第八十九話
「やっほー、袁術様!こんなところで会うなんて珍しいのー」
こんなところって……一応自分の職場じゃろ。言いたいことはわかるが、自分の職場をそのような言い方をするのはどうなんじゃ。
まぁ、デザインが書かれた紙や布切れなどが散乱しておるからお世辞にも綺麗とはとても言えんがな。
……吾の執務室も書類で埋め尽くされておるから人の事は言えんがの。
「うむ、おぬしの仕事は吾には難しいからのぉ」
「えー、袁術様も女の子なんだからお洒落しないと駄目なのー」
残念、男の娘じゃから仕方ないのじゃよ。
別にお洒落に興味が無いわけではないのじゃが、残念ながら于禁が担っておるのは女性部門だけじゃから吾には少し選びづらいんじゃよ。そして男向けは男の娘なのでなかなか……難儀なことじゃ。
「そうだ。お洒落はともかく、袁術様の服装は夏だと暑そうだから夏仕様とかいいかもなのー」
ほう、一理あるか。
吾の格好は一年通して原作の袁術の服装じゃからな。衣装棚も全てこの服で埋められておる。
特に強いこだわりがあるわけではないが……やはり原作の袁術と同じ服装じゃと気合の入りが違うんじゃよなぁ。
しかし、それと引き換えに冬はそれほどでもないが夏は死ぬほど暑いのじゃ。しかも汗を吸うと異様に重いからのぉ。常時持ち歩いておる蜂蜜を加えるとかなりの重さになる。
名家ゆえに我慢せねばならん見栄というものもあるのじゃが……私生活ぐらいはもっと快適に過ごしたいものじゃ。
「うむ、良きに計らえ」
「じゃあまずは寸法を測るの!」
……あれ、もしかして何気にピンチか?!
あ、これ!手をワキワキさせるでない!吾は脱がんぞ!服の上からで——
「それじゃ正確な寸法がわからないの!」
正論など知ったことではないわ!後で魯粛に……七乃に……駄目じゃ、この二人じゃと吾の貞操の危機に陥るぞ……紀霊に頼むのじゃ。
「そんなに恥ずかしがらなくてもそのうち大きくなるのー」
身長の話じゃよな?これ、胸を見るでない。胸が大きくなったらそれはそれで困るのじゃ。ホルモンバランスの崩れとかこの世界で治療のしようがないぞ。
それとすでに年齢は十八を超えておるから成長はせんと思うぞ……というか本当に見かけが十の頃ぐらいからほとんど変わらんかったな。
まぁ大人の事情というやつか……この容姿は気に入っておるから別に良いのじゃが……ん?そういえば吾の年齢を知る者って意外と少ない気がするのぉ。男の娘も年齢不詳な方がいいから問題ないがの。
「まぁあまり期待できんがの……ところで仕事は順調かや?困ったことはないか?」
「順調も順調、順調過ぎて怖いぐらいなのー。それに雑誌で一頁(ページ)もらえたし、やりがいがあるのー!」
そういえばうちが出しておるファッション誌でコーナーを貰っておるんじゃったな。確かコーナー名は『うきうっきん』じゃったか……名前のセンスはこの際置いておくとしよう……于禁も分野は違えど李典同様活躍しておるようじゃ。
そういう意味では楽進が一番地味かもしれん……原作では于禁が地味……あ、海兵式訓練(罵声)があったか、しかし活躍はやはり地味だったと思う。
吾の軍は将の質より兵の質が重視されておるから関羽同様、楽進もあまり活躍出来ずにおる……じゃが一つだけ関羽になく、楽進にあるもので少しマシな活躍をしておるがな。
それは……『気』じゃ。
関羽は一応知らず知らずのうちに身体能力を強化しておるが、楽進は放出することができるため、遠距離攻撃が可能で、関羽より射程が長いため活躍するのじゃが……まぁ弓や弩ほどの射程はないので結局は誤差の範囲ではあるがな。
「そういえば袁術様にお願いがあるのー」
「なんじゃ、蜂蜜が——「いらないの!」——早過ぎるじゃろ?!」
最近吾の蜂蜜布教に対して皆が冷たすぎるのじゃ……唯一普通に受け取ってくれる周瑜を是が非でも改宗させねばならんな。
「実は服の展示会をやりたいのー」
「ふむ」
展示会……言葉通りに考えれば服を飾って見てもらうというものに聞こえるが、おそらくファッションショーのようなものじゃろう。
新しい産業として服というのはどうなんじゃろ?これから戦乱に突入することを考えればあまりメリットは無いような気もするが——
「面白そうじゃから許可するのじゃ。魯粛に話をしておくから細かい話はそちらでの」
「はいなのー。袁術様ありがとうなのー」
ファッションショーか……ついでにミスコンっぽいイベントも……いや、嫉妬と怨嗟が怖いからやめておくか。朝廷に召し出せなんて言われても面倒じゃしな。
「孫権!おかえりなのじゃ!」
「お嬢様、直々のお出迎え感謝いたします」
「なんのなんの、意外とおぬしがおらんのは寂しかったからの」
「ありがたいお言葉、身が引き締まる思いです」
(ねえ、私の妹ちゃん……取り込まれてない)
(まさか、孫権様の生真面目さからして取り込まれるなどと……しかし、この反応は……)
孫権が長安から帰ってきたのじゃ。
特に何もなくてつまらなかったじゃろう。
孫策達は邪推しておるが……確かに取り込みはしておる。しておるが、今の挨拶には裏の意味があるのじゃ。
翻訳すると——
「生け贄よ。おかえりなのじゃ」
「わざわざ出迎えしなくてもいいので休みをください」
「いやいや、おぬしがおらん間に仕事はたっぷり溜まっておるからの」
「そんな言葉いらないから……ああ、身体が重くなってきたわ」
という感じじゃな。
つまり短かったが休暇は楽しめたか?また地獄の日々にようこそ、と言ったら手加減お願いしますと帰ってきたわけじゃ。手加減なんぞできるわけなかろう。
まぁ以前のように三徹、四徹なんてせず済むようになったあたり大躍進じゃな。一応書類の山が減るからの。
「宴を用意しておる……が、その前に孫策が不服を申しておるからおぬしが説得して欲しいのじゃ。吾は定められた通りに裁定しただけなのじゃがの」
「…………」
いや、そんなに露骨に嫌な顔せんでもいいじゃろ。おぬしの姉じゃろ?え、それとこれとは違う?そこをなんとか!
「ちょっと蓮華!なんでそんなに嫌そうなのよ」
おぬしが脳筋でバトルジャンキーじゃから説得するのに苦労しそうじゃからじゃ。
あ、孫権の額からビキッって音が聞こえたのじゃ。
孫策よ……なぜぞこまで自分の首を締めるのか……そしてなぜそこまで強気なのか。
後ろに居る周瑜は孫権の反応に何かを察したのか頭を抱えておるぞ。どうやらある程度予想がついたようじゃな。