第九十四話
今中華で南陽に次ぐ繁栄を見せている場所は何処か。
それは冀州だ。
冀州は中華有数、いや、中華一の穀倉地帯で古代からそれは続いている。そしてそこに袁紹の黄金律が発動し、更に田豊や沮授などの優秀な文官が奮闘した結果、今までにない繁栄を見せているわけだ。
いくらか袁術が用いた政策が取り入れられたりもしている。まぁ能力が似通っていて、それが成功しているなら取り入れることは有能な田豊達からすれば至極当然のことである。
しかし、冀州が繁栄すればするほど袁紹が目障りに感じるものが存在した。
それは手本としている袁術だ。
彼女は袁術を格下だと思っている。にも関わらず、その格下の真似をせねばならぬことに腹立たしく思っていた。更に実家では次期当主の座を競り合うような形になっていることが苛立ちを増長させていく。
だからというわけではないが袁術が十常侍を援助(しているように見える)するように、親交が元々あった何進に協力するように動いた。
動きこそ似ているが、大きく違った点が両者にはあった。
それは袁術は十常侍を援助しているのはあくまで表面化していない、暗黙の了解の上で行うやり取りだったが袁紹は隠すつもりもなく、むしろ我こそ袁紹と言わんばかりに前面に押し出して動いたことだ。
ちなみだが田豊や沮授に相談せず、親衛隊っぽい二枚看板である顔良と文醜、そして郭図に相談(本当に相談しただけで袁術の黒さを感じて恐れている二枚看板の反対を押し切って)して実行に移った。
堂々と十常侍に宣戦布告したようなものなのだが、豪族達からの支持を得られ、袁本家もかなりの人数が賛同した。
これが更に袁紹を調子付け、そして周りも調子付き、終いには何進まで調子付く。
内政で忙しかった田豊や沮授が気づいた頃には袁紹を諌めるだけではどうにもできない事態にまで発展していた。ついでに言うと二枚看板は毎日胃を押さえる日々が続いている。
郭図は一応袁紹のことを思って行動をしているが……負けの郭図が動くとフラグとしか思えない。
そして十常侍とその周りの宦官がブチ切れ……袁術を頼った。
そこは自分達で解消しろよ、と言いたいところだが、これこそが宦官、これこそが十常侍、これこそが政治家なのだ。
自分達が直接手を下せば評判が悪くなる。ならば間接的に、つまり誰かに頼めばいいのだ。テレビなどでよく聞く政治家の言い訳である、秘書が勝手にやった、というやつだ。
そもそも十常侍が直接動いたことなどほとんどない。大体は『勅命』で行われている。
実際は十常侍が出している命令であっても体裁としてはあくまで帝の命令なのだ。賄賂を渡すことを拒否した盧植を捕縛した時ですら十常侍主導では無く、勅命によるものなのだ。
そして袁術がそれに答えた翌日には袁本家から遠縁に者を含めてが三十人ほどが姿を消し、翌々日に全員水死体として発見された。
更に袁家内で次々縁組がなされ、結婚ブーム到来。
もちろん両方とも袁術と魯粛が手配したものだ。
結婚相手は盧植、皇甫嵩、朱儁、荀攸、公孫賛、呉懿、李厳など、袁術の配下や親交がある者の中から選ばれた。なかなかの名門揃いで好評なようだ。
しかし喜々として結婚していった者達はわかっているのだろうか、もし万が一失礼なことがあった場合、この世から消されることになるのだが。
そう考えると金で転んだ者達は幸せかもしれない。一生生活に困らないだけの財貨を、帝や十常侍以外になら誰かに見せようものなら欲しがるような品々を手にすることができたのだから。
そして何進を担ごうとしていた豪族達も代表格が何人かが懐柔されたり消されたりして沈静化されつつある。
当然、それに不満を抱く者がいる。もうすぐ邪魔な種なし共を消せると喜んでいた何進と袁術を追い落とせると思っていた袁紹だ。
ただし、行い自体は愚かな二人だが、何進は自身の足元が脆いことを自覚していたので大人しくなり袁紹は周りの軍師達に取り押さえられて事なきを得た。もし袁紹がそのまま独走するようであれば——
「ハァ、やっと袁紹ざまぁは静かになったか」
「もう少し騒いでもらえたなら朝敵認定してさし上げたのに……残念です」
(姉様にこの二人を見せてあげたい。どれだけ自分が無謀なことをしているのか、どれだけ自分が世間知らずなのか教えてあげたい……教えたとしても周瑜も汚い仕事はできると反論するでしょうけど……でも違うのよ。『汚い』仕事じゃないのよ。お嬢様も魯粛様もこれが当然の仕事だと思っている。それがどれだけ怖いことなのかわかっていないと私達は……)
最近、孫権が深刻な表情を良くしておる。
孫策と喧嘩した時は不機嫌であったが今は何やら追いつめられておるような……裏の仕事に関わらせるのはまだ早かったか?
「今回は皇甫嵩の爺ちゃん達にも骨を折ってもらったから何かお礼をせねばな」
「蜂蜜は駄目ですよ」
「わかっておるわかっておる……蜂蜜酒を——」
「……まぁそれでいいでしょう」
(良くないから!魯粛様……冗談、よね?本気じゃ……なんでいらないところでこうも緩いのよ)
「しかし董卓達とも繋がりを持ちたかったがさすがに無理じゃったか」
史実通り反董卓連合などができると繋がりがあっては若干問題になるが……それより問題は董卓軍……というより呂布じゃ。
あの呂布に命を狙われる可能性があるのじゃからそれを少しでも軽減しておきたい。
紀霊がどうにか引き分けで終われば良いが……最善で相討ちという未来しか見えん。そして相討ちでも最悪の部類じゃから手を打っておきたかったのじゃが。
「董卓様達では家格が足りません。名家を自負する袁家の方々には少々問題があるかと、何よりこちらからお願いをしておいて誰も選ばなかったなどとなると失礼過ぎるでしょう」
そうなんじゃよなl。名家は面倒な奴が多くていかん。
そういう意味では馬家も同じじゃが、こちらはそもそも検討もせんかった。
関係が冷えておるのもそうじゃが、あの家は脳筋が多過ぎるから袁家の者とは合わぬじゃろう。
ちなみに劉備自身にも縁談を持ち込んだぞ。もちろん嫌がらせじゃ。
返事はとてつもなく長文で東京から北海道に行くのに沖縄経由で行くぐらい迂遠な言い回しで断ってきたのじゃ。
まぁ、ただの嫌がらせが目的であったから受け入れられるとは思っておらんかったがな。
次は、ならば重臣である趙雲や張飛、諸葛亮、鳳統でも……と書いて送ってやるとするか……関羽は外しておこう。
もし誰かに押し込むことができたら暗殺して戦争の口実にできるからのぉ……勝てるかは別問題じゃがな。
さすがに負けることは……負けることは……ないよな?ないじゃろ?……どうじゃろ?最近の将の充実具合を見ると心配じゃ。