第九十三話
長い間賊に支配されていた南荊州四郡の民は劉備達が黄巾の首魁を討ち取ったという名声のおかげで歓迎された。しかし、これにはもちろん裏がある。
いくら黄巾の乱が大規模なもので、世間を混沌に陥れたとはいってもまだまだ自称黄巾賊が活動している現状では首魁を討ち取ったと言っても民衆には現実味がなかった。
それを諸葛亮や鳳統が情報操作することで今まで中立か賊と協力関係にあった豪族達はこれからどうするかを決めるために情報確認に慌ただしくなり、民衆の興味を惹き、賊達の士気を多少挫いた。
それらに先んじて動き出したのが蒋苑であったわけだが、当然一番最初に協力して見事一つの郡を支配してみせたその手腕が買われ、劉備勢の中での立場は四郡で一二を争う人口の多い零陵の名士ということもあって諸葛亮、鳳統に並ぶか、それ以上の発言力を有していた。
馬良、馬謖もまた豊富な人脈や武陵の復興に財産を投げ打つなどの貢献で元々名声があった二人だが更に発言力を拡大している。
そして、ダークホース三国志的元祖猫耳謎軍師黄皓もまた発言力を強くしていた。彼女の場合は本人自体は小物であるがその性格から商人達が与し易しと資金援助を行われた結果甘い蜜に集まったゴキブリの集団というなんとも厄介な勢力となっている。
これらの結果がどうなるか……魯粛と紀霊、張勲というまとめ役がいる袁術勢よりもドロドロな派閥争いである。
表向きは劉備を立ててまとまっているし、全体の方針自体は諸葛亮や鳳統が示す通りになるが一歩踏み込むと既得権益の激しい争奪戦が行われている。
劉備の求心力は民衆には絶大の効果を発揮したが、豪族達には効果は今ひとつのようだ。
本来なら絶大なカリスマを放つ関羽がまとめていたし、断罪者としての役割を担っていたのだろう。しかしここでは新参者の関羽でしかなく、劉備や張飛と義兄弟ですらもないため発言力がないためどうにもすることができずにいた。
ポジション的には趙雲がその位置にいるのだが、誠実や真面目とは言えず、さりとて政に長けるわけでもなく、謀略に優れているわけでもないため、まとめ役としては些か力不足だった。
張飛?論外である。
そしてまとめ役の本命である諸葛亮や鳳統はやることが多過ぎて忙しく、それどころではない。
外から見ると順調そうな劉備勢だが中を覗いてみると先行きに不安が目立つ。
曹操は刺史となったが上位組織の人材にはそれほど困っていなかった。
そもそも曹家、夏侯家には優秀な人材が多く、曹操自身はともかく祖父にあたる曹騰は人脈に優れていて孫可愛さに優秀な人材が多く集まった。
問題は下級官吏である。
下級官吏は基本的に腐敗が激しく、犯罪者とほぼ変わらない者が多くいる。それを綺麗に一掃したのは流石曹操であるが、一気に人手が足りなくなったのだ。
これには袁術の人材集めも影響していた。
袁術が足りぬからと全国規模で人材を集めたため、南陽から比較的近い場所の下級官吏のような優遇されない者達は軒並み雇用されていたのだ。
つまり袁術が人材が足らないことへの共感をしていたが、実はその切っ掛けを作った張本人でもあったわけだ。ちなみに袁術の人材が足らないは基本的に上位組織の人材である。
そんな状態でも何とかしてしまうのがチートである。なんと足りない下級官吏を上位組織に入るような人材で埋めてしまったのである。
満寵、劉曄、陳羣や青田買で十代前半である鐘会、鄧艾、羊示古(機種依存文字対策)など錚々たる面々である。
袁術がこれを知った時は蜂蜜の涙を流したという言い伝えがある。真実かどうかは不明だ。
袁術や劉備と違い、曹操は親族で上位陣を固めているため結束しており、派閥はあってもそれも飲み込むだけの大器を持つ主であるため問題にはならなかった。
他と比べると大きな問題はない……強いていえば閨争いが頻繁に勃発することぐらいだろう。
涼州では馬家と董卓が少し距離を置き始めていた。
いまだに食糧難が続く危機的状況であり、経済的にも死滅寸前であるにも関わらず馬家の袁術に対する配慮の無さに賈駆が不安を感じるのは当然であった。
袁術が経営する商会への不買いを察した賈駆は軍需物資として兵糧を買い、民衆へ売るという方法を取ることで危機的状況を脱していた。
そして商会は馬家に対して食料を一切売ることを止め、金貸しと人買いに方針を切り替え、それは成功することになる。
商会は他の商人達と秘密裏に協定を結んでいた。それは涼州のほとんど(董卓以外の場所)で金貸しと人買いは商会が、食料や他の物資は商人達が独占するというものである。
これによって馬を操る人材を手に入れた袁術は騎馬隊の充実を図る。個人で怨み辛みはあるであろう涼州人達(中には捕虜となった羌族も含む)を贅沢な生活漬けすることで懐柔し、後に精強な騎馬隊へと昇華されるがそれはまた別の話で。
馬家は漢中の張魯と并州刺史の丁原と交渉している。ちなみに丁原に北郷、張魯に楊阜が使者として出て、姜維は内政に専念している。
董卓達は袁術派へと舵を切ったことでその恩恵を受け、長安に並ぶ……というのは言い過ぎだが、かなり繁栄していくことになる。
益州は劉焉の支配下である。
史実では黄巾の乱が切っ掛けの難民問題が起こるのだが、南陽が多くの難民を受け入れたことで多少の黄巾賊が湧いた程度で済んだので蛮族との境界がある西側以外は割りと平穏だったりする。
始皇帝縁の地である漢中も支配したいと思っている劉焉だが、中央に配慮して手を出さずに……なんてことではなく、五斗米道(ゴッドヴェイドー)なる怪しげな宗教が怖くて手を出せずにいた。特に漢女なる存在に恐怖していたとか。
頑張れ劉焉、負けるな劉焉。当たって砕けろ!
幽州刺史、公孫賛。
彼女は今、おそらく袁術勢よりも地獄を見ていた。
張燕達が無事合流したことで人口が爆発的に増加、税も配下も兵士も仕事もトラブルも増加、袁術から膨大な資金援助、商人来訪、貿易の開始。
嬉しいけど嬉しくない悲鳴が上がり続ける。
でも、書類仕事のため部屋に篭りがちになり余計に影が薄くなってしまった。