第二話
ガッデム、思っていた通り脳波測定器は返ってこなかった。
政府に……政府でいいのか?に献上させられた。
散々文句を言って、結局はスクラップをもっと寄越すことで妥協してやった。私も度量が広いな。
ちなみに2日後には脳波測定器2号機は完成させたのだがそれはそれ、これはこれだ。
改善点など試験運転すらできなかったのだからあるわけもなく、再現するだけなので簡単だった。
……よく考えたら試験運転すらしてない代物を政府は大事なザビ家に使ったのか?
もしかすると医療所の奴ら、一部でも自分達の責任逃れのために私を巻き込んだ可能性が……無駄にある心電計を献上させるか。
しかし、薬物投与が制限されている状態での強化はやはり厳しいな。
一応催眠術……厳密には暗示の力でどうにか強化を図っているが……元の素質がカスだから多少の変化では誤差の範疇だ。
今ニュータイプと呼ばれているものは感受性が特出し、タキサイキア現象を任意に引き起こすことができる者達のことを指すと思っている。
感受性が高いことが前提であるため素質として優れているのは若い女性が多いわけだが……私が受け持っているのは中年の男性で、しかも職業は軍人と来ている。
感情を殺すように訓練されている軍人をニュータイプ、人工ニュータイプである強化人間にするには骨が折れて当然だ。
軍人はガチガチのマニュアルで固められていることが多い。(不良軍人は除く)
そのガチガチのマニュアルに暗示で新たなルールを付け加えたり、削除したりするのだが、時間が経つとガチガチ過ぎて戻ってしまうのだ。
薬物を使えば復元を遅らせ、追いつかないようにすることができるのだが……ないものねだりか。
タキサイキア現象と呼ばれるものは一般的に知られている例で言うと死の直前にスローモーションに見える現象のことだ。
そのタキサイキア現象を引き起こした状態と感受性の高さが掛け合わさった時に起こる現象をニュータイプと呼ばれる存在の能力……なのではないかと思っている。
タキサイキア現象はそもそも死に際した緊張による脳の混乱によるものだが、これを引き起こすにはPTSDが最も簡単で高確率なものであるため、今の強化人間を生み出す手法としては主流となって——
……またアンタか、で何のようだ。
……いや、さすがにプログラムは専門外だ——って、おい!請けてないからな!データ持って帰——
くそ、私をなんだと思っている。
データの暗号解析だと?明らかに情報部の仕事だろう……ああ、こんな田舎の情報部じゃあてにならないのか……いや、そもそもこんな辺境に情報部ってあるのか?
そもそもこんな辺境で何を調べ、何を隠したのか……あ、あれか不穏分子などか?こんな狭い場所だとちょっとした喧嘩でも大変なことになりそうだからな。
ちなみに私も不穏分子になりかけているぞ。主に冷遇と無茶ぶりに関して。
……ふぅ、私の人の良さにもほとほと呆れるな。
……案外プログラムというのは簡単なものだな。
片手間1週間で解読してしまったぞ……もしかして嫌がらせか?中身はMS……いやMAか、の設計図のようだし、これを採点しろということか……ゼロ・ジ・アール?随分大型だな。
ふむふむ……なるほど、Iフィールド発生装置を搭載しているからか、しかしこの機体、普通の兵士には扱いづらいだろうな。
大型であることをカバーするためのIフィールドなんだろうが……なんだこの駄作は……私でももう少しマシなものを作れる……かもしれない。こればっかりは作ってみなければわからんな。
とりあえず私が思いつく理論に基づくIフィールドの改良案を添えて提出しておくか。
……突然だが、今私は取り調べにあっている。
なぜ私が……というと私がこの前解析したデータに関してのことだ。
どうやらアレを渡した奴はアクシズ内の主流派閥とは別の派閥で、データを盗み出したんだそうだ。
こんな辺境でも派閥争いか、唯一私がここに来て救いなのはそういうのに巻き込まれないことだな……と思っていたんだが。
そして、私が解析して改良案と共に提出したデータを兵器開発部に送ったんだが……兵器開発部は現在の主流派閥のテリトリーだったらしく、上へ下への大騒ぎになったようだ。知らんがな。
だから私は頼まれて解析しただけだと言っているだろう。
……ハァ?名簿に私の名前がない?知らん。名簿に無いことと私は関係ない。
こっちに来てもう4ヶ月近くになるが……ああ、そう、そのザンジバル級に乗っていたな。
私はニュータイプの研究をしている。
…………ハァ、何度言えばわかる。私は関係ないと言っている。
そもそも私が兵器開発部にデータを送って発覚したのに私を疑うとは……。
ハァ嫌になる。
何が嫌なのか、それは……ニュータイプの研究をしていると言った時の胡散臭そうにしている表情だ。
これだから凡人は……古くは宇宙(そら)には神が住むと言われていたが現代の人間が今更そんなことを信じる奴がいるか?人型兵器などという非効率な兵器が世界の半分以上を手に入れる切っ掛けになると誰が想像した?
ニュータイプがプロパガンダの産物とでも思っているのだろう。
……まぁ私やその他大勢がエスパーの如き察知、未来予測能力を持つ者を便宜上ニュータイプと呼んでいるだけと言われればそれまでだがな。
ジオン・ズム・ダイクンが語ったニュータイプは意識の覚醒、人間としての意思の進化という能力云々ではなく、思想や在り方の話だろうがな。
それを都合よく利用したのが私を筆頭とする研究者や企業、そしてキシリア・ザビだが。
……マハラジャ・カーンと面談?
いや、そんなことはいいから私は早く帰って検体を……ちょ、離せ!
人の都合を無視しやがって、どんなに屑で無能で野郎であろうと私の大事な作品だ。
そう、駄作でも作品に関しては責任を持つのが私の流儀なんだ……と文句を言っても解放されることはもちろんなく、実質アクシズという国の代表と会うことになった。
「君がアレン・スミス君だね」
「君付けで呼ばれる年齢ではないな」
「……ここには14歳と書かれているが?」
「それはその通りだ」
だからと言って君付けで呼ばれるのは小っ恥ずかしいのに変わりないだろ。
……それにしても……
「ここで貴方に会えるとは思いもしなかった。赤い彗星、シャア・アズナブル……階級がわからんないが」
「こちらこそこんなところで君と会えるとは思いもしなかったよ。フラナガンの鬼才」
なんだ、その痛いネーミングは。
まさか私がそのように呼ばれているというのか?恥ずかしい奴らめ。
しかも多分に棘があるな……ああ、確かララァ・スンと恋仲だったか……しかし私は彼女の担当ではないのだがな。
「そういえばララァ・スンはどうした……ああ、その反応だけで十分だ。そうか……惜しい検体を亡くしたな」
本当に残念だ。
クスコ・アルほどではなかったが、それでも検体の中では指折りの素質であったのに。
まぁMSの操縦に難があったから軍には受けが良くなかったようだが。
「貴様……」
「ふん、その怒り、憤りを私に向けるのはお門違いだ。それは自分自身に向け給え、救うことが、逃げることが、幸せにすることができたはずの自身に、な。大体彼女の最後の言葉はなんだった?聞いたはずだろう?シャア・アズナブル……まぁ正直私としては亡くなったものはどうでもいいがな」
生きている、これから生まれてくる者達のことで手一杯なのだよ。私は。
ニュータイプは死ぬ直前に強力な思念波……と呼称しているが、科学的に立証できたわけではない……を放つとされている。
その思いは近くにいた普通の人間……オールドタイプにすら受信できるほどの強力さで訴えかけ、影響を与える。
……フラナガン機関にいた時に散々経験したからな。
それでも前へ進むのが生きている者の使命だ。もっとも前に進むとは何処に向いて進んでいるのかは知らんがね。
「……」
うん、うるさい反論がなくて結構。
「どうやらアレン・スミス君で間違いないようだな。改めて協力に感謝しよう」
「いえいえ、アクシズのトップである貴方に協力するのは当然でしょう」
平たく言うと、協力していたということにして成果とし、褒美を与えるから許せと言われ、それに私が応じたということだな。
そしてこういう話をするということは当然報酬があるわけで……
「では、研究チームの一員として——」
「あ、それは必要ありません。設備を必要な時に貸してもらえれば現状に不満はありません」
最初はなんて酷いところだと思ったが、最近はスクラップを弄るのも楽しくなってきた。
今ならカレーでスクーターやティッシュで原子炉が作れそうだ……さすがに冗談だがね。
面倒な依頼は来るが、うるさい上司や生意気な部下やうざい客などいないこの環境は割りと私は気に入っている。
予算がないがそれは何処も同じだ。こんな辺境では金より物資のやり取りの方が多い。
タバコであったり、公園チケット(自然があるため入場制限がされている)であったり、家電だったり……物々交換が主流となっている。これが人類が地球を捨てて得た文明かと聞かれれば疑問に思うがな。
「……そうか、なら必要なものはその都度報告してもうとして……一つ言っておかねばならないことがある」
あ、なんだか嫌な予感が。
「クローンの研究に関しては認められない」
oh!Jesus!……あ、私はキリスト教じゃないから微妙か。
しかし、ここで諦めるわけにはいかない。
「しかし、アクシズはジオン共和国の帰還命令に従わなかったと記憶していますが……なるほど、貴方方ではなく、タカ派の人間が随分いるようですね」
ふん、こんな辺境では戦争に負けたという実感がわかんというのもわからなくはない。
痛い思いをしていない人間は得てしてそういうものだ。
タカ派ならば私のクローン研究にも協力してくれるかもしれんな……だが、今実権を握っているのは間違いなく目の前の男だ。
どうにか説得しないといけないのだが……ことクローンに関しては常識で考えると禁忌であることは間違いない。
それを捻じ曲げることができるか?……攻める角度を変えてみるか。
「私の研究が人間のクローンであることをお知りになっているようですね。人間のクローンを作ることは止めておきましょう。その代わりと言ってはなんですが、医療面でのクローン研究をさせていただきたい」
「医療面というと……」
「皮膚や内臓、四肢などですね」
戦乱の世では需要が多いだろう?
裏で人間のクローンを作られるかもしれないがメリットも大きいだろう?
古代の頃ならともかく、近代では弱き者の声は随分大きくなった。その代表がジオンでもある。
そしてその声は統治者にとって無視できない声でもある。
いや、本物の政治家ならば遠回しの言い方でやんわりと角が立たないように切って捨てることができるだろう。
しかし、この目の前の人間は政治家ではない。
あくまで軍人を束ねる者でしかない。となれば——
「……わかった。できるだけのサポートを約束しよう。ただし、半年以内に結果を出してもらいたい」
随分せっかちなやつだな。
人の命が関わる研究を半年とは……高く買われたもんだな。
まぁアクシズの貧しさは今に始まったことではないか。
「了解した。何かしらの成果をあげてみせようではないか」
さて、何がいいかな。