第六話
忍者学校に通うことになった……が、その前にやることができた。
変化の術を練習していたら卯月さんの旦那さんから呼び出しを食らった。
何かしたか?と戦々恐々としていたんだが……
「これより護衛訓練を行う」
まさか夕顔の護衛が口実ではなく、本格的にやるのだとは思っていなかった。
とは言っても最近伸び悩み気味の私にとってはいい機会だ。しっかりトレーニングのノウハウを習うとしよう。
……ただ、気になるのは卯月さんの旦那さんが最初から不機嫌全開なことだ。
おそらくは夕顔が忍者学校に行くことを渋っているのだろうが、そんな苦虫を潰した表情を4歳の子供に向けないで欲しい。
「まずは実力を見せてもらう」
そう言って素早く印を組み、ボンッと煙が生まれ、そこには……2人の卯月の旦那さんがいた。
分身の術かとも思ったがいつも感じる感覚とは違う。それは分身の術とは違い実体がそこにあった。
まさか忍術がここまでのことができるとは思わなかった。
「これは影分身の術といい、分身の術と違い実体がある。チャクラで実体を作っているので本体ほど強くはないので実力をみるには丁度いいだろう。殺す気で来なさい」
なるほど、実体ある分身……影分身なら格下の私相手なら本当の本気を測れるわけか、なかなか使い勝手がいい術だな。是非覚えたい。
変化の術よりこっちの方が優先順位が高そうだ。数は力、ただしこの世界では過信は禁物。
母さんの水でできたサメとか5、6人の私がいたところでなぎ倒されて終了する未来しか描けないのがその根拠だ。
でも……なぜだろう。まだ練習もしていないのに影分身の術は分身の術以上に上手くできそうな気がするのは。
「では掛かってきなさい」
と言われたがこちらからは攻撃を仕掛けず、ひたすら相手の動作に注視するに留める。
「どうした」
「いえ、護衛なら攻撃する必要はないかと」
「ふむ……」
忍は攻撃特化なところがある。
護衛と言いつつ敵の排除に力を入れるのが忍だ。
しかし本当の護衛というのは守るべき対象を守ってこそ護衛だ。敵を排除する必要はない。
「軟弱と斬って捨てるのは簡単だが……一理あるか、ではこちらからゆくぞ」
卯月の旦那さんは上忍、つまり階級的には里の中で火影を除く最上位の実力者だ。
そんな人の影分身、いくら実力が落ちても勝てるはずがない。
動き自体は目で追える程度なので反応することもできずの敗北、なんてことにならずには済んだ。
でも、いきなり木刀をフェイントとしてローキックってのはさすがに大人げないんじゃないか?
夕顔との訓練で似たようなことをやられた経験がなければいまので終わってた。
「とりあえずは0点は免れたか」
聞きようによっては合格させる気がないように聞こえる……まさか不合格にしてそれを理由に夕顔を忍者学校に通わせないようにしようなんて腹じゃない……よな?
「続けていくぞ」
声を掛けてくれているのは優しさからなのか、それとも私をビビらせるための行動なのか、普通なら邪推せずに前者だと思うところだが……先ほどの言葉を聞いて後者の可能性が生まれた。
今度も同じように木刀が上段から振り下ろされる。しかしおかしい、忍が同じ攻撃?ありえない。
手に持つ木刀は振るわず、後ろへ下がるように躱して距離をとる……と空から苦無が降ってきた。
「よく躱した」
一体いつ投げたのかとか、難易度の上がり方が半端ないとか言わない。と言うより1番の問題は——なんで苦無が本物?!殺す気か?!
「まだまだいくぞ」
手裏剣を投げられたが、いくら上忍とはいっても正面から投げられれば躱すことは容易——おや、何やら印を組んでいらっしゃる。
「手裏剣影分身の術!」
ちょっ、なんか手裏剣がいっぱいになったぞ?!しかも手裏剣は本物だし?!殺しに来てるよ。マジで!
数は——36個、弾けるか?いや、弾けない。なら最小限のダメージに抑えるように受け、致命的なものだけ弾けばなんとか——
と覚悟を決めた時、それは現れた。
キンキンキンッと金属同士が接触する音が響く。
「……父様……昼顔」
おっと、これは尋常じゃないほど怖い。
夕顔さんが激おこモードのようです。そして、私では無理だった手裏剣を全て弾くあたりさすが夕顔さんだ。
そして、自分の父親を名前呼びするあたり、どれほど怒っているのか……私には推し量れない。
「ゆ、夕顔、父に向かって呼び捨てするとは——」
「昼顔なんて大嫌い」
「——————————」
声にならない声が響く。後に10km以上離れた場所でもこの声が聞こえたという話があるが余談である。
あー……うん、半ば殺されかけた私でも同じ立場になったらと思うと同情してしまう。でも仲裁には入らない。だって夕顔さんが怖い。
この事態をどうやって静めようか思考を巡らしていると……まるでお前のせいだと言わんばかりの旦那さんの視線。
音をつけるとギンッ!という感じだろうか……その視線に気づいた夕顔が同じようにギンッ!と睨めつけると旦那さんは意気消沈。
夕顔さんから立ち上るチャクラが凄いことに……チャクラ練るのと出力量は感情に左右されると聞いたことがある。おそらくこれがそうなのだろう。
「夕顔、あれは私を鍛えてくれていただけなんだ」
とりあえず夕顔の説得を試みる。
旦那さんは複雑な表情を見せつつこちらに期待する視線、しかし返答は簡潔で——
「やり過ぎ」
……ごもっとも、ちょっと擁護しきれない。
ただ、夕顔があの手裏剣を捌ききったということは私にもそれを求めたのかもしれない。
と思ったら案の定——
「し、しかしだな。夕顔がこうして捌けているのだ。ハヤテにもできなければ護衛として——」
「護衛なんて頼んでない」
取り付く島もないとはこういうことを言うんだろうか、いや、ちゃんと論破しているから違うか?
まぁ、夕顔の要望は私と共に学校に通うことで護衛なんていう仕事で一緒にいて欲しいわけじゃないだろう。
この後、結局訓練はせずにひたすら夕顔のご機嫌を取ることに専念することとなった。
さて、影分身の術にチャレンジしてみようと思う。
少々命がけではあったがパワーアップの方法を見せてくれた旦那さんには感謝とお経を捧げておこう。惜しい人を亡くした……まぁ生物学的には死んでないが、今現在も精神的には死んでいるに等しい状態なのだ。
いくら私が努力したところで夕顔が許さないかぎり復活することはない。私は無力だ。
影分身の術の印はそれほど難しくないので早速実際やってみる。
「影分身の術!……うくっ」
これはキツイ。
チャクラが一気に搾り取られた。
これが影分身の術か、と目の前にしっかりと存在を感じる私と同じ姿格好の影分身がいた。
「それにしても……1回で……成功するとは……な」
でも1体でこのチャクラ消費は実戦で使えない。これはチャクラ量が足りないのか、それとも技術が足りないのか、何か他に足りないのか……多分全部だな。
何にしても使い勝手が悪いが手札が増えたな。
とりあえず自分自身と戦うという経験をしてみようと思う。
そういえば、影分身は本体が持っている物まで再現しているんだな。まぁさすがに全裸なんかで出てきても誰得だとツッコミを入れる程度にしか使い道がなくなるからいいんだけど。
影分身と戦ってみた結果わかったことがいくつかある。
まず影分身は本体と同じ思考なようで、お互いがお互い攻撃があたってしまうか、睨み合う事になってしまうようだ。接近戦の訓練をするならどちらかの武器を変えるなりして思考の変化を起こさないといけない。
その結果が最初の1発でお互いノーガードで脇腹に命中してしまうということになった。
そして影分身も怪我が再現されることも判明、なかなか高性能な術だ。
武器を私は木刀、影分身は棍棒に持ち替えて訓練再開。
実際は木刀も棍棒もそんなに変わった武器ではないが意識の違いだけでも変化があるのはちゃんと打ち合うことができたことによって証明できた。
良い訓練となったので今度から訓練メニューに取り入れようと思う。
何より重要なのが……
「まさか影分身の経験が本体に反映されるとは……それにチャクラまで還元されるなんて」
影分身を解くと消費したチャクラの6割ぐらいが返って来た。この6割がどういう基準で消費され、返って来たのかは要検証だろう。
影分身の経験の反映は才能がない私にとって副音となるのは間違いない。
これで私自身は夕顔と遊んでいても影分身が修行していればかなり効率よく修行することができる。
もっともあまり夕顔と遊び過ぎると彼女の修行が疎かになるから自重を忘れてはいけない。
そもそも——
「影分身の疲労感まで本体に還元するとは思わなかった。ああああーーーーダルイ。何もしたくない」
影分身との訓練は疲労感が倍になるから考えものだ。それよりは術の練習に割り当てた方がいいかもしれない。
ただ、影分身が術を使いチャクラを使うと還元するチャクラや持続時間が短くなるのは検証しなくても見当がつく。
便利ではあるが使い勝手が難しい術だ。分身の術よりは断然使い勝手がいいが。
そういえば今回は影分身の解除を自分で行ったが、ダメージによって消滅してしまった場合どうなるかも検証が必要だな。
「これで苦手な苦無や手裏剣などの訓練もできるなんて……影分身のおかげだな」
それにしても私は分身系の術とは相性がいいらしいな。
確か忍には属性……性質変化は火水風土雷だったはず、分身という系統はない。幻術などと同じく忍術という大きな括りにまとめられていて、よくファンタジー小説なんかで言うところの無属性にあたるか?
こうなると私の性質変化を早々に調べておいた方が効率よく成長できるかもしれない。