第二十八話
戦いは唐突に終わりを告げた。
苦無が尽き、手裏剣も尽き、起爆札も尽き、手札は既に己の身体と手に持つ刀ぐらいしかなくなり、己の身体も切り傷や打撲が多数付けられている。
もっとも昼顔さんも私よりも少ないとはいえ、多少は負傷しているのだから五分とは言わずともそれほど差は広がっていないように思えた。
しかし、差は広がっていないが幼い私は元々の上限が低く、そろそろ限界が近づいており、ここに来てようやく私は限界が来ているのに終わらない試験を前にして余裕は削り取られ、殺す覚悟をした。
そして、いざっ逝かん、と踏み出そうとして――邪魔者が入った。
その人物は夕顔……ではなく、お面を付けているところを見ると噂に聞く火影直属の部隊である暗部なようだ。
突然現れたことに驚く……前に私と昼顔さんは揃って幻術返しの印を結んでしまったあたり幻術は罪深い術だと思う。
「卯月上忍、緊急招集が掛かりました」
「わかった。今から向かう」
そう言うやいなや昼顔さんは瞬身の術で早々にいなくなる……緊急事態だということはわかるが、勝手に試験を始めておいて勝手に止めるというのは納得できないぞ。
「……1人で帰れるか?」
「あ、お構いなく」
暗部の人の方が優しい件について。
そして、そうか、気をつけて帰れよ。という言葉を残してボフンッと消えた。やはり影分身だったか。なんとなくそんな気がしていた。
「ふー……疲れた」
近くにあった木に背を預けて腰を地面に着ける。
「薬は大丈夫かなっと」
最初に比べて随分と軽くなったポーチの中を漁ってみるとその手応えからは無事っぽいが……よし、無事だったか。
無臭で消毒と毒消しと血止めと麻酔の効果がある塗り薬で便利ではあるんだが傷口に塗り込まないといけないという欠点があるがそれに目を瞑ってでも使う価値があるものだ。
「くっ……これも、経験か……ハァー」
その効能の中に刺激が少ないというものは含まれていない。つまり傷口に塗り込む際に発生する痛みはアルコール消毒による痛みなどよりもきついものだ。
少し時間が経てば麻酔効果で痛みを感じなくなるのが救いだな。
「ふう……それにしてもまだまだ修行が足りないな」
幻術さえ決まればジャイアントキリングも難しくはないが、幻術が効かない質の人間というものも存在することを知っている。
かの有名な尾獣を封印しているという人柱力なんかは尾獣の意識が体内に存在するため幻術が効かない、効きづらいらしい。
まぁそもそも尾獣は規格外なのだから想定する意味があるのかどうかは不明だが。
「それにしても……暗部かぁ」
表にほぼほぼ出てこない暗部。
そのあり方はこの世界でいう兵士という意味での忍びではなく、本来の意味である忍びだ。
憧れたりはしないが、そのあり方は尊敬に値する。
兵士というのは使い捨てではあるが名誉がある。しかし忍びには実はあっても名誉はない所が忌み嫌われる存在だ。
一般市民にとって……いや、兵士達ですら汚い仕事ばかりしている忍びを嫌っている。
名誉はなく、しかし間違いなく里に……政治に必要な存在だ。だからこそ私は尊敬している。
「――ッ」
肌が粟立つほどの凄まじい殺気がこちらに向かって急接近してきている?!
まさか緊急招集というのは敵が侵入してきたということなのか?!
慌てて抜身の状態で地面に寝かせていた刀を手に取り、重たい身体を起こしてなんとか構える。
正直逃げたいところだが、接近してくる速度と万全ではない身体を考えると逃げるのは無理だ。無防備に背中を晒すことになって対応ができなくなる。
「まさか昼顔さんの刺客なんてことはないよな」
もし死んだら呪ってやるからな。
なんて思っていたが……それは杞憂だった。
殺気を放つ何者かは私を視認すると同時にそれは霧散して私の構える刀を器用に躱し、疲労している目では見切れない速度で懐に潜り込み、そしてその速度を殺して――
「良かった。ハヤテ、無事」
抱きついてきたのは今度こそ本物の夕顔だった。
次の一言でここで何があったのかは既に把握していることがわかった。
「昼顔……殺す」
「せっかく私が殺さなかったんだから止めてくれたらご褒美として今度買い物に行こう」
「……殺すもん」
おっと完全に懐柔しきれないとは……そこまで怒っているのか。
「痛そう」
あー……確かにこんなに傷だらけな姿を見たら懐柔は難しいか?
「……今こそ、とっておきをみせる」
むんっ、と何やら気合いを入れたご様子の夕顔さん。相変わらずの無表情だがちょっと……いや、かなりかわいい。
じゃなくて、夕顔は傷口に手を当てると――
「これは……医療忍術?!」
なぜ医療忍術を夕顔が……
「頑張った」
いや、その一言で片付けるには大きすぎる事柄なんだが……というかまた私は引き離された気分だ。
夕顔さん、ちょっと飛ばしすぎだ。
「でもまだきれいな傷しか治せない」
なるほど。幸い私の傷は全て昼顔さんの見事な太刀筋を受けたもので切り口は綺麗なものだから治すことができるのか。