第十九話
卯月家に到着……したんだけど……なんだこの凄まじいチャクラは……って発しているのが誰かなんて言わずもがな。
ガラガラガラ、と玄関の戸を開けると……そこには本気武装の卯月の旦那さんこと昼顔さんが、そこにいた。
背にあるのはチャクラ刀、籠手には何やら術式が刻まれているし、靴にもなにやら仕込んでいるように見える。
いくら娘の婚約者を決める試験とはいえ、本気過ぎる……まぁ私が当事者でなかったなら旦那さんと同じだっただろうが……私、殺されないよな?
「よく逃げず来た。家で殺ると被害が大きくなる。演習場へ行くぞ」
『やる』のニュアンスに不安が募る。
戦術は考えてあるが旦那さんの実力は夕顔から聞いた情報では近接戦闘では10本中1本取れるかどうか、忍術に関してはまだまだ足元にも及ばない、とは言わないがよくて足首ぐらいとのことだ。
本当に情報あってるんだよな?これが本当だとすると夕顔は近接戦闘既に上忍クラスってことになるんだが……旦那さんが手加減していないという前提だと狙い目はそこにあるかもしれない。
もしかすると上忍といえども全ての戦闘技能が優れているとは思えない。旦那さんは忍術が得意な上忍という可能性が濃厚だ。
……まさか本当に夕顔が上忍クラスの近接戦闘を持ち始めているとはあまり思いたくない。自尊心と将来のために。
演習場に辿り着く……ここが死地か。
勝機を見出すには短期戦が前提となる。
そもそもの実力が違う上に元々手札がそれほど多くない。
その数少ない手札で打倒しようとするなら持久戦はありえない。実力を示すという意味ならそれでもありなんだが……どうも手加減してもらえる雰囲気ではない以上、実力を示すなんていう甘い方針はとれない。
殺す気で行く。万が一死んでも下忍未満に殺された間抜けというレッテルが旦那さんに張られ、私には上忍を殺した月光家の天才というレッテルが張られるだけだろう。
「ではハンデとしてお前の好きなタイミングで始めるといい」
こちらからスタートを切れるというのはありがたい。上忍相手に同時スタートなんてされると開始早々不利だ。……他に制限やハンデを言ってくれないあたり、嫌な予感しかしないが。
さて、遠慮無くこちらから仕掛けさせてもらおうか————
<昼顔>
フッ、何をするかと思ったら影分身の術の印か。
高等忍術である影分身を6歳児が使えるわけがないだろう。もし使えたなら夕顔が喜んで自慢というか惚気というか……とにかく私に話したはずだ。つまり、この影分身の術の印は高等忍術ということを知らぬハヤテの陽動。
私が影分身と分身も見分けがつかないと思われているのだろうか、それほど愚鈍な小僧ではないはずだが……緊張しているのか、それとも考え過ぎたか。
後者ならあり得るな。元々考え過ぎて反応が遅れていたような傾向が訓練中にも見て取れた。
「疾ッ」
分身を使って正面から手裏剣——
「貴様、舐めているのか!」
飛来する手裏剣を躱さず、あえて刀で全て切り払う。
これでは訓練の方がまだマシでは——ッ!
全て切り払った。それなのに空気を裂く音が聴こえ、変わり身の術を使って逃れる。
変わり身の頭上に1つの手裏剣がゆっくりと飛んでくるのが見え、そして——爆発が発生する。
「これが夕顔の言っていた起爆札の術式を手裏剣に刻んだ物の威力か」
影分身の術に見せかけた分身の術も正面から手裏剣を投げるという愚行もこの攻撃への布石だったわけか。
それにあの年にして自力で忍具を開発するとはやはり娘とは別のベクトルの天才なのだろう。
しかし——
「娘の相手としては物足りぬ!」
「ぐはっ?!」
瞬身でハヤテの後ろに回り込み、右脇を殴るが思った以上に手応えがない。自分で少し跳んだか。
急所から外すように苦無で追撃するが全て躱された。この程度は私が訓練を見ているのだ。凌げて当然だ。
ちなみに急所から外したのは怪我をしないようになどという心遣いではない。早く決着がついてしまうと……甚振(いたぶ)れないだろう?
ふっふっふ、自分の娘に名前呼びされる虚しさがわかるか?!あのゴミを見るような視線!ちょっと癖になってきた自分に戸惑うのも、全ては貴様のせいだ!
——火遁・豪火球の術——
ハッ、この程度の忍術が私に通じるとでも思っているのか。
印組みやチャクラコントロールは良いようだが、その程度とは笑止っ!
——風遁・大突破——
己の生み出した火で焼かれるがいい。
……さすがにやり過ぎか?
「はっ!」
ふむ、上忍に接近戦とは無謀にも見えるが……夕顔ほどの才は感じないが、磨き続ければ特別上忍ぐらいにはなれるだろうし、私を追い越すことも可能かもしれない。
だが、それは将来の話だ!
「どうした!その程度で天才などと笑い話にしかならないぞ」
「私は、自分を天才などと思ったことは一度もない」
だろうな。
夕顔から聞く自慢兼惚気話ではずっと訓練の内容しか口にしない。
遊びは訓練、暇つぶしも訓練、訓練は日常、そんなお前に付き合って夕顔が才を伸ばしていることには感謝している。
しかし、これとそれとは話が別だ。
「足がお留守だ!」
思い切り足を払いハヤテが転がるのを見て、素早く印を組む。
——土遁・四肢土縛(ししどばく)——
四肢をチャクラで強化した土で縛りあげる。
これで私の好き放題できる!
抜けだそうとしているハヤテを殴って黙らせ、蹴りで沈め、斬って悲鳴をあげさせ、刺して涙を流させる。
「昼顔」
「……?!」
夕顔がいたことを忘れていた?!
「昼顔……いえ、父様、さすが父様」
「……そうだろう」
「はい。私が間違っていました。ハヤテとはもう話もしません」
「そうか、そうか……?!」
ハハハッ、やっと夕顔がわかってくれた。しかも私を父様と……やっとやっと——……いや、待て、何かがおかしい。
「私は父様と結婚します!」
おかしい。
おかしいぞ。
なぜ、私はハヤテにこれほどひどい仕打ちをした?
なぜ、夕顔が止めに入らない?
なぜ、夕顔がこの状況を認める?
なぜ、夕顔が——
いい夢、見れましたか?
「な、に——?!」
世界が歪み、新たな光景が目に飛び込んできた。
そこには2重に張られた結界、地面が見えないほどの起爆札……いや、私の身体にも隙間なく起爆札が張られている?!
まさか、初手の幻術に引っかかるなんて。
「……今の印、影分身の術とちょっと違う?」
「ああ、これは影分身の術に見せかけた幻術だ。忍術には印が必要で、戦闘中はその印を読み取って相手の術を先読みすることが常態化されているから、それを逆手に取るために開発したものだ」
それにこの幻術は以前の幸せで縛る幻術を魔改造を施して幸せと言う名の欲望を増幅させる幻術となった。
今頃旦那さんは自分にとって都合のいい幻を見ていることだろう。
「ハヤテの幻術……もう上忍レベル」
「それは言い過ぎだ。今回上手く行ったのは相手が興奮状態で、望んでいる未来が身近にあったからだ」
本来、本人の欲望は遠いところにある。
貧乏人が金持ちになりたいと思っても現実には難しい、下忍が上忍を打倒するのも同じだ。
しかし、今回は上忍が下忍を倒すことが目的だったため、自然な幻術を仕掛けることができた。
……ん?これってつまり相手が格上なら大体幻術が成功するということか?
自分が思っていた以上に使える忍術のようだ。
「……じゃあ後は私が殺る」
「ちょっ?!それ真剣だから?!普通に斬ろうとしない!」
「ここで昼顔を殺っておけば……私安泰!」
親を平然と斬ろうとしない!
「これで勝ったようなものなんだから婚約者になったんだぞ!」
「……婚約者……いい響き」
前々から思ってたが、夕顔、ヤンデレ入ってるよな。
とりあえず、起爆札を地面に敷き詰め、旦那さんにも貼り付け……その前に旦那さんの身体に起爆札の術式も墨で書いておき、結界符に変化させた影分身で結界を張って閉じ込める。
そして——
「いい夢、見れましたか?」