第八十八話
吾は今、長年苦しめられてきた問題を解決するであろう物を眺めておる。
開発者は李典、提案者は吾じゃ。
もっとも開発依頼をした当時は分野が違うと断られたのじゃが何とか押し切った。
「袁術様の注文の多さに結構苦労したけどいい出来やと思うで、ささっ、持って実感してや」
「うむ…………これは……実に良いものじゃ」
手渡されたそれの肌触りをチェックして確信する。
これは良い……良いぞっ!
ついに……ついに長年苦労してきた——
「それにしても……その、う、うん……不浄を拭うためだけの紙を作れと言われた時には何をわけわからんことをと思うてたけど使ってみてびっくりや」
そう、吾が欲したのは、トイレットペーパーじゃ。
この時代には紙はある。あるんじゃがとてもじゃないが尻を拭こうとは思えぬ代物じゃ。ゴワゴワで固いし、吾の美しく可愛いお尻が傷だらけになるのじゃ。
仕方なく通貨としても使うこともある絹で拭いておったが……やはりなんというか……落ち着かんのじゃよ。
それにしても……なかなかの再現度じゃぞ……というか、余談で話したミシン目すらも再現するとは流石李典じゃの。
「私も使いたいんやけど……こんな金が掛かるもんを日常的に使うなんて大陸探しても袁術様か魯粛様ぐらいやで」
うむ、資料を貰ったが文字通り金で拭いておるようなものじゃからな。
絹は洗えばまた使えるからの……衛生面のことは考えぬぞ。日本の衛生面なんて求めるのは酷じゃからな。
それはともかく、さすがにトイレットペーパーを一般化するのは難しいのじゃ。絶対盗む奴が出てくるじゃろうしな。
「じゃあじゃあ幹部にだけ配布してはどうでしょうか、それなら財務も皆さんのお財布もそんなに痛みませんよ」
「……七乃、さては先に使って虜になったな」
「どきっ、そ、そんなわけないじゃないですか。私がお嬢様を差し置いて……」
まぁ別に先に使った程度のこと構わんがの。
ふむ、幹部にのみ……か、まぁ優遇政策の一環ということにするならそれほど予算がいるわけでもないし構わんか。
「ならば採用するとする。李典、大儀であった。次の開発予算は期待してくれて構わんぞ」
「おお〜、正直開発にはいくら金があっても足らへんからな。頼まれとるポンプ言うんもやっとなんとなく原理がわかってきたところやしな」
おお、吾が伝えたアバウトなイメージで手がかりが掴めるほどになったのかや。さすがチート……いや、ずるくないか……さすが天才じゃの。
手押しポンプが出来上がれば疫病も少なくなるじゃろうし、水の汲み上げ作業も楽になるじゃろう。
そうすれば更に労働力が確保できるのぉ。別に労働力に困ってはおらんがもっと余裕ができるのはいいことじゃ。
「そういえば馬車の揺れが嫌って言うとったからちょっと工夫してみたから後で試乗してみてや」
まさかサスペンションが?……いや、さすがに李典とは言ってもそこまではないか。
後で乗ってみたのじゃがサスペンションではなかった……というか吾に理解できぬ何かで工夫されておるようで李典の才能をまざまざと見せつけられることとなったのじゃ。
劉備達の快進撃は武陵を制圧してストップしたのじゃ。
どうやら桂陽は今までの内応を警戒しておるせいで今までのようにいかなくなったようじゃ。
それにやはりというか武陵という不良債権を抱えたため財源が尽きたようじゃな。早くも裏商会に金を借りきたのじゃ。
返してくれるかどうかは疑問じゃが、武力で取られるよりはマシじゃということで貸したそうじゃ。
もしこれで返ってこなければ徹底的に広めてやるのじゃ。徳が高い人間ほど信用を失えばどうなるか……可愛さ余って憎さ百倍というからのぉ。注意して欲しいものじゃ。
……魅力チートでどうせねじ伏せられるだけじゃろうがなぁ。
何が皆が笑顔でいられる国じゃ。都合がいい人間が笑顔の国の間違いじゃろ……あ、まだ踏み倒されたわけではないか、気が先走り過ぎたの。
そういえば劉表のじじいが早速劉備を目障りに思い始めたらしく、何やら裏で動いておるようじゃが……孫堅と違って思い入れがないので助けてやるつもりはない。
むしろそれを利用してやろう……と思わなくもないが、劉表のじじいに乗っかると諸共沈むことになりそうじゃからやめておくのじゃ。
なんというか劉表のじじいは噛ませ犬というか中ボス……いや小ボスの匂いがぷんぷんするんじゃよなぁ。
袁遺による揚州の掌握はそこそこうまく行っているようで、目立った敵対勢力もおらず、何とか立て直すことに成功しつつあるようじゃ。
まぁ結構な額の資金を注ぎ込んでおるから潰れてもらっては困るんじゃがな。
呉懿や楽進達は今もまだ袁遺をサポートするように残しておるが、近いうち引き上げてもいいかもしれんな。
孫策達ならいくらでも貸出するんじゃが……袁遺から断られたんじゃよなぁ。
まぁ孫策はオーラだけは覇王を醸しだしておるから邪魔なのはわからんでもない。袁遺は官僚じゃから軍人は苦手じゃろうな。
以前から言っておるが南陽から揚州へは長江の水運を使うことによって物流が生まておる。
つまり揚州は元々富むのにそれほど苦労のいらぬ地じゃ……まぁ南側は山越などがおるからまた別の話であるが。
そして、本来ならそこで終わりであったはずの交易路が幽州まで伸ばすこととなったが……なかなかに苦戦しておるようじゃ。
さすがに船は専門外で李典ではない者が開発、建造しておるがやはり河ならともかく海となるとノウハウ不足で難しいようじゃな。洛陽から奪ってきた資料はあくまで資料、その通り作ったからといってどうにかなるほど簡単なものではない。
とりあえず小さいリアルな模型を作って試させることから始めたのじゃ。いきなり大きな船を作ると失敗した時のロスが大き過ぎるからの。
そういえば途中で寄港する徐州にも手を回さねばならんかったか、色々と忙しいのぉ。