第四話
最近夕顔の成長ぶりに焦っている自分がいる。
体力や筋力ではまだ負けない、それはチャクラで身体能力を向上させた状態でも、だ。
しかしそれ以外は勝っているか自信がない。
少なくても素早さでは負けていることは間違いない。
トレーニングついでの遊びとして鬼ごっこをしているのだが直線だけだと追いつけないことが証明している。
持久戦に持ち込めばまだ分があるが、それもいつまで持つか。
これじゃ兄貴分として守ることができないかもしれない。
「ス〜……ハ〜……」
焦るな。
今焦ったところでどうにもならない。
無理なトレーニングは身体を壊す原因になる。
「ハヤテ、遊ぼ」
「いいですよ。何して遊びますか」
夕顔は静かな子だ。しかし自分の要望はわりとしっかり伝えてくれるのでわかりやすくて助かる。
子供の機微というのは単純にして難解、それに親が苦しめられるものだが彼女は静かに必要なことだけを言ってくれる俗にいう良い子だ。
「追い忍ごっこ」
名前からして物騒なこの遊びは追い忍と抜け忍と分かれて木製の苦無(くない)や手裏剣などを相手に当てると戦死、つまり2人で遊ぶと自然と終了ということになる。
忍のトレーニングとしてはいいのだが、チャクラ全開でやるため青あざ必須、目に入ったら失明?そんなもの躱せない方が間抜けなのだ。この世界はそういう世界だ。
「わかった。用意するから待ってて」
「うん」
「……」
いや、待つというのは私の背中に乗ることじゃないと思う……が、可愛いから許す。
夕顔は1歳なのにあまり感情が表に出ないクール系だが子供らしく甘えん坊だ。……私自身が子供らしくないというのは気にしない方向でいく。
背負った状態でおもちゃ箱から苦無や手裏剣のホルダーを取り出し、数が揃っているか確認する……なんて字面だけみると物騒なおもちゃ箱だな。
「よし、準備でき——たっ?!」
「……失敗」
まさか準備完了と共に背中から飛び降りて苦無を投げられるとは、ギリギリで躱せたが危なかった。
「不意打ちはさすがに汚くない?」
「父様が忍の極意は不意打ちにありって言ってた」
なんという教育方針……いや、この世界の教育方針としては正しいのだが……さすがに遊びに実践されると気の休まる時がないのだが。
「ダメだった?」
無表情ないつもと違い、瞳をウルウルさせて上目遣いでこちらを見てくる夕顔。
「いい、いいんだよ……ちなみにその仕草は誰に教わったのかな?」
「母様」
あの夫婦は娘をどうしたいのか小一時間問い詰めたい。逃げられたら追いつけないけど。
「ダメ?」
「ぐふっ」
この可愛さを前に私は無力だ。
圧倒的ではないか、可愛さは。
私の辞世の句だ。
「とぉっ?!」
「……また失敗……母様の嘘つき」
どうやらウルウル瞳の上目遣いは卯月さんが仕込んだ必殺技だったらしい。
これで身体能力がもう少しあったら私は死んでいただろうな。
「さて、次はこちらから行くぞ」
「嫌あぁ!来ないでえぇ!」
「イテッ」
「討ち取った」
……頭が真っ白になって……私の胸にくだいが当たって気づいたようだ。
「奇襲成功、さすが父様」
その発言で全てを察した。
近いうち当主を交代させてやろうと誓った。多分果たせれないだろうが覚悟の問題だ。
「……ごめん」
そんな私の思いを察したのか夕顔が私に抱きついて謝ってきた。
ずるい、ずるいぞ。ここにきてガチの涙上目遣いなどと……いや、ここはやっていいことと悪いことを教えるべきだ。
「気にしてない。大丈夫だ」
あれ、私の口が勝手に動く。
おかしい、教育のためにここは叱っておくべきなのだ。
「今度からこんなことしちゃだめだぞ」
「うん」
まぁ、反省してるからいいか。
そしてしばらく普通に追い忍ごっこをした。
知らない人のための捕捉。
抜け忍:里という組織から脱走した忍。
追い忍:軍事機密の関係上、抜け忍を口封じしておきたい里が放つ刺客。
3歳と6ヶ月になった私はそろそろ筋トレに限界を感じ始めた。
若い頃から筋トレというのは成長に悪影響があると控えたが段々と運動量が増えてきていて控えめな内容だと早朝から始めて、夕方までしないといけなくなってきた。
時間は有限だからもう少しトレーニング内容をきつくするが、肉体だけで忍はやっていけない。
「ということで忍術を教えて下さい」
「いいわよ」
母さんからあっさり許可が出た。
話を聞いてみると簡単な忍術は害にもならないから子供に教えても問題ないとのことだ。
派手な忍術ばかり目が行っていたが、確かに変わり身の術や変化の術、分身の術などは害にはなりにくい……はずだ。悪戯に使えば厄介なことになりそうなんだけど、大丈夫か?
「さて、忍術を使うとチャクラが消費されるのは知っているわね?そして忍術を使うには印が必要です」
「印?」
色々説明してくれたがわかりやすく解釈すると、魔法を使うのに呪文が必要なように忍術を使うのに印が必要なようだ。
その印というのは手で組むようである。
ただ、なんで印のほとんどが干支なんだろうな。まぁ元は日本のマンガなんだから不思議ではないか。
ケルト神話のルーン文字に当たるのかもしれない。
「試しにやってみるわね」
パパッと簡単に手を動かすとボンッと煙が出ると母さんが二人になっていた。
「おお、これが忍術……分身の術ですね」
「そうよ……ってハヤテ、なんでこちらの私を見て話してるのかしら」
「えっと、多分こちらが本体だと思うから?」
本当になんとなくだけど。
「ちょっと目を瞑りなさい」
なんとなくやりたいことがわかったので言われた通り閉じる。
「いいわよ」
目を開けると三人の母さんと柱の後ろで気配を消している母さん。
「まさかの全員分身」
「……本当にわかるのね」
うお?!本物は私の後ろにいたのか。
さすが中忍、やるな。
中忍がどれぐらい強いのか知らないど。
それからしばらく変化の術した状態でもわかるのかなど実験をしてみたが、分身の術や分身の術状態での変わり身の術などは見破ることができた。
しかし、本体が変わり身の術をした場合、本体であることはわかっても母さんかどうかまではわからなかったし、幻術も普通に掛かってしまった。
そして結論は便利だしメリットではあるが飛び抜けた才能とは言いづらいものであることが判明した。
「不意打ちはされにくいわね」
この前夕顔にめっちゃ不意打ちされましたがなにか?
「話がズレたわね。今度はゆっくり印を組むから見て覚えなさい」
「わかった」
とりあえず見様見真似で再現して問題なしとなったので今度はチャクラを練ってから組んでみると次の瞬間!!……めっちゃ丸々としてデフォルメされた私が立っていた。
「あら、可愛い」
母さんは随分と気に入ったようでカメラを探しに行った。
まぁ私も可愛いと思うが、失敗した結果だと思うと残念な気持ちになる。
初歩も初歩の術らしいがやはり一発で成功するということはないようだ。
ただ、初歩も初歩というだけあってチャクラの消費は激しくないから練習はかなりできる。
筋トレの代わりにはちょうどいいだろう。
戻ってきた母さんが撮影しながら言っていたが初めての分身の術にしては完成度が高くて才能があるとの評価をもらった。
どうやら初めての分身の術だと大体は立っている状態ですらなく、できの悪い人形のようなものになるそうだ。
これが才能がない私への慰めなのか、本当のことなのかはわからないが褒められて悪い気はしない。
母さんの撮影会が終わると次は変化の術を試してみたが、こちらの方は酷かった。
変化する対象は、最初は身近な存在の方がいいというので母さんにしたんだが……激太りの母さんに変化してしまって、さあ大変。
いやー、まさか今回は特別に特訓してくれるというんだから嬉しくて涙が出てしまう。
しかしですね母上、さすがに本物の苦無は怖いです。手裏剣も怖いです。そしてなにより水でできたサメはもっと怖いです。
「……滅」
「「あっ」」
まだ存在していた私のデフォルメ分身が夕顔によって切り裂かれて消えた。
突然現れての暴挙も驚いたが、その刀どうしたの。
「父様からのプレゼント」
ちょっと気が早すぎやしませんか?……分身を切り裂いた手並みからみると早すぎないんだろうけど……守ろうとしてる私より断然早く強くなってるよね。
「偽者、成敗」
……ああ、私の偽者がいたから斬ったということか、そしてなぜ私に抱きついている。
「あらあら、まあまあ」
「母さん、いえ、母上、少し待とう。話をしようじゃないか。そのカメラでどうするつもりだ」
「カメラですることなんて一つしかないでしょう」
「それはわかる。わかるがそれをどうするつもりだ」
「もちろん卯月さん達に見せようと——」
「マジ勘弁してください」
土下座……しようと思ったけど夕顔がいるからできない!
くっ、このままではいらぬ誤解が広まってしまう。というか卯月さんの旦那さんに殺されてしまう。
「ハヤテ……愛されてるわね」
嬉しいけど嬉しくない。
まぁ多分家族愛だろうから深くは考えない。だって夕顔が初めて声で言った順番父、母の次にハヤテだったからな。親族(特に伯父さん伯母さん)が相当悔しがってたのは記憶に新しい……というかいまだにネチネチと言われ続けている。
そして責められている私を夕顔が庇って負のスパイラルが生まれて今の今まで続いているのだろう。
3歳児をイジメて何が楽しいというのだ。
「今日の特訓は明日に持ち越しね」
あ、結構本格的に怒ってたんですね。明日に持ち越しとか、普通はこれでお流れだと思うんですが。
「それで今日はどうする?」
「刀……見せに来た」
刀より先に夕顔の技量を見せられたけど……まぁ細かいことは気にしないでおこう。どんなにクールでも夕顔は1歳なのだから貰った物を自慢したいよな。
もっとも刀とは言っても身体に合わせてるから小太刀と言った方が正しい。
「……これで守る」
私の目をじっと見つめて言われると……ちょっと切ない。
もうすぐ私を抜けると思っているのだろう。実際実力はかなり早く縮められている。
諦めはしない。諦めはしないが、抜かれる覚悟はしておこう。
心が折れないように。