第三十六話
悲報が届いた。
その内容を聞いた時は私達には意味がわからなかった。
まず、予定通りの岩隠れの参戦……からの流れるような砂隠れ戦線での敗北。
まぁこれは理解できたことだ。私が提唱した岩隠れ参戦の可能性があるからと何もなしに戦線を後退させるのは士気に関わることになるので迅速な撤退が行えるように事前に整えるに留めたのだから当然……と思ったのだが、問題はここからだ。
その問題というのは木ノ葉隠れの上層部に上げられた知らせは先日まであった情報とは違い、ずっと砂隠れの里に踏み込んだ場所からのものだったのだ。
私は最初、戦場に立つ者が全て忍であることから高い機動力を有するのでそういう現象が起こったのか……と思ったのだが、どうやらことはそう簡単な話ではないらしい。
どうやら砂隠れ憎しの現場指揮官が独断で侵攻してしまったようなのだ。
「無能」
「まあまあ、夕顔さん。それを言ったらそんな指揮官に任せた木ノ葉隠れの上層部の方が酷いですし」
夕顔の毒舌はいつものことだが、ヒカゲも随分と毒舌だ。
これまでの付き合いでわかっていたが私や夕顔のようにヒカゲも里への帰属意識が薄い。
おそらく、日向一族での扱いが悪いこと、そしてそれから救ってくれなかった里に対しても思うところがあるのだろう。
こう考えると血継限界も良い事ばかりではないな。ヒカゲがもし白眼を持ちさえしなければ里を抜けて……いや、そこまでしなくとも市民として生きていくこともできたのだろうに。
話が逸れた。
砂隠れに深く踏み込んでしまった前線部隊は敗北、しかも撤退しようにも岩隠れが雨隠れの里を侵攻して退路を絶たれてしまう。
「唯一の救いが部隊の統率が取れていることらしいが……」
それが本当に救いになるか戦局的に微妙なのだ。
火影は救援部隊の派遣を決定して部隊を編成中だ。
気になるのは岩隠れの里が雨隠れの里を侵攻したのは間違いないが、遠征部隊の撤退路まで相応の距離があるにも関わらず、撤退を阻むだけの戦力を素早く展開していることだ。
楽観的に見れば雨隠れの里も騙され、侵攻を受けているだけ、悲観的に見れば雨隠れの里が砂隠れ、岩隠れと組んでいる可能性がある。中間で言えば、漁夫の利を狙って知っていて見過ごしたか。
次に救援部隊の派遣だが、岩隠れ側が考えていないわけがない。何らかの対策をしているはずだ。
木ノ葉隠れは里の中でトップだ。それは間違いない事実だが、だからといって対策されているものを正面からぶつかるというのは非効率だと思う。
それが人の命を代償とするならなおさらのこと。
「……」
そして私の心配は父がその救援部隊に選ばれたことも理由の1つ(控えめ)と言えるだろう。
ただし、私も父のことばかり心配している場合ではない。
「そろそろ目的地か」
「道中は何もありませんでしたね」
「残念」
いや、夕顔さんや。さすがに道中に何かあったら問題があるから。
私達は火影直々に初任務を仰せつかった。
任務内容はこれがなかなかシビアなもので、草隠れの里の動向調査兼間接的に岩隠れの里の動向調査……簡単にまとめると他里での情報収集任務だ。
初任務でいきなり他里侵入任務とは好好爺振った火影は本当にいい性格をしている。もちろん褒め言葉ではない。
今頃私や夕顔の同期となる下忍達は戦時となった現在では迷った動物探しや庭掃除などのようなものではないが、簡単な防衛用のトラップの設置任務や治安維持の警邏任務(微笑み)のようなものを熟しているだろう……扱いが違い過ぎる。これがブラックというやつか?ひょっとすると世にいうエリート街道(修羅)というやつかもしれん。望んでいないが。
「さて、諜報活動開始するか。警戒を頼む」
「死んでも守る」
「夕顔に死なれたら私が困るよ」
「でもハヤテが死んだら私も死ぬよ?」
「それは困ったな」
「……ナチュラルに惚気けてないで早くしてください」
……うん、ヒカゲが班に来た時はどうなることかと思ったが、思ったよりもいい関係が構築できそうだ。
主にツッコミ役、進行役として。
夕顔は言うに及ばず、私も夕顔をついつい構いたくなるので話が進まない時があるので助かる人員だ。本人は不本意かもしれないが。
「フーーーゥ」
深く息を吐いて集中。
――陰遁・影小人分身の術――
「ハァ、成功だ」
印を結び、最後に両手を合わせ、それを開くとそこには小さな私が存在していた。
この術は文字通り小さな私の影分身を生み出すものだ。
言葉に表すと簡単であるが――
「いつ見ても理不尽ですね。こんなに小さいのに人間なんですから」
小さい私をツンツン突きながらヒカゲが呟いた通り、影分身であっても小さい人間を生み出すというのはかなり高度な術なのだ。
わかりやすく言うとデスクトップパソコンが主流だった時代にスマホやタブレットPCを生み出す感覚だろうか。
影分身が高等忍術と言われる理由はその分身が高度な思考能力を有すること、実体を持つこと、印の少なさなどだ。
しかし、その高等と呼ばれる影分身すら大きさに変化をつけられるのは僅かなものだ。
そもそもそっち方面に特化している変化の術ですらサイズの変化というのはなく、大きさは誤差は1メートルもない程度だ。
「さすがハヤテ」
自分のことのように喜んでくれる夕顔の頭を撫でつつ小人の私地面に下ろす。すると小人の私は印を結び、ボフンッと小さく煙を発し、その煙が晴れるとそこにいたのはネズミの姿だけであった。
大きさは大きく変えることは本来は難しい。なら術者の本人が小さくなれば小さいものに変化でき、それならば情報収集や潜入捜査などにも役に立つだろうと考えて開発した私独自の忍術だ。
まぁ術が高度過ぎで私でも1体ずつしか作り出せないのだが。