第三十三話
「そ、そこまで!!」
審判が静止の声を上げたのを確認して苦無を退く。
「……」
未だに苦無を突きつけた対戦相手は視線定まらず、何も知らない他者にはただボーっと突っ立っているようにしか見えないはずだ。そして忍ならすぐに気づく症状だ。
あえて格好をつけて指をパチンッと鳴らす。
それと同時に対戦相手の視線が定まり……事態が飲み込めずに混乱している様子だ。
「そんな馬鹿な……幻術の動作なんてなかったはずだ!」
これで私の幻術が中忍に通じるという確証を得たわけだが……元々上忍である昼顔さんに通じていたので今更か。
ちなみに彼には新しく開発した幻術の実験台になってもらったが、昼顔さんにも通じる自信がある。
さて、私がなぜ中忍と戦うことになっているかと言うと、きっかけは私の推論によるものだ。
岩隠れの里が砂隠れの里と協力関係……最悪同盟関係であるという話を火影は思った以上に重く見て戦力の不足を予期し、徴兵を行った上に逐次投入など愚の骨頂として忍学校の臨時卒業試験が実施された。
とはいえ、まだ岩隠れの里が敵と明確になっていないため緊急事態宣言というにはまだ弱く、未熟な子供を忍にするほどではない。
そこで行われたのがこの臨時卒業試験だ。
この試験は下忍に1対1を行って5人に勝ち、更に中忍とも最低でも互角に戦わなければならないというもので普通に考えれば卒業させる気がないようなものになっている。
もっとも夕顔は先程堂々と正面から忍術なしで全員撃破という偉業を達成して突破、私もこれで――
「これは話に聞いてないんだが」
空から降って来る人影が2つ。
気配の消し方や年齢から察するに中忍相当だろう。
これも試験か?と疑問を抱きながらも素早く印を結ぶ。
慌てることはない。1週間前の私ならともかく、今ならこの手の奇襲は気づくことさえできれば――
――陰遁・影絵の術――
陰遁の使い手である奈良一族に触りだけ教わったものを自己流にアレンジした補助的な術である。
なにせこの術は単体では何1つとして効果はなく、ただただ影で絵を描くだけの術だ。
しかし陰遁と相性がいい私では話が変わってくる。
ここだけの話、影の術を秘伝としている奈良一族よりも性質変化がある私の方が適性があるように思う。
ただし、やはり積み重ねられた技術には太刀打ちできないのでまた違った方向に伸ばすことにした。
結果――
ドサドサ。
2人の襲撃者は私に何かすることもなく……それどころか着地をすることも、受け身を取ることもせずに地面に落ちる。
影絵の術自体は名前の通り、影自体で絵を描くだけの子供が好きそうな術だ。
そしてその影絵の術で影の中に影絵で術式を描いた。描いた内容はもちろん幻術。
影の上に影絵で術式を描くことで通常では見えない……いや、認識できないそれは相手に悟られることなく幻術に陥れる。
特に頭上に対しての効果が高い。頭上から襲ってくる場合、間違いなく私自身を捕捉していると同時に影も視界に収めている。そしてそれが術式と理解する者は少なく、故に無警戒に、無意識に認識して幻術が発動する。
今までの検証結果ではこの幻術の成功率は影を見る必要があるという限定的ではあることを除けばかなり高い。具体的にはネタバレせずに夕顔に何度も幻術を掛けることができるぐらいには。
……ちなみに幻術を掛ける度に無表情のまま頬をパンパンに膨らませて拗ねられるのだが……まぁそれが可愛くてネタバレしない私は間違いなく罪深い存在だろう。
うちの婚約者は世界で1番可愛い。異論は認めん。
それはさておき――
「これで以上ですか?」
それともこの審判も実は対戦相手だったりするのだろうか、判定した時よりも間合いがこちらに近づいているが?
「だ、大丈夫か?!こやつらは一体……」
ああ、助けてくれようとしたわけか……それにしては反応速度がイマイチだったな。
審判なんてしているのだから上忍かと思ったけど中忍だったのか?さすがに立ち振舞だけで力量を察せるほどの経験はないからわからんが。
すると新たな人影が現れた。独特な仮面……暗部か。
「それに関しては私が説明いたします」
身体を覆う外套でわからなかったが声からすると女性のようだ。まぁ忍だけあって声だけでは当てにならないのだが。
そして暗部の忍が語った内容をまとめると、人事希望である夕顔と共に行動するに値する実力を持つかを調べるための試験だったらしい。
それなら仕方ない。私の実力など私自身すらもわからないのだから他人がわかるわけがない。
一応夕顔婚約者決定戦では相手は良くてエリート?な新米下忍、上は同じく経験が浅い夕顔か上忍の昼顔さんと経験しているがかなり偏った経験なのでイマイチ自分の強さに実感がない。ほとんどを幻術で勝ち進めているというのもある……今更だが少しは普通に戦うべきだっただろうか?しかし、夕顔の人生が掛かっているいるのに手抜きなど……。
「それにしても見事なものです。印から察するに影に秘密があるようですが……」
おっと、暗部なだけあって優秀だな。まさか1発で術のほとんどを見破られるとはな。
「それで合格でしょうか」
「文句なしに合格よ。火影様からの任命書」
ん?いつの間にか倒れていた忍や審判が居なくなっているな。人払いしたようにも見えなかったが。
それにこんな形で任命書とは……普通は任命式が行われるはずなんだが……と疑問に思いつつも見るように促されたのでとりあえず渡された封筒の封を切って中にある紙を取り出す――と同時に暗部の忍が動くのが目に入り、反射的に刀を抜いて印を結び影分身を10体展開させ、私自身は距離を空ける。
「いい反応です。それにこれは影分身ですか、その年齢でこの数……何より多重影分身の術ではなく影分身なのには何か理由が?」
え?影分身の術って他にもあったのか?!