゃが与えるのみはあまり褒められたことではないと思うが……表情を見るに自覚ありか?ならば問題ないか。
「それならば良いのじゃ。まぁ劉備達もこれからが大変であろうしな」
「それに関して少しお話が……」
あ、なんかとてつもなく嫌な予感がするのじゃ。