第百六十二話
2月に入るとロシアの寒さ真っ盛り、どうやら寒さにタンク系も限界に達したのか、砲撃が止む。
しかしロシアの砲撃の地獄こそ終わったが別の地獄が待っていた。
砲撃による居住区の被害がかなりあったため、一般人に多く凍死者が出た。それによりロシア政権に不満が……なんてことにはならず、連邦への怨念が強くなり士気が回復するという逆効果を生み出す。
「泥沼が底なし沼に進化したような気がする」
「東の戦線がここまで守り通せるとは思いませんでした。そろそろエゥーゴや日本は平壌を取り戻さないと戦争の行方がわからなくなります」
マレーネが表情を曇らせて言う。
ハーン家ははにゃーん様以外は基本的に平和主義であるため憂いているんだろう。
ぶっちゃけブルーパプワに相応しくない人材だが、優秀さは凡人百人が集まっても勝てないほどの才だから頑張ってもらいたいものだ。
冬を超えてロシアが平壌を確保すると戦況は一気にロシア側に引き寄せられる。
雪で輸送が滞っているのは逆にいえば春になれば輸送がスムーズになり戦線がより安定する。
先日ロベルトをエゥーゴに返したが戦況はあまり変わりない。
「先日倒れた2人が戦線に復帰出来ていないようで決定打が足りないようです。エゥーゴのパイロット不足も響いてきています」
エゥーゴはそもそもティターンズに対抗、いやジャミトフに対抗して作られた組織であり、ティターンズがまだそれほど大きくない現在はエゥーゴも大きくできなかった。
そのため戦争に耐えるだけの人員を確保ができておらず、今では10日訓練した新米パイロットが前線で戦うような末期状態だ。
「それにジオンの生産も復活したしな」
内乱が終わり、政権が盤石になったことにより必要軍事力が更に膨大になったジオンだが潜在的な敵が減ったことにより実質軍縮になるようだ。
消耗した戦力は補充する必要がないぐらいらしく、今はロシアへの輸出用(厳密にはブルーパプワ用だけど)を生産している。
しかも地上専用新型兵器まで輸出するつもりでいるようだ。
ロシアに実地テストをしてもらうんだろう。ジオン公国の最大仮想敵は連邦なのは揺るがないからな。
「ブルーニー、アプサラスVIが完成したぞ」
「……いつから作り始めてたんだ?」
「ん?書類は出していたはずだが」
そんな書類記憶にないが。
後日、散らかり放題のギニアスの開発室から発掘されました。
「まぁ、いい。マレーネに怒られるのはギニアスだからな」
さっきからマレーネが女帝ハマーンのようなオーラを発してるんだけど、それでも揺るがないギニアスはさすがだ。
そしてさすが姉妹、妹さんにそっくりですね!いや、この場合はハマーン様がマレーネに似てるのか。
<アスナ・エルマリート>
「ねえ、アスナさん。一緒に食事に行きませんか?」
「はい、一緒に行きましょう!」
ギレン閣下との戦いには負けたけど、私達は生きている。
戦況はこちらが有利に見えて、実情は瀬戸際だったことはわかってる。だからニューギニア特別地区という第3者が仲介してあの戦いを、全滅ではなく、敗北で終わらせてくれたことを感謝してる。
それにニューギニアという名が付いているのに宇宙にコロニーを持っているなんて凄いと思う。これが独立戦争中に成り上がった組織というのだから驚きです。
今はサイド5工業コロニーエメラルドで臨時ですけどモビルスーツの部品工場で働いています。
体力仕事で大変ですけど平和で落ち着きます。何より人を殺さなくてもいい……シャリアさんを殺した連邦は許せないけど、それでも……それでも平和なこの時間は嬉しい。
こうしてクスコさんとゆっくり晩御飯を食べに行けますし。
「もう誰も殺さなくていいんでしょうか」
「……そうね。ブルーパプワの死神の陽炎は少数精鋭の部隊しか戦場に出さないという話だからしばらくはこんな感じでしょうね」
「そっかぁ」
グラナダに残るとギレン閣下にどんな扱いされるか不安でキシリア様に付いて来たけど、正解だったみたい。
ナンバーズって人にブートキャンプという強化合宿に誘われたんだけどなんだか嫌な予感がして断ったけど……参加するって人達大丈夫かなぁ。
クスコさんは私が断ったから断ったみたい……良かったのかな?参加報酬なんか1年は遊んで暮らせるだけの金額だったけど。
「あら、私がいなくなってアスナさんは寂しがってくれないのかしら」
「そんなことありませんよ。クスコさんは私にとってお姉ちゃんみたいな存在ですから!」
クスコさんは頼りがいのあるお姉さんです。
部隊の指揮だって上手だし、キシリア様とも対等に言い合うほどの胆力もあるし、何より綺麗です。
「くぁwせdrftgyふじこlp?!」
「ど、どうしたんですかクスコさん!」
「な、なんでもありませんわ」
顔が赤いですけど本当に大丈夫ですか?何度聞いても返事は大丈夫ですわ!だけ、私じゃ頼りにならないのかなぁ。
「さ、さあ、今日は何を食べましょうか」
「そうですねぇ……一昨日はお蕎麦、昨日は海鮮丼、なら今日はお肉とかどうです?」
「ならそうしましょう。ならアレとかどうですか」
クスコさんが指した方向にあったのはしゃぶしゃぶと書かれたお店でした。
確か豚肉を湯通しして食べる料理……だったかな。
「ヘルシーで食べやすいと聞いたのでダイエット中のアスナさんにはピッタリです」
「な、なんでダイエット中なのを知ってるんですか?!」
「もちろん知ってます。なぜ知ってるかは国家機密です」
いったいどれほどのことをして私のダイエット情報を入手してるのかな。
しゃぶしゃぶはとても美味しかった。美味しすぎて食べ過ぎたけどヘルシーって話だから大丈夫だよね。
「さすがに5人前も食べればアウトですよ」
「……やっぱりそうですよね」
うぅ、あんなに美味しいお肉があんな値段なのが悪いんです。しかも更にブルーパプワ社員割引で20%オフってどんだけですか。
「グラナダであのクオリティでアスナさんの食べた量だと間違いなく給料が消えてなくなってますね」
「そ、そんなお店行ったことないですけど」
そんなお肉を食べてたんだ、私。
「フアァ……」
「あら、見事なあくびね」
「疲れてるのかな。最近晩御飯食べた後、凄く眠たくなる……んですよ」
いつからかな……確かここに来て……
「食事の後直ぐに寝てしまうと今日のお肉みたいに」
食べられちゃいますよ。という声が聞こえ——
「狙ってたアスナ・エルマリートさんとクスコ・アルさんの勧誘に失敗しましたー」
「残念、洗脳教育……じゃなくてマリオンズブートキャンプに参加すればキシリア派から引き抜けることができただろうに」
本当に残念。
「その代わりキシリアさんから自我なしっ娘を3人ほどいただけました」
「……対価は?」
「自我なしっ娘1人の教育ですね」
えらい安いがそれでいいのか?まぁブートキャンプの全容を知らなければこんなものか。
もしかすると偵察も兼ねているのかも?残念ながらブートキャンプ経験者は恐怖で訓練内容は口にすることはないがな。
無理に引き出そうとしても自己防衛で記憶の混乱が起こり、まともな証言など取れない……そもそもブートキャンプはマリオンちゃんズしか行うことができないから徒労になるだけだが。
「他に報酬に釣られた方50人ほど確保できました」
欲に目を眩ますとろくなことにならないという勉強になることだろう。一生を持って、ね。
「最近死神の陽炎内からの参加者がいませんから助かりました」
「そりゃあ、ヤクザやマフィア顔負けの悪共が規律正しい兵士に生まれ変われば不審がるってもんだ」
普通の人間は普通のままなんだが、どうも属性:悪の人間は属性:従順に書き換えられるっぽい。
巷ではナンバーズファンクラブと呼ばれているが、実際はそんな可愛いものではないのだが、一般人にはわかるわけがない。
「フラナガン機関の様子はどうだ」
「簡単な視察はしましたが、やはり実験内容が内容なだけに不安があります。囚人などを提供することで抑制されるとは思いますが」
本来この手の調べ物(企業に対して)はアイナにやらせるんだけど、現在アイナはキシリア達の監視兼調整役を任せている。
そういえばサイド5のとりあえずの統治者が必要だろうか?マリオンズは防諜や治安維持に忙しいから余裕がない……誰か見繕うか。
「こちらがクローン兵のデータになります」
ふーん……スペックが安定ではないけどファンネルが動かせるだけのニュータイプが作れるのは凄いな。
でもコスト的に強化人間を作る方が安いのか、んー……微妙。
宗教とか道徳とかに真っ向から喧嘩売ることになるからあまり気が進まないが生産はともかく研究は続けさせるか、肉体の欠損を補うことも可能になるかもしれないし。
「医療分野としての研究もするように通達しておけ、四肢の欠損が補えるぐらいにできるなら研究費は思いのままとも言っておくように」
「わかりました」
もう少し安価にクローン兵ができるなら生産させるんだけどな。