第百四十二話
<ハマーン・カーン>
「ハァ……ハァ……ハァ……」
「心拍数上昇!心拍数上昇!血圧上昇!血圧上昇!」
「うるさい!パイロット測定C制限!」
「了解!了解!」
緊張してる時にハロの声はイラつく。
おかげで少し平静に戻った気がするのが余計にイラつかせる。
これが戦場、これから殺し合いを始めるのだ。
冷静になれ、ハマーン。
『ハマーン様、敵、射程まで100。数は20』
リリーナから報告が入る。
ハァ、それにしてもなんでリリーナはブルーニーの真似をして私の事を様付けで呼ぶのだ……クリスもさり気なく様付けだったな。
最近セラーナまで様付けで呼ぶようになったのだから頭痛が痛い。
「クリス、味方の動向は」
『2、4、5、9は敵と遭遇し、戦闘中。3、7、15はそれの援護を、残りの部隊はこちらに合流まで10分以内』
モビルスーツ編成は連邦が4機で、死神の陽炎とジオンは3機で1小隊という編成が戦訓を元に構築された。
しかし私達ニュータイプ部隊……一部では死神の衣と呼ばれているらしいが……はナンバーズに鍛えられた私達が普通の部隊と同じ編成なわけもなく、2機1小隊となっている。
しかし、約半数足止めされているとなるとこちらが数の上では劣勢となってしまう……が、だ。
この程度の劣勢で動揺するわけにはいかん。
「私達でこちらに向かってくる敵を蹴散らす、異論は」
『なし』
『ありません』
『他に同じ』
「では行くぞ」
戦地での一歩を踏み出す。
くっ、やはりαタイプ(今回は敵が連邦なので全機体ジェニス)だと重いな。シミュレータだったがサイコタイプを操縦させてもらったが反応速度、機動力何もかもが雲泥の差だ。
4対20という物量の差は能力でどうにかできるつもりだ。しかしうっかりサイコタイプと同じように動いてしまわないようにしなくては。
『敵、砲撃』
キャノンタイプがいるか、しかし命中弾どころか至近弾すらないとは腕が悪いのではないか。
……しかもよく見たら実弾ではないか、実弾なら直線移動程度なら至近弾ぐらいはしてみせろ。
『戦闘中だった部隊も戦闘終了、被害なし。合流に動いてます』
アニメの世界とは違って現実の戦闘時間は短い。
ザクが主流だった頃は実弾だったため、もっと時間必要だったと聞いたがビームライフルが普及してからは大幅に短縮された。
ニュータイプならかなり実力差がないと回避合戦になってなかなか決着が付かないが一般兵同士なら先手を取った方が勝つ確率が高く、ニュータイプ対一般兵なら言わずとも、な。
距離が近づくにつれて砲撃の至近弾が増えてきたがこの程度で止まる私達ではない。
「リリーナ、ここから狙えるか」
『障害物』
「撃てるようになったら独自の判断で撃て」
『了解』
実弾はビームと違って曲射が可能なため、リリーナのαタイプはスナイパー仕様なのだがビームのため狙い撃つことができないのだろう。
射線さえ確保してしまえばリリーナの腕ならば射程圏内なら狙撃が可能なはず。
「これからのことを考えると無駄弾は控えたいんだが……」
『ジムキャノン2機撃破』
早?!たまたま障害物があっただけだったのか。
でも連邦は4機1小隊編成のうち1機はキャノンタイプを配備しているって話だから後3機いるはずだ……砲撃が止んでるしいないのか?それとも狙撃で撃破されたので警戒して姿を隠しているのか。
やることに変わりはないがな。前進、突撃、粉砕だ。
「そろそろ通常戦闘可能な距離だ。注意しろ」
『『『了解』』』
彼らは死神の衣の中でも突出している存在ゆえ言わなくてもわかっているだろうがナンバーズの教えを逆らうわけにはいかない。それは他の3人も同じだろう。
速度を落とさず進行しているとかすかな殺気を感じる。
少しすると砲弾が地面を叩く。
「砲撃!砲撃!」
「また砲撃か、しかし——」
『方角が違いますね。それに距離が離れてますからタンクタイプだと思われます』
くっ、面倒な。タンクタイプの射程は部隊最大射程であるリリーナのスナイパーライフルを大きく上回る。
つまりしばらくはこのまま一方的に攻撃されるということだ。砲撃で撃破されることはないだろうが煩わしいことこの上ない。
しかも——
「来るぞ!」
『データ照合、ネモ、数15、後方にジムキャノン、3』
ネモ?確かエゥーゴの新型量産機……あの美しくない機体か。
タンクタイプは別働隊か、余計に面倒な。
「部隊を分ける。タンクタイプを黙らせろ、合流地点と選抜は任せる」
クリスが返事をして後続にいた部隊の気配が離れていくのがわかる。
今の副官はクリスだ。
本当は指揮官機の僚機が副官を務めることになっているのだが、僚機であるリリーナには少し向かないので別部隊(第1部隊がハマーンとリリーナ、第2部隊クリスともう1人)のクリスが務めている。
さすが副官に選ばれただけのことはある。
「チィッあのキャノン、ビームか」
通りで砲撃してこないわけだ。
紙一重で気づいて回避が間に合ったが、ナンバーズがここにいたなら説教ものだな。
「きっと油断大敵巨乳仇敵、とか言うに違いない」
初陣で戦死しては顔向けできん……巨乳が敵であることは同意するがな。
嫌な汗が背中を伝うが気にしている余裕はない。
「リリーナ以外は好きに動け、リリーナは各機をフォロー」
指示を出し、返事は各々の行動によって示される。
私達は3方向バラバラに突き進む。
相手にとっては戦力を分散することが意外なことだったのか、私の正面にいる3機が一瞬混乱したことを感じる。
「寡兵が集団になったところで意味がなかろうが、愚かな。その一瞬が己の命を縮めると知れ!」
スラスターを吹かして速度を上げる。
私が近寄ってきたことで冷静さを取り戻した3機は他の者と同じようにライフルを構え、弾幕に参加するが……なんだその狙いは、弾幕とはいえ最初から見当違いにもほどがある。
「この愚物が!」
間合いを詰める最後のスラスターを吹かし、練習通りビームサーベル引き抜き、練習通りコクピットを突き刺す。
ウゥッ!!
【死にたくない——!!】
「これがナンバーズが言っていた魂の声か——……気持ち悪い」
私は、人を殺し、のか……私は。
『感じ入るのは後にしておきましょうね』
「な……に?」
聞こえるはずのない声が、通信で聞こえる。
『戦場の同情は——』
「自殺と同じ」
『よろしい』
なぜここに……なぜここにいる——ナンバーズ。
と言うかクリスの僚機ってナンバーズだったのか?!
『戦場で余計な考え事は』
「自殺と同じ!!」
くっ、相変わらず心に土足どころか乗っ取りそうな、この感覚……間違いなくナンバーズだ。
「後で話を聞かせてもらうぞ!」
『それはいいですけど危ないですよ』
その言葉と同時に背後から爆発。
平常心を乱した私は気配の察知が疎かにしてしまい、背後にいたネモに気付けなかった。
なんたる不覚。
「感謝する」
『相変わらず厨二ですねー』
ちゅ、厨二ちゃうわ!
「初陣にしては上々ですね」
戦闘は終わり、無事全機無傷で撃破して現在はモビルスーツを降りて休憩しているところにナンバーズが声を掛けてきた。
……何が上々なものか、あの程度のことで取り乱して……これでは私が最初に殺した愚物と同じではないか。
「彼は今回初陣で、この作戦が終わったら結婚すると死亡フラグを盛大に立てていたようですね。後で彼氏が死んだことを彼女に伝えてあげましょう」
私は……
「ああ、面倒なので後悔はしないでくださいよ。死人は帰ってきません」(死体があればなんとかできそうですけど)
わかっている。わかっているが……
「所詮は相手も人殺し……正確には殺人未遂ですけど軍人になった段階で人殺しでしょう。それに最後の思いは『死にたくない』なんて身勝手なことを。自分が殺すのはいいのに殺される覚悟がないとか親の顔が見てみたいですね」
私のあなたがより良いショットになる取得しない限り、人々にそれを撃つ先端無関心取る。覚えていますか?……か。(意味がわからない方は先生で検索してみよう)
「その文が出てくるということはギアスじゃなくて元ネタの方ですね」
「……読んだことはないがな」
結局、私に覚悟がなかったというだけのことか。
「通常の精神構造をしてればそんなものですよ」
「ナンバーズでもそうなのか」
「いえ、殺すことに抵抗はありませんでしたね」
……やはり普通ではないのか。
「私はどちらかというとリリーナちゃんに近い感じですから……もし相談したいならクリスさんあたりがいいです」
「いや、もう十分だ。私は前を向く。死者と共に後悔は弔うことにする。それより別働隊は無事だろうか」
「ええ、被害もなくこちらに向かってきていますよ」
どうやって知ったんだ?
「リリーナ、スナイパーライフルはどうだ」
「給弾と冷却完了」
スナイパーライフルはEパックでエネルギー問題は解決したが、冷却の都合で3発、砲身を溶かす覚悟で4発までしか撃てないという難点がある。
改善予定は当面立たないと聞いた。
「クリス、他の部隊は」
「順調に合流できたわ。後は別働隊と合流するだけよ」
この休憩が終われば平壌攻略戦か、激しい戦いになりそうだ。