第百六十七話
ゴップがロシア解放作戦の指揮官?嘘に決まってるだろ。
エイプリルフールだったんだぞ?
嘘だよ。嘘……え?嘘、じゃない?
<ジョン・コーウェン>
なぜこのようなことに……ロシア解放作戦は順調とは言えない現状だが、そろそろ終局が見えてきた。
威力偵察からロシアの戦力を測るのに時間がかかったせいで冬になってしまったが、冬さえ越えれば片が付く……そのはずだったのだ。
この男が来るまでは!
「ゴップ大将、どうしてこちらに?」
「ナカッハ少佐が……おっとこれは内緒だったな」
ナカッハ?聞き覚えがないな。調べさせて報復してやる。
しかし、本当になぜだ。
1週間前にはこのような話は欠片もなかったはず。
「それでコーウェンくん、まだしばらくモスクワへの攻勢を仕掛けられないということで間違いないかね」
「はい、こちらから攻勢を仕掛けるには地の利はあちらにある分不利ですので春になるまではろくに動けん」
「そうかそうか」
したり顔で頷くモグラを見て嫌な予感が……いや、指揮権をこいつが握った段階ですでに最悪ではあるのだが予想の斜め下を突き進むのがモグラというものだ。
「確認するが、今我々は動くに動けず、ロシアも同じということだね?」
「その通りです」
いったい何を考えている。まさかこの天候で切り札を出すなんて言うんではないだろうな。
「ではモスクワ攻略の前哨戦としてソチを落とすとしよう」
「は?」
ソチとは黒海に面した旧時代ではスターリンなどが愛し、それから続く多くの政権が投資したリゾート都市のことか?しかしあそこは要衝地でもない、ただの観光地……いや、世界各国の要人が愛する保養地だ。攻撃しようものなら批判は免れない。
コロニー落としで2度ほど平均気温が落ちたが、夏は更に過ごしやすくなったことにより以前より人気がある。
「私が手に入れた情報によるとロシア軍は交代でソチへ赴き、英気を養っているようだ。ソチを叩けば兵士の指揮も下がるだろう」
言っていることはもっともに聞こえるが、イタズラに戦力を動かすのは下策。
大体、ここからソチまで移動して戦闘するのにどれだけの消費をすると思っているのだ。
「兵站の手配は既に済んでいるので心配いらないから安心し給(たま)え」
無駄に手際良すぎるだろ!そんなところで優秀さをみせるな!
それなら復興にもっと力を入れろ。
(モスクワを落としたとしてもロシアが降伏するとは限らん。もし更に戦争が続くようなら戦費で経済が危ない、そうなると休戦しなくてはならなくなるだろう。そうすると要人達が足繁く通うリゾートであるソチをロシアに奪われたままになってしまうからな。今のうちに取り戻すのだ。……それに再従兄弟が経営しているホテルを広げたいと言っていたからね)
何より問題なのは下策とはいえ一応話の筋を通しているということが腹が立つ。
これが的外れな作戦内容なら軍規によって解任することができるのだが、筋を通されるとそれも難しい。
ここで反対すると私は指揮権を奪われて反発した愚かな中将ということになってしまう。
しかし、ここですぐに折れれば自分が無能とされてしまう……しっかり具申はしておくべきだろう。
「軍を下手に動かすのは思わぬ隙を作りかねません。待てば勝てる戦いなのですからこのまま冬を越えるのを待つべきでは?」
「このまま待つというのは兵達の士気にも関わるだろう?鬱憤が溜まってきていると聞いているが?」
くっ、なぜそのようなことまで知っている。
慣れぬ寒さと世論の脆弱な連邦軍という批評により士気低下と鬱憤が溜まってるのは間違いない。
間違いはないが、だからといって容易く軍を動かすわけには……
「栄えある地球連邦の軍が脆弱などと言われてこのまま黙っているのか。モスクワを陥落させれば問題ないかもしれん。しかしそれで良いのか、このままでは我らは辛勝したように思われるではないか!」
やばい、ブリッジの空気がこのモグラの意見に偏っているようだ。
これはどうしようもない、か。ならば無駄を最小限に抑える方針に切り替えるか。
「わかりました。では……3個中隊ほど」
「いや、現戦力の半分を向かわせる」
「「「ハ?」」」
何言ってるのだ。このモグラ。
確かに半分に分けたところで数の上ではまだロシアと五分程度の戦力を有するが……あくまで五分だぞ?
相手には死神の衣がいるというのに五分でどうにかなるとでも思っているのか?!
「それはさすがに無理です。せめて4分の1——」
「ならん。半数をもってソチを制圧するのだ!」
……え?これ決定?
<ギレン公王>
「ナカッハ少佐、よくやってくれた」
『ハッ、ギレン閣下直々のお言葉、身に余る光栄!』
あの肥え太った豚も使えるではないか。
ソチには一部の死神の衣が休暇に訪れていると情報が入ってきている。
諜報員は100%捕縛されてしまうが、無自覚な諜報員、特に知り合いの知り合いに調べるように頼まれたという類のものは捕縛されにくいということに気づけたのは大きいな。
もっとも本人が諜報員という意識を持ってしまえば即刻捕縛されてしまう上に、こちらとの繋がりが簡単に掴まれてしまうため違約金を課せられるが違約金程度なら可愛いものだ。
こいつはソチに死神の衣がいることなど知らないようだがな。
ニューギニア特別地区を敵に回すのは得策ではないのは重々承知ではあるが、あまりにも圧倒的過ぎる戦力を何とかしたいと思うのは国を任されている身としては当然だろう。
そして連邦の手でそれを削ってもらえると言うならこれ以上はない。
「それにしても急であったのにうまく行ったものだな」
『ゴップ大将はソロモン決戦の折りに半ばもみ消したとはいえソーラーシステムの護衛に失敗しております。ですから汚名返上の機会を伺っていたようです。それに少々餌をチラつかせれば難しくはありませんでした』
この男個人は信頼はできんが、能力はそこそこ信用できそうだな。
まぁニューギニア特別地区に嗅ぎつけられたり、疑われ始めたら即刻切り捨てるが……シニガミコワイ。
「それと例の切り札と呼ばれる機体の試作機の設計図が手に入るというのはまことか」
『ハッ、閣下の派遣してくださった協力者のおかげで開発者の1人を抱き込むことに成功いたしましたので近いうちにお手元に届けることができるかと』
話では新型の核融合炉を積んだ機体だという。
もしその話が事実ならなんとしても手に入れなければ連邦に開発競争で一歩劣ることになってしまう。
「期待している」
『ハッ!ご期待にお答えてしてみせます!』
キシリア追放という貸しをアナハイムに作ったおかげで圧力が減んじた今が勢力拡大のチャンスだ。
手始めに国内企業の活性化させるためにロシアよりの中立国を仲介して日常品を輸出している。
兵器の輸出は利益は大きいが、連邦を敵に回すリスクも大きい。だが日常品の輸出はロシア相手でも制限されていない……が、難癖をつけられるのも面白くないので中立国を介したわけだ。
兵器は相変わらずニューギニア特別地区経由で輸出しているが仲介料があるからあまり利益になっていないがロシアが負けては困るので利益度外視だ。
グラナダは思った以上にアナハイムの影響力大きい。我が妹ながら苦労していたことだろう。
トイレの修理から戦艦の整備までアナハイムがしゃしゃり出てくる。終いには検問までアナハイムがしている始末だ。
なんとか切り崩そうと頑張っているが、下手につつけば逆襲にあうのは間違いない。
生き残った海賊達にアナハイムの船を重点的に狙うことと引き換えに物資を融通しているが効果は微々たるもの。
アナハイム、でかすぎる。
「とはいえ、頼らねば経済が滞るのも事実……頭が痛いな」
頭が痛いといえば、BLなるものが巷で流行り始めているという。
ブルーニーとマリオンが毛嫌いしていて、本場の日本に内政干渉してまで規制させたとか……確かにおぞましいものだ。
しかも私とドズル……んん!……やはり規制すべきだろう。そうだろう。うん。
なんだ、セシリア。なぜ残念そうな顔をしている!
まさかとは思うが……私とガルマ派?そんなこと聞いてはいない!