第九十一話
<周瑜>
ハァ……孫権様は立派になられた。
まさか袁術様に教育の才能が………………ともかく、今回は雪蓮と私が悪い。
元凶は雪蓮だが、私も制止することができなかった。軍師として失格だ……まさか久しぶりの三徹と暖かい陽気と雪蓮の声がいい感じに眠気を誘うとは思いもしなかった。面倒になって放置した私の職務怠慢だ。
袁術様や魯粛様に甘えていたと言われては返す言葉もない。
しかし、孫権様が袁術様にこれほど肩入れするとは思いもしなかったのも事実。
時に雪蓮すらも挫く生真面目さと頑固さがある孫権様が『私の知る袁術様』をそのまま受け入れるなどと言うことはないだろう。でなければ雪蓮と喧嘩するほどに怒ることもないはずだ。
となると考えられるのは私の目が節穴か、もしくは袁術様が何かを隠しているか、それとも孫権様が袁術様に何かを見出したか。
「もう一度見定める必要があるか」
「何を見定めるのじゃ?」
「っ?!」
「うお?!それほど驚くでない!吾も驚いたではないか」
「袁術様、部屋に黙って入られては困ります」
「?何を言っておる。おぬしが許可したから入ったのじゃぞ」
「……すみません。完全に無意識でした」
この程度のことで注意散漫になるとは……揚州というぬるま湯に浸かりすぎていたのかもしれんな。
「理解を得れたなら良いがの。ところで仲違いしたと聞いて心配になって来てみたのじゃが」
「それはお気遣いありがとうございます」
「うむ。しかし、何か思い悩んでおったようじゃが大丈夫かや?蜂蜜はいるか?」
「一杯だけいただきます」
度々差し入れられる蜂蜜、美味しいとは思うがそれほど度々食べたいとは思わないが……この屈託ない笑顔で言われると拒否しづらい。
ただ、袁術様の舌は確かなもののようで一度市場で手頃な蜂蜜が目に入り、なんとはなしに購入してみたのだが……美味いとは思ったがやはり袁術様からもらった物より隔絶の差を認識することとなった。
その後、蜂蜜の値段を決めているのは袁術様だという話を聞いて納得したのは当然だろう。
それにしても……この蜂蜜、以前にも?
「お、気づいたか。おぬしらが揚州に行く前に餞別として渡した蜂蜜じゃ。ちなみにこれは武陵産じゃぞ」
なるほど、それで覚えが……武陵、産?武陵とは南荊州の武陵……なのか?いや、しかし武陵はこの前まで賊に支配されていたはず。
そんなところから蜂蜜を手に入れるとは……もしやそこまで手が長いのか?!
いや、しかし商人だけの行き来ならば……商人?まさか魯粛様の商会がそこまで?
もしや孫権様は袁術様……いや、魯粛様の隠れた力を知ってのあの反応なのか、それならば納得ができる。
「また悩んでおるな。まぁ軍師や文官などというのは考えることが仕事じゃから仕方ないが、ほどほどにするんじゃそ。ストレス……精神疲労を溜めておると心が病むぞ」
「……気をつけます」
以前にも似たようなことがあったな。
思い悩んでいる時に何処からか現れ、適当に話を聞く袁術様。
前回は私達の兵士の訓練場所に悩んでいたのだが、それを聞いた袁術様は「わかったのじゃ」の一言で全てを整えてくれた。
……そうか、袁術様も立派に仕事をしているのか。
いや、よく考えれば私だってそうだが、給金が高いからと誰が好き好んで何日も徹夜してまで仕事なんぞしない。それが中央に近い官僚ならば尚更だ。そして太守がただただ無能であったならいくら魯粛様が締めていたとしても話しにならないだろう。
魯粛様だって人間だ。一人でできることに限界はある。
結局のところ、私が思い描いていた太守とは違う形でしっかり太守をしていたということか……孫権様が言っていたように袁術様を軽く見すぎていたのだな。
「む、悩みが少し解決したようじゃな」
「ええ、袁術様のおかげで」
「そうかそうか、それは良かったのじゃ。さて、これでお暇させてもらうぞ。次は孫策のところに行ってくるでの」
…………実は袁術様はかなり優秀なのではなかろうか。
周瑜のご機嫌取りはなかなか難しいんじゃよ。
孫策は脳筋の上に酒好きじゃから割と簡単なんじゃよ。上質な酒を出せばそれである程度流れるからの。
ただ、周瑜はやはりというかなんというか頭がいいから適度に弱っておる時でないと深読みし過ぎたり察しが良すぎて大変なんじゃよなぁ。
だからこそ弱らせるように仕事漬けになるように仕向けた後、それとなく話を聞いておるんじゃ。正確には孫策に仕事を押し付け、それが周瑜に流れるのじゃがな。
だが、今回は事態が事態じゃから早めに動いたが……大丈夫じゃろうか。後で周泰に様子を探らせるか。
「まぁこれでしばらくは大丈夫じゃろ」
「お疲れ様でしたー。はい、蜂蜜ですよー」
「全く世話が掛かる奴らじゃ」
年齢自体は吾より上じゃが精神年齢は吾の方が上なのじゃから多少は寛容にならんといかんのはわかっておるんじゃがな。
……というか人の上に立つ者は寛容でなければならぬ。善にしろ悪にしろ、な。
もちろん締めるところは締めておるがな。リアルで首を。
「そういえば宦官さん達からお手紙が届いてますよ」
「む、朝廷からではなく、宦官から手紙が?」
十常侍は大体強制力がある朝廷……つまり勅命を使ってこちらに強要してくることがほとんどじゃ。
まぁ気持ちはわからなくもないが、それほど勅命を連発するとありがたみというか凄みがなくなるんじゃが……それはともかく、宦官が個人で手紙とはのぉ。
さて、内容は…………うわー、超面倒じゃ。
簡単にまとめると、何進調子乗りすぎ→袁紹ざまぁ煽り過ぎ→袁紹ざまぁは同門じゃろ→どうにかしろ、ということじゃな。
多少潔癖なところがある袁紹ざまぁの気持ちもわからなくはないが、吾にとっては迷惑なのでやめてもらいたいのぉ。やるならとっとと皆殺しにしてしまえばいいものを……。
どうにかしろと言われても袁紹ざまぁとは物理的に距離が離れておるからどうにもできんし、話すだけ無駄というものじゃ。
となると実家と出仕しておる袁家縁の者達と袁紹ざまぁの配下か……というか袁隗ばあちゃんはどうしたのじゃ?
「七乃、袁隗ばあちゃんの近況を知っておるか?」
「最近は疲れた様子ですね。十常侍さんと肉屋さんの政争は見届人というか完全中立なようです。お嬢様が十常侍に、袁紹さんが肉屋さんに付いていると思っている節があるのでどちらにも味方しづらいんでしょうねー」
……何回も弁明したんじゃがなぁ。やはり取り合ってくれぬか。
袁隗ばあちゃんは吾の本性を知っておるから信頼しきれんか……偉くなるとは難儀なことじゃ。