第百四十三話
<マリオンズ・平壌近郊>
さて、ハマーンさんの初陣を無事終わらせてこれからが本番です。
初陣の失敗は失敗足り得ません、誰も死んでいませんし、死んだとしても自己責任です。
2度同じ失敗をするようなら……士官コースより厳しい覚醒コースでも考えてみるとしましょう。
ハマーンさんのパイロットとしての腕前は既に養殖ニュータイプの中でもトップ、後は経験の積み重ねだけですね。
養殖ニュータイプ部隊を任せることができたならマリオンズが1、2人自由になることができるんですから頑張ってもらいたいものです。
そういえば他のマリオンズからの情報だと連邦、ティターンズ戦線はまだ膠着状態が続いていると聞いてますが、なら情報漏れはなかったのでしょうか?
それにしては奇襲を予見したような位置に敵が配備されてましたが……私達をすり潰す目的でわざと漏らした?ありえそうです。
ただ、そうならば敵が少なすぎることも気になりますね……奇襲の情報は漏らした、けど奇襲部隊が私達とは漏らさなかった?……そうでした。今私達は死神の陽炎、蒼い死神でもなければ死神の鎌でもない、つまり警戒のレベルが低かったんでしょうね。
それに私達は34機、迎撃に出てきた敵の総数からすれば寡兵ですからねー。油断もするかもしれません。
そんなことを考えていると平壌が見えてきました。
『これより平壌攻略作戦に移る。負ければ退路なし、勝てば英雄。死者は敗者で、生きれば勝者。死ぬことは許さん。各員、勝利を我が手に!』
『『『『ハマーン様バンザーイ!』』』』
……なんだろう、養殖ニュータイプ部隊が凄く危ない人間の集まりになってるような気がする。
少し引き締めが必要でしょうか……と思いましたが先ほどまで変な士気の上がり方をしていたのに私の意志を察したのか、妙なテンションがお通夜状態に。これはこれで問題ありそうですけど……
平壌都市部外縁にはエゥーゴの部隊が陣取っていますね。
数は……160機、ただしネモやジムカスタムなど前衛機ばかりですから都市内部にはジムキャノンやガンタンクなどの後衛機も隠れているでしょう。
本来の力を使えば都市内部の敵ぐらいわかるんですけど、相手にニュータイプがいないとも限らないので本気が出せないんです。万が一私がここにいるとわかったら大変ですから。
それに前の戦いから考えると別働隊が存在するという可能性も捨て切れません。
ちなみに基地攻略ではなく、都市攻略な理由は経済的にダメージを与えやすく、基地を攻略するより楽だからというのと、基地は別に動いているロシアが制圧中だからです。
つまり私達は囮兼本命なんですよ。
さて、ここからはハマーンさんに任せますか。
<ハマーン>
「部隊を3つに分ける。まずは1から7を第1中隊とし切り込み、8から14を第2中隊とし切り込み支援、15から17は遊撃隊とし予備戦力と補給物資の護衛と周囲警戒を任せる。第1と第2は40分毎に交代、遊撃隊との交代は独自に判断せよ」
『『『了解』』』
敵は200以上、本来なら絶望する勢力差だ。
都市内部にいるタンクタイプやキャノンタイプの位置は砲撃が始まり、弾道計算で大体の位置は把握できたが外縁部を抜かなければ潰せない。
塹壕もしっかり構えられ、戦うには問題ないが抜くのは私達でも容易ではない。
「では、行くぞ!」
今回は私が先頭を走る。
指揮官が先頭を走るなど現代においてありえない……いや、ジオンも似たようなことをしていたか。
「くっ、戦いは数だ、とはよく言ったものだ。この弾幕は少しきついな」
向けられる殺気の数が多過ぎる。
回避ばかりしていて前に進めぬ……と思ったらクリスやリリーナは私より前進している。
なぜ?と思ったがどうやら先頭を走っていたが故に集中砲火を浴びていたようだ。回避行動に集中していて気付かなかったぞ。
これでは撃墜マークがつかず、パトレイバーが!!
いや、ここは我慢だ。ここで焦れば失敗するぞハマーン。
「クリス、リリーナ、道を切り拓け!」
私の声が聞こえたのかどうかはわからない、だが、2人の速度は更に上がる。
敵も私から突出する2人に目標を切り替えたが既に遅い。今までは距離があってビームライフルの命中率が落ちていたから少数である私達は攻撃ができず、回避しかできなかったが今は攻撃するには十分な距離だ。
クリスがリリーナと相対する位置にある塹壕から出ているビームライフルを攻撃して溶かし、リリーナはそこへ躊躇なく飛び込む。
『小便は済ませたか?神様にお祈りは?部屋のスミでガタガタふるえて命乞いをする心の準備はおーけい?』
おぉー、私が教え込んだ通り、全周波数通信でリリーナがやってくれたぞ。
これは私も負けられんな。
塹壕でリリーナが暴れているおかげで弾幕に穴が開いた。他の小隊もここが優勢とわかったようで続々と集まってくる。
ただしバラけていた砲撃はこの一帯を狙うようになり、ビームの弾幕から砲弾の弾幕に切り替わった感じになった。
しかし砲弾は遅いので私達にとっては障害物の1つでしかない。
私はリリーナが突入した塹壕とは少し離れた場所に突入、そしてここでかっこ良く!!
「アンパンを食す。その六銭無用と思え」
…………ん?アーーーー?!空耳の方を全周波通信で言ってしまった?!
は、恥ずかしい。に、逃げたい。
『プッ……クッ、プハ、ククク』
この声、ナンバーズか……わ、笑いたければ笑——
『アンパンを食す!うん、そろそろ夕食の時間ですからお腹も空きまし——』
言っておいてなんだが、やはり悔しいので通信拒否。
わ、私は負けない!
一部の塹壕は制圧完了。
第2中隊をここまで前進させて戦線を上げる。
塹壕は3つ用意されているから後2つ突破しないといけない。
今まで撃墜した敵の数は約50、後150程度だ……と思っていたが問題が発生した。
「後ろに回り込まれたか」
どうやら私達の進行ルート以外にも部隊を配置していたが平壌を攻撃されたという知らせを聞いて駆けつけた結果が私達の後ろだったということだろう。
背後の部隊の数はネモ40が2部隊で80、αタイプ40が1部隊で合わせて120機がいる。省略しているが中には61式戦車の姿も見える。
「弾に余裕はあるか」
『まだ大丈夫ですが後のことを考えると……』
「わかっている」
平壌攻略は国境はもちろんのこと、間の基地すらも制圧していない、飛び地制圧である。つまり、補給線などはなく、空軍による補給物資の配達を頼ることになる。
なんとも不安定な補給計画なので物資は節約しなくてはならない。
……やっぱりこれって私の指揮能力云々じゃなくて作戦自体が無謀すぎないか?
「スナイパーライフルは確か3つだったな」
『リリーナのを含めて3つです』
この状況を打破するには精鋭中の精鋭で正面か背後の部隊を撃退撃滅全滅、なんでもいいがとりあえず最低は後退させないと話にならない。
リリーナのスナイパーライフルを別の機体に渡し、予備のスナイパーライフルも配備させる。
「都市内部に入り込めば気配で察知できるこちらが有利だ。第1部隊で正面を突破、それまで第2中隊は後方の敵を牽制、遊撃隊はこれに加われ」
各部隊から了承を聞き、私達は再び弾幕の中に舞い戻る。
挟撃されるというのは想像以上に辛い。
前の敵をどうにかすれば後はどうとでもなるなら精神的に楽だが、まだ後が残っていると思うと気が重くなる。
精神的疲労という意味ではサイコミュが搭載されていなくて助かったかもしれない。
ビームを掻い潜り、さて塹壕に突入——
「このプレッシャー……ニュータイプか?!」
データに無い機体が2機並んでいる。
1機は赤、もう1機は黒……ここに来て新型、しかもニュータイプとかやってくれる。
エゥーゴ……連邦内組織のくせに1つ目とは変わったモビルスーツだな。
「しかし負けるわけにはいかん。クリス、リリーナは黒い方を!私は赤い方を叩く!」
ニュータイプ同士の戦いでは射撃兵器はほとんど意味をなさない。
だからといってナンバーズやブルーニーのように撃たないなんてことはできない。
1発、2発と撃ってみるが当たらない。その動きは——
「こいつは相当なやり手だな」
ニュータイプ部隊の中でも上位の腕前か、あるいは……
「私は負けるかもしれん……が、ただではやられん」
サーベルを引き抜き、斬りかかると相手もサーベルで受ける。
「こ、これは……共鳴?!」
『なに、相手は女か』
「女で悪いかグラサン!」
コクピットあたりを思いっきり蹴り吹き飛ばして転がったところへライフルを撃ちこむが躱された。
誰だか知らんが私を見くびるものは許さん。
それになんだかやつを見ているとモヤモヤイライラしてくる。
「こいつを相手していては時間がかかるな」
このままではこちらが追い詰められる。
早期決着、これが最善……それはわかっているが。
「クッ、やはりそう簡単にはいかんな」
やつを撃つ……ように見せかけて黒い、なぜか気に入らない方を狙ったのだが見事に回避される。
これは本当にヤバイな。