第四話
「うーむ、ハンターへの依頼は基本銀行振込か……」
吾のおるところは飛行船のビジネスクラスで与えられる個室じゃ。
ファーストクラスはカジノで稼ぐ前の資金では辛かったのでビジネスクラスで我慢したのじゃ。
そして部屋に備え付けられておるパソコンでハンターサイトにアクセスして銀行振込をどうするか頭を抱えておるわけじゃ。
日本と同じように銀行口座の開設にはそれ相応の身分証が必要になる……つまり、今の吾には開設は不可ということじゃな。
更に言うと今回の飛行船の搭乗には国内……カキン帝国内の移動だったから身分証が必要なかったが国外に出るとなると身分証が必要になるらしいのじゃ。
身分証……さて、どうやって手に入れたものか……やはり札束の暴力でどうにかするしかないじゃろうか。
「とりあえず次の街でもカジノで荒稼ぎじゃな」
「あまり派手にやると出禁になっちゃいますよ?お嬢様の出身地である日本と同じぐらい情報の共有が簡単なんですから」
「うむ、加減は大事じゃな」
その気になれば十回連続……なんてこともできるからのぉ。
そんなことしても悪目立ちするだけじゃからせんがな。
しかし、七乃が知識を得て本当に会話が楽じゃ。もしこれで七乃オリジナルと同じ程度の知識しかなかった場合テレビやネット、電気の説明などの説明で大変だったじゃろうなぁ。
「さて、とりあえず目的地まで四十五時間もあるから……風呂入って洗濯して寝るのじゃ!」
「お風呂はともかく洗濯機まで付いてるとはビジネスクラスも侮れませんね」
「全くじゃ」
着の身着のままであった一張羅を洗濯……
「あ…………吾の服、絹じゃ?!」
「……ソローリソローリ」
「七乃!手洗いで頼むのじゃ!」
「やっぱりですか?!」
これは早く替わりの服を用意せねば面倒じゃな。
しかし、この服は吾のアイデンティティ……あちらに着いたらオーダーメイドするかの。
「では頼んだぞ〜」
「さすがお嬢様!私に容赦なく仕事を押し付け、自身は優雅に入浴なんて鬼畜の所業!」
「ぬっはっはっは、もっと褒めてたも!……というわけで風呂じゃ!」
出たぞ。
いやー久しぶりの風呂は気持ちが良かったのじゃ。
それにボディソープやシャンプー、リンス、洗顔剤まで用意されておるとは至れり尽くせりじゃな。と言うか久しぶりにシャンプーとかリンスとか使ったのじゃ!前の世界では石鹸オンリーじゃったからのぉ。HUNTERXHUNTERの世界でこのような贅沢ができるとはおもいもせんかった。
……ん?よく考えれば飛行船でこんなに水を使って大丈夫なんじゃろうか?排水はテキトーに投げ捨てるとしても貯水には限度がありそうじゃが……まさか念で水を……なわけないか。
「お嬢様のためなら〜えんやこら〜」
ふむ、頑張っておるようじゃな。
では先に寝るとするか——
「お腹空きましたー。死んじゃいますー」
いや、おぬしは念獣じゃから腹も減らんし餓死もせんじゃろ。
それに念も勝手に供給されておると自分で言ったではないか。
「気分の問題です!なんで働いてる私を置いて先に寝ようとしてるんですか?!」
「いや、吾も疲れておるし、何より明日から念の修行をせねばならぬし……それに七乃は寝んじゃろ?」
便利な身体じゃよな。その身体……前の世界で欲しかったのぉ。
「いやいやいや!そんなことになったら本当の意味で年中無休で仕事させられちゃいますよ?!」
「うむ、ついでに紀霊、甘寧、周泰のローテーションで見張……ゴホン、護衛を付けることになるじゃろう」
「見張りって言いかけましたよね」
さて、寝るかのぉ。
「あっ、お嬢様、ズル——」
ベッドに倒れ込んでからの記憶が全く無いのじゃ。
元々寝付きは良い方ではあるが身動き一つする前に眠ることはそう多くはない。
それだけサバイバル生活で疲労が蓄積しておったということじゃな。
ああ、それに七乃の維持に常時念を使っておるから余計に疲労しても不思議ではないか……何気に念の総量が多いのじゃろうか?
「七乃〜吾の服はどうなっておるのじゃ〜?」
「お嬢様、朝の挨拶は基本ですよ。おはようございます」
「おはようなのじゃ。それでどうなっておる?」
「こんな感じです」
おお、ドヤ顔しておるがそれに見合うだけの成果じゃ。ピカピカの新品同様じゃ。
「うむうむ、さすが七乃じゃ。乾燥もできておるな」
「もちろんです。乾燥機とは便利なものですねー」
本当に……本当に便利じゃなぁ。
前の世界じゃと雨が降ればなかなか乾かず大変じゃったからのぉ。部屋干しの嫌な臭いはなかなかに辛い……らしい。まさか太守の部屋に部屋干しするわけもないから吾は知らんのじゃが。
「それと……朝とは言いましたけど、実はもうお昼です」
「……まぁそういうこともあるじゃろうな」
疲労の度合いから考えると普通に朝起きることの方が不自然じゃ。むしろ納得じゃな。
予定は狂うたがそれは仕方ないとする……決してこのプランは朝食付きだったのに勿体無いなどと思っておらんぞ。
「まずは腹ごしらえと行くかの」
七乃の創り出す蜂蜜も気になるところじゃが、やはり手持ちの蜂蜜が劣化するのはあまり好ましくないので後回しじゃ。
「……この中なら普通の食事ができるのにあくまで蜂蜜なんですね。ブレませんね」
「蜂蜜は美味しいうちに食べる、これは義務であり責任である」
季節的にまだ結晶化はせんが日が過ぎればやはり落ちる。
もう二度と味わえぬであろう蜂蜜を劣化させては後悔してもしきれん。
「……これも一種の制約にできるでしょうか?」
「ふむ……制約と契約か」
確か鎖の女男が語っておった概念じゃな。
自身の念能力を強化するために行動を制限する制約と行動を強制する契約……じゃったかな?
ふむ……現実的なところでいくと毎日一日一リットルの蜂蜜を摂取、あたりじゃろうか。それ以上はさすがに病気や肥満が心配になるのじゃ。
それに更なる問題があるじゃ。それは——
「七乃相手にそのような制約を設けてどれだけの意味があるんじゃろ?」
「……ですよねー。自分で言うのもなんですけど多少念が強化されたところで戦闘能力なんて高が知れてますし、蜂蜜生成量が増えるぐらいでしょうか」
「大事なことではあるが念能力でそれを実現する価値が果たしてあるのかどうか」
この世界なら今まで味わったことない蜂蜜も数多くあるじゃろう。
色々な蜂蜜を食べてみたいのに七乃の蜂蜜(なんだか卑猥)の量が増えてものぉ。
「むむむ、これは私の存在意義の危機です?!」
「いや、七乃がおってくれるだけで随分助かっておるぞ」
「お嬢様……」
「おぬしがおらんなったら誰がこの絹の服を洗うんじゃ」
「そんなことだと思いましたよ!」
まぁもちろん冗談じゃがな。
遅い朝食を済ませ、いざ、念の修行を始める。
……とは言っても地味な瞑想じゃがな。
なんというか忘れたが自然発生しておる念を自身に留める技(?)すら身につけておらんから少しずつ身体から念が流出し続けておるのが現状じゃ。
その念を留めるために瞑想がいい……はずじゃ。違ったかもしれんが、この世界の念は仙人や僧侶などが類似しておったはずじゃから間違ってはおらんはず。
…………
………
……
…
うむ、全然わからん。
「七乃、変化はあるか?」
「目に見える変化は流出している量は変わりませんけど、身体の周りにある念が幾分かしっかりした感じがしますね」
「……一応の成果はあったのか……しかし、思っておった方向違うのぉ」
むうぅ、しかし他に訓練方法なんぞ思いつかんぞ。
とりあえず瞑想は続けるぞ。
…………
………
……
…
「蜂蜜……はっ?!煩悩が——」
「お嬢様!今少し念が膨らみましたよ」
む?煩悩で念が増幅?
もしや吾の念は……蜂蜜に関連しておるのか?……いや、むしろ他に何があるというのか。
「ならば試してみるか」
……吾は蜂蜜で出来ておる。
身体に蜂蜜を纏わせ、身体の内側も蜂蜜で満たすイメージ……
「おお、お嬢様!流出が止まりましたよ」
「なんというかさすが吾、というべきじゃろうか」
なんともわかりやすい質じゃの。
しかし、どうも不快ではないが吾の念はねっとりしておるような気がするが……他の者も同じなんじゃろうか?
「これでロスしておった念が最小限になるんじゃな……まぁもう少しイメージトレーニングをしてみるとするか」
結局瞑想ではなくなったが、なんとなくコツは掴めたのじゃ。
とりあえず蜂蜜、何を置いても蜂蜜、むしろ吾こそ蜂蜜。
「おお、どんどん纏う量が増えてますよ?!もう私ではお嬢様にダメージを与えられないと思いますよ」
進歩したのは嬉しいが、吾の念能力である七乃がそれでは駄目ではないか?