第八十二話
ふむ、趙雲達の募兵に応じたのは二百人程度か、想像より多いが支障はない程度じゃな。
しかも調べてみれば盗賊崩れのような者達ばかりのようじゃ。吾の軍に志願兵として訓練を受けておった者もおるようじゃが訓練の厳しさに耐えかねた者ばかりじゃから問題ない。
……というか訓練に耐え切れず、辞めたために周りから村八分的なことになっておったようじゃ。
なかなか厳しい民が多いようじゃ。まぁ相応の給金を出しているのだから当然ではあるがの。
そして趙雲達は周泰とたまたま出会って例のメンマ屋に行ったらしい……遅いじゃろ!フリーの時に来ぬか!おかげで研究して損したのじゃ。
それはともかく、実は書類地獄でいっぱいいっぱいであったはずの吾に少し余裕ができたのじゃ。
盧植先生、荀攸、士孫瑞の能力を少し見る時間があったのじゃが……程昱や郭嘉ほどではないがなかなかの有能っぷりじゃ。
それを利用しない手はないので早々に権限を幾つか与え、吾や魯粛達の仕事はかなり減った。
今まで程昱達は仕事の処理は早かったし的確な上申が多かったが客将であるため役職が低く、あまり重用し過ぎることもできずにいたからのぉ。
その点、新たに入った盧植先生達は正式雇用じゃから遠慮がいらんから助かる。
それに盧植先生のメールスカウトにより、五十人ほど色好い返事が帰って来ておるから文官不足は解消されそうじゃ。
更に言うと孤児院の一期生がもうすぐ働けるような年齢になるから更に充実することじゃろう。
問題は盧植先生の教え子というだけあって名士揃いであるため派閥ができそうじゃということと魯粛と盧植が紛らわしいことぐらいかのぉ。少し噛むとどっちのことかわからんなるのじゃ。
「さて、答えは出たかの?まぁ出てなかったら身体から首が離れるだけじゃがな」
「ひぃ」
天和達が並ぶ後ろからスッと刀身が現れ、小さな悲鳴が上がる。
もし婚姻を拒否した場合死刑執行人は紀霊が務めることになっておる。機密性を重視してこの場にいるのは吾と七乃と紀霊と当事者達だけじゃ。
元影達もそれなりに強いが紀霊に掛かれば一瞬なので万が一力に訴えられてもどうとでもできるぞ。
答えは如何に……とは言ってもほとんど決まっておるがの。
この三人が潔く死ぬぐらいなら逃げずに信者と死を共にしたじゃろう。
つまり——
「結婚を選びます」
じゃろうな。
「ふん、やはり気に入らん奴らじゃな。まぁ約束は守るぞ。ただしいくつか条件があるから確認するように」
そう言って契約書を渡す。
選択をしてから追加条件を加えられることに不満があるようじゃがそんなものは知らん。敗者は膝を折り、勝者に許しを請い、言うことを聞くしかないのじゃ。
ちなみに条件とは真名で生きていくこと、三人が会う時は事前に申請が必要、歌うことは禁ずる、旦那が長期不在の場合監視がつく、などなどじゃな。
つまり個々の自由はかなり制限する内容じゃ。
「さて、ではおぬし達の処罰じゃが……影を辞め、七乃付きの文官に任命する」
「ど、どうかご再考を!」「無理、張勲様は無理!」「ああ、地獄とはここにあったのか」
「あれれ〜?皆さんどうしたんですか?私の部下になれることが涙を流すほど嬉しいなんて照れちゃいますねぇー」
本当は書類地獄のマーチにしようと思っておったのじゃが盧植先生の参入によって大きく改善されたのでもっと過酷なことを考えた結果がこれじゃ。
まぁ死ぬことは無いじゃろうから頑張ってたも。
さて、残るは……この太平要術の書じゃな。
まさか二次創作では大体行方不明になるこれが吾の手元にやってくるとはのぉ。
元影達の処罰を軽くしたのはこれも理由にあった。
これが華琳ちゃんの手に渡れば何やら色々な意味で地獄を見そうじゃし、劉備に渡れた色々な意味で天国というなのお花畑が見えそうじゃ。
公孫賛なら……うむ、なんじゃろ。公孫賛が太平要術の書を手に入れても大丈夫な気がする。多分どう使っても袁紹ざまぁになら勝てるかもじゃが吾や華琳ちゃんには勝てるとは思えん。
実は一番怖いのは袁紹ざまぁが手に入れることやもしれんな。一体何が起こるかわからん。
「さて、どのような内容が現れるか……」
太平要術の書は読む者の求めることに反応して内容が変わるという。
吾の望み……それは吾自身もちょっとわからぬな。あまり不自由しておらんし。
「ご開帳…………極上な蜂蜜の取り方?…………おぬし、あれだけの大乱を起こしておいてこの程度か?」
お、内容が変化したぞ……蜂蜜を効率よく採取する方法……
「ハァ……期待はずれもいいところじゃ」
更に変わったか……張勲と魯粛と紀霊の弱点?……燃やすぞ、この駄本!
次は……天下統一の方法?いやいやなんで先にこっちが出んのじゃ?普通一番最初にこれが出そうな……いや、蜂蜜が先か。しかし三人の弱点が天下統一を上回るとかさすがにないじゃろ。
「この駄本が……ほれ、もっと気合い入れんと本当に燃やすぞ」
それからしばらく太平要術の書は必死になって色々見せてきたがどれも微妙でチェンジを繰り返しておったらどうやら太平要術の書が先に音を上げたようで勝手に灰になったのじゃ。つまらんやつじゃ。
「久しいのぉ、州牧殿」
「ほっほっほ、あの小さかった娘が随分と出世したようじゃな。ああ、小さいのは今も変わらんか」
「今も変わらんと言えば南の反乱の討伐に出ておった割りには今も変わらんのぉ。そんなことじゃから中央から横槍を入れられるんじゃよ」
「……」
「……」
まぁ、この程度の皮肉の言い合いは吾らにとってはいつものことじゃ。
州牧殿とは華琳ちゃんのこと……ではなく劉表のじじいのことじゃぞ。
その劉表のじじいじゃが……相変わらず達磨じゃのぉ。達磨というのはデブとかそういう意味でもあるが正確には選挙なんぞに使う達磨に似ておるのじゃ。
これで色ボケしておらねば愛嬌がなくもないんじゃがなぁ。
この場に孫家の者がおらんで本当に良かった。孫策でもおった日には血達磨ができておったな。
「して、今回の来訪は一体何用だ」
「もちろん刺史就任の挨拶じゃよ」
これは本当のことじゃ。
劉表のじじいと全面対決するのは劉家の名を持つがゆえに得策ではないのじゃが刺史に就任してしまったからには関係がより悪化することは目に見えとる。
だからこそ、吾直々に挨拶にやってきたわけじゃ。
吾自身が挨拶に来ることで劉表のじじいより格下であると、上に立っているわけではないと示したわけじゃ……外交とは面倒なものじゃのぉ。
このような些細なことが重要などと小さい奴らじゃ。自分が治める地すら安定させれないくせに見栄ばかり張りよる。
……まぁ外交は見栄の張り合いなんじゃから仕方ないんじゃが……このような些細なことを重要視するなど面倒なんじゃよなぁ。
「そうかそうか、儂も就任を祝おうと宴の準備をしておる」
ありがた迷惑じゃ。おぬしの宴というのは女子を狩る場に過ぎぬじゃろ。
……ブルッ……ううぅぅ、こやつの視線がキモイのじゃ。
明らかに吾を狙っておるな。いつぞや魯粛が言っておったのは本当だったんじゃな。
吾、男の娘じゃぞ。おぬしの守備範囲外のはずなんじゃが……まさかショタもいける口か?!……いや、落ち着け吾。劉表のじじいは吾が男の娘と知らぬだけじゃ。
……それはそれで問題があるのじゃ?!
あ、そういえば張飛も対象に入ってたんじゃから吾も入って当然ではないか!
「嬉しくは思うが、吾は刺史としてまだやらねばならぬ仕事が山積みじゃからの。残念ながらすぐに帰らねばならぬのじゃ」
ここは逃げ一択じゃな。もし招待されようものなら何処に何を盛られておるかわかったものではない。
この世界に媚薬に類似する物があることは確認しておる……非常に不愉快であるが、南陽太守に赴任した時に山のように発掘されたからの。全て焼却処分したがな!……もっともその匂いでいくらか影響があって大変なことになったのは吾の不覚じゃった。
さて、帰るか……ああ、そうじゃった。
「ところで州牧殿は劉備某に何も援助せんかったのかや?刺史の吾が援助したのに州牧殿が何も渡さぬというのはどうかと思うが……」
「ふん、少々準備が遅れておるだけでちゃんと用意しておるわい」
「おっとそれは失礼したのじゃ」
あの表情、絶対出すつもりなかったじゃろ。
……関羽よ。これが吾にできる最後の支援じゃ。
将来敵になるであろうおぬしにやってやれることはこれ以上はない。
……ん?反董卓連合の時、劉備達はどうするんじゃろ。
まさか荊州を横断して参加?無理じゃろ兵站維持できん……さすがにないはずじゃが吾にタカってきたり……ない、ないはずじゃよな?