第十四話
「……陣幻の術、防ぐの難しい」
「そう簡単に防がれるとこっちが凹むぞ」
初の幻術掛けが成功した次の日には幻術返しを覚えてしまった夕顔だが、解除はできるが掛かること自体を防ぐには至っていない。
そして陣幻の術と手裏剣影分身の術が鬼のようなコンボだということに気づいた。
手裏剣影分身の術を防ぐには全方位を注意する必要がある。つまりそれは同時に陣幻の術を掛ける前提条件を整えさせるということでもある。
対象は手裏剣の影分身だけを認識せず、隙を狙われないように私や影分身に意識を割くだろう。そうなると陣幻の術に掛かり、影分身まで意識がいかない者は手裏剣影分身の術の餌食になるか私自身の手で殺すことができるだろう。
唯一防ぐ方法としては手裏剣を認識ではなく、反射的に防ぐことだがこれはかなり難しい……はずだ。私の想像する成人した夕顔は軽々と弾いている光景が思い浮かぶあたりかなり怪しいが。
「幻術は1度掛けることができれば破られたとしても致命的な隙が生まれるからいい」
「そのせいで影分身込みで戦って負け越し」
そう、驚くことに私が模擬戦で勝ち越しているのだ。
もっともお互い忍術込みで戦っているが夕顔は今のところ有効な忍術は分身の術ぐらいしかないため実質ハンデをもらっているのと変わらないから褒められたことではない……のだが以前はこのハンデをもらって8割負けてたんだから大きな進歩と言える。
ハンデをもらって負け越していた時の私の虚しさ……わかるか?しかも相手は年下の女の子……わかってはいるんだ。年下とはいえ2歳差、そして才能の差、今更なことだ。
しかし、プライドってのはわかってても傷つくものなんだ。
「……幻術教えて」
「いいよ」
幻術を覚えられるとまた負け続けることになる。だが、夕顔の可愛さと成長に替えられるものではない。
問題は夕顔に適性があるかどうかだ。
幻術は技術系の忍術、印を結んでチャクラを注げば力任せでどうにか発現する他の忍術とは違って術式の構築、そして正確に構築し、それを対象に気づかれないほどのスピードで行う必要がある。
戦いに関しては天才的ではあるがこういう方面の器用さはまだ知らなかったんだが……
「ここは……私の部屋?」
そう、紛れも無く私の部屋だ。
ただし前世の日本での私の部屋だ。
それを認識した瞬間に夕顔の幻術にハマったのを自覚した。
教え始めて1週間が経ったが、夕顔にしては苦戦した方か。
普通の修得速度がどの程度なのかわからない。ちなみに私は4日で覚えた。これはおそらく知識の差だろう。
「それにしても懐かしい」
まだ5年程度しか経っていないが……いや、5年か、中学は軽く卒業する程度は経ったのか。
小学校の入学祝いでもらった物置と化した勉強机、親戚からもらったタバコの臭いがいつまでもする麻雀台、いまだに現役である初代据え置きゲーム機、ゲーム専用のブラウン管テレビ、マンガで埋め尽くされた本棚、そしてマンガのフリをした……何も言うまい。
全てが懐かしい。
「おお、触ることもできるのか——ん?なら——」
そうだ。本棚だ。
本棚にはNARUTOが——あった。
13巻までしかないが原作の知識はあった方が良いだろう。
そういえば主人公はこんな顔をしていたのか、本当にうろ覚えだったがこれで忘れることはないだろう。
ただ、年齢を見るに今の私より少し年齢が上ではあるがそれほどかけ離れたような年齢には見えない。
このような大規模な悪戯をしていたなら耳に入るはず、つまり私はこの主人公とは違う世代ということか。
問題は主人公、うずまきナルトより前なのか後なのか……あ、火影が老けてるな。ということは前の世代か。
お色気の術、マンガで見る限りでは印は変化の術と変わらないな。なるほど、自然と服まで再現してしまってたが全裸に変化するというのは考えなかったな。
もっともこれをやると夕顔の好感度がだだ下がりだろうが……しかし、隙を生み出すにはいい術な気がする。
まさか戦場でこんなシリアスブレイクな術を使ってくるなんて誰も思わないだろうし、意表が突けると思う。意表を突くついでに幻術を掛ければほぼ負けないはず。覚えておいて損はないな。
「うっ、視界がねじ曲がる……これは——」
「ハヤテ!ハヤテ!」
歪む視界が元に戻るとそこには涙を流している夕顔のアップ顔。
近すぎる顔に驚いたが理由はすぐにわかった。
幻術が成功したのはいいが、本来すぐ幻術返しで解く予定だったはずなのに私がなかなか解かなくて焦ったのだろう。
本当に悪いことをした。
それにしても彼女を頻繁に怒らせ、泣かせている私は極悪人なのではと最近思う。
私の知る範囲で彼女が怒っていることや泣いていること、そして失敗をしているのもだいたい私のことに関してだ。
もう少し心配させないように気をつけたいが……さて、意識したからと解決できることなのか。
とりあえず頭部に手を伸ばして撫でて落ち着かせる。
夕顔はそれでホッとしたのか涙は止まり、表情も落ち着いた。
原作を少ししか見れなかったのは悔やまれるが次の機会があるだろう。
「悪かったな。お詫びに今日はこれで切り上げて、何か食べに行くか」
「……偽者?まだ幻術に?」
「失礼だな」
いったい夕顔の中での私はどういうイメージなんだろうか。修行マニアか?
「……初めて、デート」
デート……まぁ親子でもデートという言い方をするからいいけど、旦那さんの前では絶対言うなよ?私が殺されるから。
…………あれ?そういえば夕顔と修行と学校以外で出掛けた記憶が——
「〜♪」
…………夕顔が見たことないほどご機嫌だ。
鼻歌まで歌ってる。日頃なら大騒ぎになるに違いないが……そうか、私は夕顔とどこかに出掛けたことはなかったな。
と言うか私自身あまり街を歩いたことがないな。大通りは体力作りの際に走ってたが……大体は修行漬けか夕顔と一緒に遊んでたが……もしかして夕顔が世間ズレしてるのは私のせいか?!
「〜〜〜〜♪」
うん、まぁ、後悔は後回しにして今は夕顔と一緒に楽しむことにしよう。
「……ああ、そういえば何処に行こう」
「……何処かな?」
夕顔はどうか知らなかった(家族団らんまではお邪魔してない)が、どうやら私と同じようにほとんど街を歩いたことはないようだ。
と言うか流行りの情報など全くないので何処に行ったらいいものか……ナルトはラーメンが好物だったようだがさすがに今(16時頃)にラーメンは重すぎる。夕食が入らなくなるのは間違いない。
「ぶらぶら」
「そうだな。ぶらついて良さそうなのを買うか」
「うん」
多分彼女は何かが食べたいわけではなさそうだし……ああ、なんだか依存度が高過ぎる気がする。
間違いなく嬉しい、嬉しいのだけど……なんだか将来が不安だ。
このままでは嫁の貰い手が誰もいなくなりそうだが……まぁ、最後の最後には私が責任をとってもいいが——
「っ?!」
え、私、声、出してないよな?なんでキラキラ瞳を光らせているんでせうか、夕顔さん?
それに最後の最後、本当に最後の手段だぞ?夕顔には普通に初恋をしたり恋愛したり失恋したりして欲しい。でないと歪んだ人間になってしまう。
あまりにベッタリの関係を続ければ、村などの閉鎖的空間内で生きるならともかく、街で生きるには色々とまずい。
実は夕顔がすぐに影分身の術が使えなくてホッとしているのだ。
私の影分身は偽者扱いをする夕顔は学校では実質私と一緒に居ない。つまり日頃は盲目的に私を見ているところが一緒に居ないことで視野が広がり、友達が出来たりする……恋人?そんなものはできんぞ。いらん虫がつかないよう私が叩き潰しているからな!
忍者学校は実力が付けば卒業ができる。つまり夕顔はあまり長い間忍者学校に所属してはいないだろう。
ならば今は少しでも子供らしく過ごしてもらいたいのだ。
……まぁ、1番それを阻害しているのが私の存在だというのはなんという皮肉。
「あ、焼き鳥」
最初にお目にかかったのは焼き鳥か、夕顔は思った以上に肉食系らしい。
「じゃあ買うか」
「うんっ!」
……うん、子供らしい笑顔だ。
こんな時間がいつまでも続けばいいのに。