第二百十七話
<死神の陽炎・尋問部屋>
「は〜い、次の方どうぞ〜」
まるでドラマの病院で患者を呼ぶようにマリオンズの声が響く。
この声を聞く度に順番待ちをしている捕虜はビクッと身体が跳ねる。
それは尋問部屋に誰かが入っていく度に悲鳴や罵声、爆弾が爆発したかと思うほどの音が鳴り響く。
そして今度の捕虜という名の生贄は——
「えーっと、貴方は……戦争に加担していない中立国であるニューギニア特別地区を問答無用で攻撃してきた無法者達の旗艦ペガサス級強襲揚陸艦7番艦アルビオン艦長エイパー・シナプス大佐ですねー」
マリオンズが毒を吐く。
事実として戦争に加担しているのはブルーパプワであり、ニューギニア特別地区はちょっと強大な戦力を持つ中立国でしかない。
実際はどうかは置いておくとして、ブルーパプワとニューギニア特別地区は同一のものではなく、あくまで企業と国という別組織だ。
それを同一視して不意討ちで攻撃を仕掛けるなんて無法者であり、テロ以外の何者でもない。
「間違いない」
もちろんそれを理解しているシナプスも否定しない。若干歯を食いしばったが。
「良かったですね。もし事実が認識できてなかったら廃人コースでしたよ」
にこやかに応えるマリオンズ、それに相対するシナプスには由来の分からぬ寒気が走った。
自分の住処を荒らされて気分がいい人間なんぞ居るわけもなく、等しく怒りを覚えるものでマリオンズも当然怒っていた。
しかし元凶であるアナハイムを裁くのは難しい、となるとトカゲの尻尾のような存在でしかないエゥーゴであるが実行犯には違いなく、八つ当たり……ゲフンゲフン、見せしめにするには丁度いい生贄だ。
「ところであなたには大切な方がいますか?」
突然関係のない問に返事に困るシナプス。
だが、マリオンズは返事など聞かずに、うんうんと頷く。
「大体の人には大事な人がいます。祖父母、両親、兄弟、奥さん、お子さん、お孫さん……なるほどなるほど、そうですか、お孫さんが大事ですか」
そう言われた瞬間、シナプスは身体中からドッと汗が湧き出てきたのを感じた。
シナプスも軍人、しかも佐官である。捕虜となり、尋問や拷問などを受ける可能性が高いためそれ相応の訓練を受けていた。
もちろん現在もシナプスの対応は訓練通りだ。
ただし、相手がマリオンズとなると話は違ってくる。
「お孫さんは男の子ですか?男の娘ですか?女の子ですか?」
なぜ男の子を2回も言ったのか理解できないシナプスだったが、やはり沈黙を守る。
「そうですか、女の子ですか。年齢は、1、2、3……3歳ですか可愛い盛りですねぇ」
自分の情報は既に調べあげているということを言いたいのか?それにしては妙な尋問方法だ、と嫌な予感を理論で蓋をする。
「浮気や愛人がいたりしますか……過去にいたようですね。続いては——」
蓋?そんなもの横穴開ければ問題ないでしょ、と次々引剥がされる私情の経歴。
誰でも持つ振り返りたくない黒歴史を穿り返され、家族にバラすと脅され、弄ばれる。
マリオンズのニュータイプ能力を活かした精神攻撃は1時間ほど続けられた。
解放された頃にはシナプスは口からエクトプラズムが出ていた。
「次の方どうぞ〜」
こうしてまた生贄が呼ばれるのである。
ちなみにこの尋問を受けた者達は病院がトラウマになってしまったのは余談である。
「というわけでエゥーゴの詳細情報を手に入れることに成功しました」
「ニューギニア特別地区を襲った奴らの指揮官がハヤト・コバヤシとはねぇ」
そういえばなんでエゥーゴに所属してるんだろ?原作と違って割りとクリーンな組織なのに。
むしろエゥーゴの方が黒いイメージがあるぞ。設立した経緯がティターンズの対抗馬ってだけだしな。
「とは言ってもアナハイムの支援は思った以上に大規模なようでエゥーゴの意志とは別に動いているようなので全体の状況を把握できたわけではありませんけど」
「これは本格的に代理戦争だな。しかも裏にいるのが国家じゃなくて企業だってのが笑えない」
確かに戦争で得するのは基本的には企業……特に軍需産業だ。
もっとも大体の場合は目先の利益でしかないがな。
戦争が起これば購買意欲が下がり、人間が死ねば市場が縮小してしまう。
これが普通だ。
だから戦争と言うのは企業が起こすことは普通しない、しかしアナハイムは訳が違う。というか格が違う。
戦争をすればするほど市場が小さくなるが市場の中のアナハイムという店の割合がそれ以上に拡大させる。
実際アフリカの大きい工場や鉱山の多くはアナハイムが確保している。これでもしエゥーゴが負けたとしても元は取れているはずだ。
連邦のアナハイム依存率は更に高まり、これからティターンズも大きくなるはずだから最終的には俺達だけでは兵站を支えきれず、アナハイムを頼らないといけなくなる可能性はかなり高い。
俺達も大きくなっているがそれでもまだまだ追いつけない。
「本当に笑えないな」
「ですね。しかも近いうちにアッシマーが配備されるそうです」
裏事情的にはR・ジャジャはジオン系列のモビルスーツでアナハイム本拠地である月で大量生産されて運び込まれているが、アッシマーはオークランド研究所が開発した試作機でアナハイムとの取引に揉めたらしい。
「未完成品を量産するとか言われても困りますよねぇ」
「まぁそうだな」
そのゴタゴタのおかげで助かったんだが……これからは少し戦況がきつくなって来るかもしれない。
鹵獲したアッシマー(直した)とβタイプを比べた結果、正面から戦えば2:1程度にしかならないようだ。
ただし、βタイプの戦い方である一撃離脱をするなら加速、機動、旋回の関係で5:1ぐらいになるらしいが防衛戦には向かないということになる。
何よりやはり質も大事だが量も大事だ。安価な可変モビルスーツの開発を急がせるか。
「唯一の救いはアッシマーがβタイプと生産コストがそれほど変わらないことですね」
アッシマーは大型なだけあって単価が高い。もっとも可変機構が簡易でメンテ費用はβタイプより圧倒的に安いんだけどな。
「今、ギニアスさんがアッシマーの機構を手本にして新しい可変モビルスーツを開発中で、構想自体はもうすぐ完成するので間に合えばいいんですけど」
ブルーパプワお得意の猿マネ、良いところは真似するのが1番効率がいい。
アッシマーの配備は俺達にも問題を発生させた。
「まさかアプサラスIVが相殺が難しくなるとはな」
「十分距離があればタイミングをズラすだけで何とかなりますけど距離を詰められると出力と収束の問題で相殺できなくなりますから」
これは少し困ったことになりそうだ。
「という訳でお前達に相談したわけだ」
『なるほど、確かにそれは問題ですね』
『んー……データを見る限り対策は限られますね』
今モニターに映っているのはアムロとメイだ。
ギニアスでも良かったんだけど可変モビルスーツの開発を急いでもらいたいから暇そうな奴に相談してみた。
『ちなみに僕達も暇じゃありませんからね?R・ジャジャの解析してるんですから』
なぜか考えてることが読まれたし、さすがニュータイプ。侮れん。
『思いっきり口にしてますよ』
「それで対策というのは?」
『単純に可動砲の数を減らして、出力を上げるしかないと思います』
……なるほど、凄く単純な方法だな。
『軽く計算してみましたけど100門から80門に減らせば相殺できるはずですよ』
つまり少し前の仕様に戻るわけだな。
「その程度なら問題ないか?」
「ありませんね。改修準備には時間がかかりますか?」
『可動砲のパーツ交換をしないといけないので次回の物資輸送でパーツを送りますから、後はそちらのメカニックがやってくれるはずです』
問題は割りと簡単に解決したな。
しかし火力が下がるのは少し惜しい、モビルスーツを撃破するのにこれほどの出力は必要ないからなおのことだ。
それにアプサラスアーマーの可動砲の数も減ってしまう……あ、パーツを交換して、燃料の消費が増えるだけか。