第八十一話
<趙雲>
募兵の許可が出たことは意外だった。
本来民という力を減らしてしまう募兵を他の領主が行うとなれば普通は拒否される……拒否で済めばいいが無礼討ちされても仕方ない所業のはずだが……背に腹は代えられなかったのだ。
これから我らは四郡も任されることになり、しかも全て黄巾の乱以前から盗賊達の根城になっているという……四郡も支配していて根城とか盗賊などと呼ぶのが正しいのかは甚だ疑問だが。
それを解放しようとすれば軍が必要となる。
更に袁術殿は気前よく兵糧や武具まで提供してくださった。なかなか器が大きい御仁だ。
これでしばらくは食事の心配がなくなる。
そして何より、関羽殿という心強い友を得たのは行幸、将が少ない私達に朗報だ。
しかも政務も熟せるという話だ……いい押し付けどころができたな。
先程から募兵のための演説をしているのだが……民の反応は良好……なのだがなぜ皆、私と張飛の足元を度々見ているのだろう。
「————こうして我らは黄巾の首魁を討ったのだ!」
おお〜!という歓声を聞いてこれは決まった。募兵殺到間違いなし……と思っていたのだが……
「まさか私達の足元を見られていたのが投げ銭を入れる器を探していたとは……」
「でもこれでお腹いっぱい食べられるのだー!」
私達は大道芸人ではないのだが……演出の為に槍捌きを疲労したり、鈴々と演舞したのがまずかったかもしれぬな。
……これでメンマが買えるのだからあえて何も言うまい。
噂では南陽は食に力を入れていると聞く、ならばメンマも上質な物を取り揃えているに違いない。
前々から訪れたいとは思っていたのだが変態州牧(曹操ではない)との諍いで荊州に近づくことができなくなったことが痛かった。
実際訪れてみて、一部では食道楽の都市と言われている宛だがその話は嘘ではなかった。
なかなかに美味そうな物が多く、目移りしてしまう……ただし、料金も相応に高い物が多々あるので注意が必要だ。
「どれもうまそうなのだ!」
「鈴々、ちゃんと厳選せねばこの程度の資金、あっという間に消えてしまうぞ」
「わかってるのだ!」
本当か?その目に写っている豚の丸焼きは手元にある資金では到底買えないぞ?
……そういえば、南陽に来る道中に出された食事は関羽殿が自腹で提供してくれたのだったか……いやいや、ちょっと待て、あの時は食事にありつけるありがたさで気付かなかったが、関羽殿の自腹?二千人もの兵士を二日分……しかも一日三食、計六食もの量を自腹だと?!
「ありえない」
一体どれだけの財産を持っているのだ。それとも……借財か、その可能性が高いか。
これは一度、朱里達を交えて細かく話を詰める必要があるな。
「星!虎だ!虎がいるのだ?!」
「鈴々、虎と言うのはもっと南側にいるものだ。それにこんな街中に虎なんているはずが——」
………
……
…
いた。
しかも人が乗っている?!
いや、それよりも周りの民衆はなぜ平然としているのだ。
「お猫様、今日は何を食べましょうか。私は猫飯などいいかと思うのですが」
「ガウ」
ちょっと待とうか、猫飯が何かは知らん、知らないが……虎を猫と言って良いのか?明らかに色々と違うだろう!
「お姉ちゃん、その虎は危険じゃないのか?」
「おや、お猫様……小次郎様のことをご存じないとは他所からいらっしゃったのですか?」
「鈴々達は洛陽から来たのだ!」
「洛陽……ああ、なるほど、黄巾賊の首魁を討ち取ったという劉備軍の方達ですね。私は袁術様家臣周泰幼平といいます。そしてこちらは袁術様の友、小次郎様です」
「ガウ」
なるほど、この虎は袁術殿のものであったか。ならば街を彷徨いていたとしても驚かないのは納得だ。……たまに驚いて悲鳴を上げているのは私達と同じ他所から来た者だろう。
しかし……この者、まだ荒いが武の才があるようだが、まさかこのような者に愛玩動物の世話係をさせているのか?
このような無駄な人事が通るほど人材にあふれているとでも言うのだろうか。
「私は趙雲子龍と言う、こちらは……」
「鈴々は張飛翼徳なのだ!」
「……まさか討ち取ったご本人だとは思いませんでした。良ければ街をご案内致しますがどうでしょう」
「おお、それは助かる。ではメンマが美味しい店を知らぬか?」
「メンマですか……」
なんだ。いつもならメンマという単語に不思議そうな表情を浮かべる者がほとんどだ。しかし周泰の表情は不思議という意味では変わりないのだが何処か他の者と違うような。
「実は袁術様が妙に熱心に取り組まれているメンマ専門店がありますよ。それをお探しですか?」
何っ?!太守直々にメンマの専門店だと?!
もしや袁術殿は同じ志を持つものなのだか?!
「では、早速案内しますね。こちらです」
「鈴々はメンマだけでは嫌なのだ」
「大丈夫ですよ。その近くには色々な美味しいお店がありますから張飛さんも満足できると思います」
「おお〜」
くっ、やはり鈴々にはメンマの悟りの境地に立つにはまだまだ時が必要なようだ。
しかし……メンマも久しぶりだ。
長い間資金繰りに追われてメンマを買う余裕もなかった……資金を得た代わりに志願兵は全く集まらなかったがな。
「確か募兵活動をしているんですよね。あまり集まらないでしょう」
「ああ、大道芸的な客は集まるんだが肝心の志願兵がな」
「この街は黄巾賊の被害にもろくにあわず、裕福なところですから志願兵は難しいでしょうね。裕福なばかりに徴兵することも見送っているのが現状ですし……そもそも兵士となるならここの兵士になった方が楽ではないでしょうが給金がいいですから……あの看板がそうですね」
ほう、ここでは徴兵をしないのか。
世が乱れているというの悠長と言うべきか、それとも余裕とみるべき、かっ?!な、なんだこの給金は?!私達の軍を維持できるほどの金額ではないか?!しかも月給?!
(劉備達の軍は義勇軍という性質上、志を基本として給金が安くなっている。実質ブラック企業だ。そして劉備軍はこれから荒れた人口が少ない地へ赴くので更に維持費が高くなることをこの時、誰も知らなかった)
「ほへ〜兵士なのに凄いお金持ちなのだ……周泰はもっとお金持ちなのか?」
「ええ、まぁ……まだ新米ですから三倍程度ですけど」
……三倍?この額の三倍だと?つまり私達の軍で換算すれば六千人規模の軍を維持できるほどの金額をもらっていると。
………………募兵は続けるがあまり期待しない方がいいかもしれないな。
そもそもやり過ぎると武具と兵糧の提供をしてくれた恩を仇で返すことになり、関係を壊す可能性も孕んでいるのだし、ほどほどに……いや、むしろここは資金を得ることを重点を置くべきか。
幸い私達の演説は受けが良かったようだしな。
「あ、ここがメンマ専門店です」
ほう、ここが……なかなか趣ある店構えではないか。
メンマ用であろうそれぞれ形や色が違う漬け壺を飾るとは……うむ、期待が膨らむ。
お品書きは……ほう、基本のものから辣油、魚醤などで味付けしたもの、それに唐辛子ビタビタ?何やら背中に嫌な汗が……む、メンマ餃子にメンマラーメン、メンマ焼き飯、メンマ丼……ここは桃源郷か?!
「値段もお手頃ですから私もたまに利用します」
「……お手……頃?」
これがお手頃、と言える値段か?
(感覚的には激安スーパーを使っている人がデパ地下に行った気分)
まぁ、先ほどの話ではそもそもの資金力が違うのだから感覚に差があるのは当然だが……なんだか釈然としない。