第百六十四話
謀られた。
シャアとララァが寝込んだなんて嘘だった。
「まさかウラジオストクが落とされるとか」
「制海権がエゥーゴ側にあったんですから当然といえば当然でしたね」
攻防は3時間で終了。
内容はまずアクアジムIIが上陸、ロシア水泳部はほとんど黄海に送られていてほとんど無防備状態。
この段階でかなり詰んでる気がするな。
そしていつの間にか作られた佐渡ヶ島基地よりフジやジェット・コア・ブースターが増援として駆けつけ、制空権が奪われ、これで100%積んだ。
しかもアクアジムの中にミノ粉散布できる機体を用意されていて、平壌への情報は閉ざされ、朝鮮半島にいるロシアと韓国が知らぬ間に陥落、そして孤立&大混乱。
秘密裏に黄海奪還作戦が組まれていたのだが完全に裏目に出た形となった。
「日本が攻めてくるとしたら対馬からという先入観があったからな。まさか佐渡ヶ島からとは」
「混乱してはいますがなんとか組織立った防衛ができているのでもうしばらくは保つとは思いますけど来月までは保ちません」
せめて黄海が取替えせていたら補給を持続することも可能だっただろうが……今頼りにしているのはマスドライバーで大気圏外に打ち上げて再突入させるという非効率な方法しかない。
幸いというかなんというか、死神の鎌はお偉いさんが護衛としてモスクワから離れてないから俺達的には被害は販売先がピンチという以上のものではないが、できればもう少し利を吸い上げたい。
「だからってアプサラスVIを売る気にはなれないしなぁ」
「それにIフィールドはまだ実戦に投入したくないとギニアスさんも言ってましたし」
この前、一応の完成をみたアプサラスVIではあるが、まだ設計図をみて、組み立てただけのIフィールドはあまり使いたくはないらしい。
「そうなると死神の衣を追加派遣するぐらいしかないが」
「これ以上投入すると特別地区とサイド5の防衛に支障があるかもです」
既に900人中300人を投入しているし、定期的に200人ずつ入れ替えているので実質500人投入しているようなものだ。それと同時に地上にいる死神の衣は全て実質投入しているとも言える。
「今サイド5にキシリア派の監視や防諜のためマリオンズは4人いるし、少し抜いても問題ないだろ」
「……100人までですね。引き抜けるのは。それ以上になるといくら私達でも手が足りなくなります」
「ついでにサイド6に派遣してたマリオンズ1人をサイド5に移すか、サイド6は治安部隊が充実してきたからそろそろいいだろう」
「そうですね。海賊もほとんどいなくなりましたし」
たまに逞しい海賊がいるけどな。最低でも1つは。
存在が確認されている海賊は調べた限りではジオンや連邦、アナハイムの手先ってわけじゃないそうだがムサイ5隻にチベ級1隻、コロンブス級5隻も保有している海賊がウロウロしている。
巧みにブルーパプワの警備や商船を襲わないあたり賢いな。しかも補給はサイド5で行われているようだし……まぁ金さえ払えば誰でも客だからな。
保険が廃れなくていい塩梅で、連邦もジオンもアナハイムも本気で狩る気がないという笑い話でもある。
「じゃ、決定っと。そういえばウラジオストク陥落から天然商品が値上がり傾向だな」
「一時期は二カ国によって荒らされていた相場ですが、連邦優勢になったことによりまた天然商品の値上げが予想され、買い占めに走っている人達が多くいるそうです」
連邦に帰属させられたとしたら今ロシアや北中国が輸出している天然商品は高騰するのは間違いない。
俺達は嬉しいが、スペースノイドからするとまた連邦の横暴が始まるという印象を受けるだろうな。
あ、もしかしてここでも俺達が悪い部分があるのかもしれん。俺達が関税?なにそれ?的価格設定なばかりに連邦の関税が高く感じるのか。
「あ、そういえばロシアに送れそうな人達がいるじゃないですか」
「……それはキシリア達のことを言ってるのか?」
「はい。ダメですか?」
「まだ信用できてないし、死神の陽炎として行動させるには不安があるな」
「そうですか」
俺も考えてはいたんだけど、どっちにしろ補給が維持できそうにないから言わなかったんだ。
<クワトロ・バジーナ>
疲れた。もういやだ。
なんで私とララァばかりがこんなに働かされているんだ。
そもそもエゥーゴに逃げ込む切っ掛けになったキシリアがなんでサイド5でのうのうと生活しているのだ。
借金が帳消しになったのは嬉しいが。
「ララァ、大丈夫か」
『私は大丈夫です。サイコミュの機体を扱うより余裕がありますから』
気丈にも笑いかけてくれるが、その笑顔には何処か力がない。
それもそうだろう、既に以前睡眠を取ってから35時間は経過しているし、睡眠を取ったのは2時間程度だ。
ウラジオストクをなんとか落としてコクピット内ではあるが一休みできているが、それもいつまで保てるか……ロシア軍の生き残りがゲリラとして活動していて思ったより厄介な自体になっている。
何より寒さでジオンから引く抜いたベテランパイロット達の士気が低下しているのも問題だ。
元々ベトナムで戦っていた彼らにはロシアの寒さは堪えている。
『クワトロ大尉少しいいかな』
疫病神……ゴホン、ブレックス准将の顔がモニターに映る。
こういう時に准将から通信が入った場合はろくでもないことを押し付けられることが多い。
『平壌のロシア・韓国軍は今も激しく抵抗している。そちらから南進してもらえないだろうか』
「……無理を言わないでいただきたい。現在の戦力でもギリギリだと言うのにこれ以上戦力を分けるのはさすがに無理です」
『そこをなんとか頼むよクワトロ大尉。クワトロ大尉とリリィ少尉と1個小隊でいい』
それが無理だと言うのだ。
エゥーゴが深刻なパイロット不足なのはわかっている。
ロベルトが帰ってきたがそれは変わらない……アポリーを失ったのは痛い。
まさかニュータイプだけで構成された部隊が存在するなど思いもしなかった。
聞くところによると死神の衣という部隊らしいが……名前からして死神の陽炎、やつ(蒼い死神)の手先であるのは間違いない。
ただし、何やらニュータイプや人工ニュータイプである強化人間とは違った感触があった。
いや、あの少女だけはニュータイプだろうことは間違いない。あの年齢であの技術、どれだけの修練を積んだのやら。
今はモスクワにいると確認できている。願わくば今作戦でもう当たらないこと祈る。
「私達がここを動けばロシアにウラジオストクを取り返されますがよろしいか」
『……』
これで黙らないでもらいたい。私達に余裕がないのは日本から軍を借りたことでわかっているでしょう。
『わかった。日本と東中国に増援を頼んでみよう』
「よろしく頼みます」
日本はともかく、賄賂ばかり請求する東中国を動かすのは難しいだろうがな。
エゥーゴにはそこまで資金にも余裕がない。
最近はアナハイムの影響力が強くなる一方だ。どうやらキシリア派からエゥーゴへ乗り換える形となったようだ。
「ハヤト、戦況に変化はないか」
『ああ、こちらも動きようがないようにあちらも動けないようだ』
ハヤト・コバヤシ、彼が日本のフラウ・ボゥ嬢と繋ぎを取ってくれたおかげで日本を参戦することに成功したという功労者だ。
彼の努力してエゥーゴの今はないだろう。
そんな助けがあっても私達とロシアの戦力はほぼ五分。
相手は前線を抜かれたにも関わらず、これだけの戦力を常駐させていたということだ。
正直この作戦はもう連邦の負けに等しいだろう。
ここまで梃子摺らされたとなると連邦の威信は地に落ちたどころの話ではない。
とっとと負けを認めてロシアを独立させてやればいいと思うが、連邦の腐り具合からしてそうはいかないだろう。
『クワトロ大尉、この戦争はいつ終わるんだ。さすがに——』
ハヤトが途中で言葉を切ると爆発音が聞こえてきた。
「大丈夫か?!」
『ああ、間一髪でな。今までにない砲撃だ。新型か?姿は見えないが——』
『大尉!』
クッ、今度はこちらか?!
弾道からすると曲射、長距離からの砲撃か?しかし命中率が高いな。
センサーを見ると……感度がいいな。ん?もしや……やはりそうか。
『こちら本営、どうかなさいましたか?』
「強い風でミノフスキー粒子濃度が下がっているぞ」
『ハッ!申し訳ありません』
こんな初歩的なミスが起こってしまうのがエゥーゴの現状だ。
ララァは嫌がってるがニューギニア特別地区に移住でもしようかなぁ〜、あそこなら暗いところでもサングラスなんて掛ける必要ないし、平和だし、何より重婚できるからレコアとも——
『大尉?何か横島なこと、もとい邪なことを考えませんでしたか?』
「そ、そんなわけあるまい」
ニュータイプというのは恐ろしい存在だと最近思うようになった。
ただ、レコアも怒ると怖いから要注意だ。
あの少女ともお近づきに——
『大尉?』
「な、なんでもないぞ?」
くっ、ニュータイプはエスパーではないなど誰が言ったのだ!