第九十六話
七乃の隠れた才能……隠れた?いや、いつも見ておったか、吾と変わらぬ速度ではあったが……まさかこれがそれほどの速さだとは思いもせんかったのじゃ。
今回のことで良いことがあった。それは七乃が随分と他の者に見直されたことじゃな。
陰湿な虐めやしょうもない悪戯が全てではないということを知らしめた……のはいいが、若干ダメージを受けておる者がおる。
その代表格は文聘じゃ。
あまり自分を表に出さない奴ではあるが計算には自信があったのじゃろうな。七乃がどうこうという話ではなく、ただ自信があるもので負けるとは思ってもみなかったようじゃ。
そして、未熟を知り、己を研磨することを決めたようじゃが——
「というわけで弟子にしてください」
「嫌です」
「そこを何とかお願いします」
「嫌です」
「この通り」
「嫌です」
「何でもしますから」
「嫌です」
なんという無限ループ……そんな、ひどい!というセリフが混ざらんじゃろうか?宿屋に行けば「ゆうべはおたのしみでしたね。」とか言われそうな展開に胸熱じゃ。……まぁ二人共女性じゃから華琳ちゃんっぽくなるだけじゃがな。
それにしても……信じられるか?これ、一時間前からずっと繰り返されておるんじゃぞ。
そもそも文聘が七乃に弟子入りなんてなんの冗談じゃ。
確かに七乃は計算が早いがそれは吾と同じく数字に関してだけじゃ。文聘のような物事を計算して読み解くような域まで到達しておらん。
そりゃ文聘を弟子入りという名のデスマーチに参加させれば仕事は捗る……と見せかけて吾と一緒に仕事ができないとなると七乃の処理能力は九十%offじゃから効率がガタ落ち、だからと言って文聘に吾のことを教えるというのもなぁ。何より最近は文官の充実とシステムの見直しで仕事が減ってきておるから側近はあまり必要ないんじゃよ。
おかげで今は毎日五時間も寝れるようになったぞ!睡眠って重要じゃよなぁ。何処かの阿呆が四時間半熟睡すれば〜なんて謳っておったが、絶対嘘じゃろ。人間六時間は寝るべき……ん?吾、まだ寝る時間足りなくないかや?
それはともかく、文聘をどうしたものか……しばらく放置するか。
「助けて下さいよ!」
いや、あそこまで頑なな文聘を説得するのは無理じゃろ。常考。
幸いしばらくは七乃が休んでも問題ない程度しか仕事はないからのぉ……まぁさすがに放置は可哀想か、手助けしてやるとするか。
「文聘よ。李典の新しいからくりで井戸を掘るのでおぬしに陣頭指揮を頼みたいのじゃが良いか?」
「はっ、心得ました」
条件反射的に返答した文聘じゃったが次の瞬間、しまったという表情が一瞬見えた。
さすが文聘じゃ、関羽に並ぶ堅物よな。
ちなみに新しいからくりというのは……名前は忘れたが大きい杭の自重で穴を掘るやつじゃ。(上総掘りのこと)
あやふやな原理を説明しただけで実現させる李典さん、パネェのじゃ。
ただ、まだ試作機段階じゃから効率化を進めるのはこれからじゃから文聘がおれば何かと役に立つはずじゃ。実際李典も文聘によく協力をお願いしておると聞いておる。
井戸堀りが早くなればもっと開拓が進むじゃろうから更なる発展が期待できるぞ。
「おお、周瑜。こんなところにおったのか」
「これは袁術様。何か御用でしょうか」
「いや、以前チューリップを贈ると約束しておったじゃろ?それを渡そうと思っての」
吾は約束を守る男の娘じゃからな。特に女性との約束はの。
「憶えていらっしゃったのですか」
「当然じゃ。帝や十常侍にはもう贈ったので周瑜にも日頃苦労しておる褒美じゃと思って受け取ってたも」
「……ありがとうございます」
「ちなみにこのチューリップは黄色じゃが……実は献上したのは赤色のみじゃ。この色を持っておるのは吾と周瑜だけじゃぞ」
「なっ?!」
ふっふっふ、せっかくのサプライズじゃ。驚いてもらわんと困ったが、十分驚いてくれたようじゃな。
まぁ、帝に献上した物より貴重な物を贈られたら驚いて当然じゃがな。
「なんと恐れ多い……そのようなことをなさって大丈夫なのですか」
「大丈夫じゃと思うぞ」
(気持ちはありがたいがものすごく厄介なものをもらってしまった)
まぁ奴らの目や耳はここまで届いておらぬから大丈夫じゃろ。
なにせ怪しい者は甘寧と周泰、影達が処分しておるからのぉ。
「それと周瑜、健康診断はちゃんと受けておるか?」
「もちろんです」
じゃよな。
おかしいのぉ。周瑜の病が発見されんとは……もしや隠して……いや、医者はこちらが抱き込んでおるからそれはないし、報告も来ておらん。
実は漢中で米の取引をしておったら五斗米道の方から接触があったのじゃよ。
その者達は華佗ほどの善良で腕前がある者達ではなく、現代の医者と似た質であった……つまり名誉と金を欲しておった。
幸いにも金は減らしても減らしても増える吾じゃから金だけは十分に与えて、民の治療や予防を無料で受けさせるようにしたのじゃ。ちなみに診療を受けるのは民の義務として受けぬ場合税金が上がるという普通では考えられない制度を導入したから皆ちゃんと受けておるぞ。
これのおかげで病死する者は激減したのじゃ。機械がなく、人口が力である今は人を大事にせねばならぬ……ふむ、現代の人付き合いが薄くなってきたのはこのあたりも関わってくるのじゃろうか?
……と言うか気で治療ってインチキじゃろ。風邪が一発で治るって卑怯じゃぞ。
そして当然じゃが吾の配下である者達も定期的に診療を受けさせておる。これを破れば七乃の嫌がらせを半年間受けるという罰が効いたのか、皆が真面目なのかはわからぬが今のところサボった者はおらぬ。七乃は残念そうにしておったな。
やはり華佗でないと周瑜の病はわからぬのか?しかし華佗が周瑜の病を発見したりした場合こちらでコントロールができんのは痛いのぉ。
周瑜が健康になるのは個として嬉しいが、組織のトップとしては微妙なところじゃ。孫家に恩が売ると考えればいいが、周瑜がおらん孫家など屋台骨が折れたも同然で孫権を当主に挿げ替えるのも難しくない……まぁどちらにしても華佗の行方がわからぬからどうにもならぬがな。
それにまだ病に罹る前である可能性もあるからのぉ。
「最近は仕事の量も減って楽になりました」
じゃろうな。顔色が随分良いからの。
この前まで病人どころかゾンビのような顔をしておったからな。
「その代わりに新参者がいっぱい増えて顔を覚えるのが大変じゃがの」
「大変ですね」
「うむ、大変なのじゃ」
「ところで孫権様のことですが、良くお仕えできていますでしょうか」
「うむ、少し頭が固いところがあるが心遣いができるし、仕事は一通りできるから十分働いてくれていると思うぞ」
「そうですか……」
「なんじゃ、心配事か?」
「いえ、雪れ……孫策様にも見習って欲しいと思いまして」
「いや無理じゃろ」
おっと、つい反射的に間髪入れずに言ってもうたぞ。
……よかったのじゃ。周瑜も苦笑いを浮かべておるだけで気にしてはおらんようじゃ。
「孫策は前線にいてこそ花が咲く、平和な南陽ではつまらぬかもしれんなぁ」
「いえ、そのようなことは……」
日本人のような謙遜の仕方じゃな。
しかし、そう経たぬ内に反董卓連合があるじゃろうからその時は頑張ってもらうからの。……この前の袁紹ざまぁと何進の増長がまさか反董卓連合のフラグじゃなかったと信じたい。
最近気づいたが、あれがもし反董卓連合の前兆なら吾が鎮火してしもうたことになり、これからの展開が読めなくなるのじゃ。
まぁ過ぎた事を気にしても仕方ないか。