第二百十五話
<ハマーン・カーン>
「旗艦目の前で足止めをされるとは思った以上の出来上がりだ。クローン兵達より強い」
ライフルを向けても同じ極同士の磁石のように離れていく。
もちろんSFSより砲身の方が早く、狙いを定める機会はあるが——
「こうも邪魔されては、な」
全体の戦況を見ればこちらが有利、そもそも数がこちらが多いというのもあるがアプサラスVIが制空権を広げ続けて安全圏を構築していることが大きい。
陣形が乱れては安全圏へ、敵に嫌な配置を取られれば安全圏へ。
そうすれば大体のことはどうにかなる。
今のアプサラスはナンバーズよりは頼りないが、それと比べればどこの誰だろうと凡兵だ。
黒い三連星はαタイプやサイコタイプなどを率いてこちらに来ているが……まだ少し時間が掛かる。
せっかく旗艦が目の前だというのに口惜しい。
「いや、これは私の経験不足と……腕が鈍っているのか」
ロシア解放作戦以来、一応の訓練はしていた……しかし、平和な時間が牙を鈍くするには十分だったということか。
経験不足は仕方ない、死神の衣はそもそもそれほど結成して戦争を経験したわけではない。
「それにしても鬱陶しい!」
サイコタイプなら手数の多さでどうにかできる自信があるが——
「βタイプは機動力はあっても攻撃力に難がある」
シールドに備わっているミサイルランチャーを撃ってみたが全て撃ち落とされた。
ミサイルの爆煙に紛れて近寄り、近接戦闘に持ち込む。
「回避能力が優れているのは事実、しかしそれだけではな」
爆煙が晴れて目の前に敵がいる。
私が来ることを予期していたのだろう、銃剣付きライフルの銃口が真っ直ぐこちらに向いている。
「雑兵風情が!」
プレッシャーを思い切りぶつける。すると敵は一瞬にして致命的な硬直を生み出すことに成功した。
元々ナンバーズが私達ブートキャンプ入団者に必ず行う洗礼の1つにして、対ニュータイプ専用技術『殺す気』だ。
ネーミングセンスが絶望的だがナンバーズがそう付けたのだから私達(受験生、卒業生含む)に反抗する余地はない。
この殺す気は格下のニュータイプには——
「本当によく効く」
硬直した敵機にライフルで1撃、コクピットを貫く……やっと1機か。だが、これで拮抗は崩れた。
3機で互角、なら2機ならば圧倒できて当然だ。標語通りにしてやろう。
と思ったところで残りの2機が突然爆発する。
『ハマーンの嬢ちゃんにしては苦戦しているな』
「遅れてきて獲物を横取りするとはマナーがなってないな。ガイア……そんなことだからシーマが結婚してくれないのだ」
『それは関係ないだろ!』
「それに新型機なのだから鹵獲しなくていけなかったのだが……」
よし、先にこう言っておけば私に責任は来ないはず。
あくまで2機を落としたのはガイアを始めとする黒い三連星だからな。私は悪くない!
『ちょ、ハマーンの嬢ちゃん。それはねぇだろ!』
『……もしかして俺もか?』
『俺、セーフ。ガイアとタルタロス、アウトゥ。俺、セフゥ!』
相変わらずエロースがウザイ。
それにしても不意打ち程度で倒されるとは情けない奴らだ。
ニュータイプレベルが低いからこういうことになる。強化人間はどうもニュータイプ能力の使い方がなっていない。
やはりニュータイプの能力を伸ばすのはナンバーズだけの技術なのだろうか。
「さて、旗艦をいただこう……か?」
『発光信号、内容は降伏だな』
落とす前に降伏か、いつから正規軍(?)がこうも安々と降るようになったのか。
……まぁ死神が表に出てきたからに決まってるか、じゃないとこれほどあっさり降伏しない。
「ふぅ、これでニューギニア特別地区の地位も盤石だな」
『アプサラスがいるとは言っても死神が居ない状態で防衛を成功させたんだ。間違いないだろうねぇ』
シーマから通信が入る。重力下だとミノフスキー粒子の拡散が早くて散布を止めればそんなに時間が掛からず通信可能になるのは便利だ。
「そういえば今回は良い物が手に入ったな」
『良い物……アルビオンかい?』
「ああ、あの艦の機銃はレーザーだ」
大気中だと減衰したり、空気中の水分で若干曲がったり拡散したりして避けづらかった。
もしアプサラスが射程に入っていたらIフィールドでは防げないため、穴だらけになっていた可能性がある。
『なるほど、技術部が喜ぶだろうね』
「引き渡ししなければ新しい母艦ともなり、前線が安定するだろう」
『まぁ十中八九引き渡さないから使い道を今のうちに検討するとしようか』
こちらは片付いた。
特に何かあるとは思えないがブルーニー達は順調だろうか。
「たまには気分を変えてこういうのもいいな」
『確かにたまにはいいですけど……ブルーニーさんは気をつけてくださいね。慣れてないんですから』
現在俺はマリオンちゃんと離れて……SDサイズでモビルスーツに乗っている。
アプサラスアーマーを脱いだおかげでゲリラは俺達を見ても襲ってくるんだが、エゥーゴはまるでギアスで生きろ!とでも命じられたかのように逃げていくことが問題になった。
サーチ・アンド・デストロイな心情な俺達的には逃したら負けなわけで、どうしようか悩んで出した結論は、俺がSD化してサイコタイプに乗ればいいんじゃね?ということになった。
こうすればエゥーゴも襲ってくれるに違いない。
まぁこれで問題は別に浮上したがな。
「モビルスーツの操縦訓練なんて遊び程度にしかやってないからな」
『だから日頃ちゃんと訓練しておきましょうとあれほど言ってるのに』
自分がモビルスーツなのにモビルスーツの操縦訓練なんて真面目にやってられないっての。
モビルスーツに乗る機会なんてそうはないし。
『これからは私達の知名度でまともに戦ってくれなくなるかもしれないんですから、ブルーニーさんもモビルスーツに乗って戦う時代が来ますよ』
モビルスーツがモビルスーツを操縦するなんてシュール過ぎるだろ。
確かに以前操縦したけど、あれは必要だからであって——
『これからは必要かもしれないんですよ!』
ですよねー。
これを機に頑張らせていただきますです。はい。
今いるのはスーダンで、エゥーゴが集まっている中央アフリカとチャドに隣接する国でエゥーゴの部隊を多く見かけるようになった。
「と言ってる傍から」
砲弾が降ってきた。
もちろんこの程度の砲撃で当たる間抜けはいない。
『砲弾の大きさからキャノンタイプだと断定、方角北西、距離——』
観測結果を聞きつつ前進、キャノンタイプとか遠、中距離の機体に間合いをとっても意味はない。
罠があろうが伏兵が居ようが踏み潰——
『待ってください!』
まさかのマリオンちゃんからストップが掛かる。
そしてビームライフルを1発、俺の進行方向、5歩ほど歩いた当たりの地面に向かって放つ。
着弾——
「爆発?」
『地雷ですね。なかなか厭らしい手です』
おい、地雷って確か条約で禁止されてなかったか?まぁエゥーゴは既に核ミサイルを撃ってるからこの程度問題にはならないか。
『私も少し油断がありましたからギリギリまでわかりませんでした。今度から注意しますから気にせず歩いてもらっても大丈夫ですよ。地雷を設置した人達の悪意を感じるのでわかりますから』
……本当にニュータイプの域を脱してるよな。サイキッカーの方だろうか?どっちでもいいけどな。
地雷を誘爆させつつ進むと——
「またドムIIか!」
ニューギニア特別地区を襲撃した奴らはアッシマーとかR・ジャジャとか新型が多く投入したくせにこっちは旧式ばかりかよ。
こちらは本命じゃないということだろうな。
「よし、訓練がてら俺が1機やる。他の2機は任せる」
『本当に大丈夫なんですか?さすがにSDサイズでビームライフルとか直撃とか耐えられそうにありませんけど』
大丈夫、問題ない。
では早速牽制にビームライフルを2発続けて撃つ、もちろん牽制だから至近弾はあっても当たってはいない。
ドムIIも俺をターゲットにしたようでこちらにクレイバズーカを撃ってくる。しかもご丁寧に散弾。
破裂すると面倒なのでその前に肩の可動砲で撃ち落とす。
これぐらいは俺にでもできるぞ。
だからマリオンちゃん、モニターでそんなにチラチラみないで。
続いてドロップキック……をしようとして、今はモビルスーツに乗ってるんだからそんな荒業したら関節を消費することを思い出して慌ててビームサーベルに切り替えて振り下ろす。
敵がそれを同じようにビームサーベルで受け止める。だがここからがサイコタイプの本領発揮。
可動砲だけを動かし蜂の巣にして終了。
砲の数って力だな。
ブルーディスティニーはあまり多くないけど。