第四話
「ようこそハマーン様、ナタリー・ビアンキ中尉」
なぜだ?私を見て唖然としているのだが……私はまだ何もしていないぞ。
「し、失礼しました。アレン・スミス博士で間違いないでしょうか」
「如何にも私はアレン・スミスだ。ニュータイプとクローンの研究……と最近は半ば趣味であるスクラップ発明をしている」
「スクラップ発明?」
「ここはご覧のとおりスクラップ置き場に近い様相だが、これを素にして新たな何かを発明することだ。なかなか面白いぞ」
……おい、検体共。そんなところだけ年齢相応のリアクションでこっちの対応が困るってどういうことだ。
どうやら覚醒訓練ハードモードがご希望の……逃げるの早過ぎるだろ。こういう時だけニュータイプ能力を発揮するな。
それとお二人共、それほど頷かなくても——ああ、もしかすると私が思った以上に若くてびっくりしてたのか?
確かに博士ってのは年寄りに与えられる称号みたいなものだからわからなくもない。
「さて、早速ですがハマーン様の治療に関してですが……ああ、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。あの屑で下衆な奴らがやっているようなものではありませんから……というか奴らは作品を壊しても治すことなんてできませんから」
それに私がそのようなことをすればナタリー・ビアンキ中尉がお止めになるでしょう。と言うと迷いなく頷いたのでハマーンも少し緊張が解けたようだ。
そもそもカーン提督との約束で機材を付けることはもちろん、触れることすらも禁じられている。
全く、これは明らかに風評被害だろ。
私が女性にそんな酷いことするわけがない……まぁ本当は血圧と脈拍ぐらいは計りたかったんだが世の中万事上手くいくことの方が少ないか、γだって戦死するとは思ってなかったからな。
「まずはそこのリクライニングチェアに座ってください……あ、ちなみにそのチェアはスクラップ発明の1つです。元々は操縦席ですね」
最後の一言でハマーンがビクッと跳ねた。
とりあえず殺しや自分に酔ってるという妙な性癖に目覚めたという感じではないな。
やはりありきたりに生と死の狭間を感じたのだろう。
戦う意義、戦いの恐怖、生への執着、死の意味、死者の思いと無念さ、罪悪感、生存本能……それらが入り混じり、自己が揺らぐ……普通の人でも迷うことがあるというのに殺し合い、それも相手の思念を感じてとなると揺らいで当然だ。
治療、と言っても道具も何も使わないとなれば手段は限られる。
まずは雑談を交えることから始める。
人間というのは生理的に嫌悪を抱いていても、ちゃんと親に躾されていれば当り障りのない会話をしてもある程度信頼関係が築けるものだ。
そしてハマーンは上流階級であり、その手の躾はされているだろう。それを利用させてもらう。
幸い、年齢も近いこともあって緊張は割りと簡単に解けたようだ。
特にハマーンが最近気にしていることであるミネバ・ラオ・ザビがこの前の連邦との戦いの始まる直前に公王継承者となったことを聞いてびっくりして、ついついドズル・ザビと似るのか楽しみだということを話すとハマーンだけでなくナタリー中尉も笑わせることに成功。
それからは気軽な話ができるようになった。
やはり同年代が少ないというのは情操教育の観点からよろしくないな。
思っていた以上に早く信頼は構築できた。これは一歩間違えれば悪い男に騙される——うん?シャアの顔が自然と出てきたぞ?
それはともかく、ここから少しずつ誘導していく。
和んだ空気を少しずつネガティブな思考へと移行させる。
そうしていくと必ず後ろ向きの発言をした瞬間に少し厳しい言葉で正論を言って説教、そしてまた和やかに会話をしてまたネガティブ思考へ移行させ……以降ループ。
これは軽いマインドコントロールで、軽い不安と軽い説教と軽い解放感を繰り返すことで私の考え方を浸透させていくことができる。不安状態に説教をするというのは親身になってくれていると錯覚するし、説得力があれば納得し安くなり、解放感で依存度が高まる。
もっとハードにすれば人格すらも変えられるが、それは相手の性格次第なところがあるため、こちらの方が万人に使えて便利だ。
あまり見破られたことがないのは皆が鈍感なのかそれとも相手が求めているからなのかは私は知らない。
結果から言うと治療は成功した。
ハマーンもナタリー中尉も基本は善良で、周りに恵まれていることから騙すのは……ゴホン、治療するのは難しくなかった。
αとβが私を犯罪者……特に詐欺師かのように見てくるが気にしない。
もっとも本当に周りに恵まれているかというと微妙だけど、本人達が気づいていなければ問題ない。
軍人なんて上意下達を是とした歪んだ存在だし、実戦を経験した軍人なんて更に歪に歪んでいる人間ばかりだからな。そのあたりを理解できているとは思えない。
そして当然の事ながらマハラジャ提督から感謝の言葉を貰った。もちろん、クローン(生命体を生み出す以外)は解禁させてもらった。
他にも色々と融通してもらえた。
シュネー・ヴァイスのデータを……公式で手に入れた。非公式では手に入れてたが表立って使うことができなかったので嬉しい限りだ。
おまけにハマーンのデータも手に入れたが……こちらは使い道があるかどうか疑問ではあるが……これはおそらく将来私にハマーン専用機でも作れというのだろう。もちろん『アクシズのニュータイプ研究所』と競合させようって腹でもあるはずだ。
更にニュータイプとして高い素質を持っている若い女性であるイリア・パゾムを迎え入れることに成功した。あ、後雑魚(そこそこの素質の男)を2人ほど検体が増えたが……あの感覚、おそらく監視だ。
洗脳やマインドコントロールを主軸とする私に検体を通して監視しようなんて考えが甘すぎる。
どんな扱いでもできそうな連邦軍の捕虜を要求したが受け入れられなかった。条約が云々と言っていたが……正直今更遵守する必要があるのか疑問だが、政治に関わっていない私がどうこう言えることではない。
これらのことはある程度予想していたことだった。
しかし、1つだけ予想外のことがある。
それは——
「ナタリーったらシャア大佐のこと気になるのに隠ししてるのよ。私に気を使ってくれてるのはわかるけど……デートまでしてそんなこと言われてもね」
ハマーンが私の研究所に入り浸る……いや、愚痴を言いに来るようになったということだ。
そして治療をしたことによってニュータイプとしてのレベルが上がったようで、今までより深く他人に触れることができるようになった。
それが現在の愚痴となっているわけなのだが……一応言っておくが私が彼女を成長させたわけではない。行っていたのは純然たる治療行為だ。つまりハマーン自身が成長したわけで私には責任はない。
「……話、聞いてないわね」
「さすがニュータイプだな」
「そうやってわざとらしい嫌味を言っても出ていかないわよ」
レベルの高いニュータイプというのはそれに比して相手の感情を深く知る。
αやβなどは変態やむっつりスケベなどと言っているが失礼なやつらだ。フェミニストと呼んで欲しい、もしくは紳士だ。
それをハマーンは理解しているわけだ。
ニュータイプは常人よりストレスが溜まりやすいことはその性質を理解していれば馬鹿でも理解できる。
そしてそのストレスはニュータイプとしての性能を落とすからこそ記憶操作という直接的な方法でストレスを取り除いたりしているわけだ。
まぁ研究者からすれば女性の機嫌ほどわけがわからないものはないから仕方ないのだが。
「あ、また聞いてないわね」
「さすがニュー……」
「もういいから」
どうやら天丼はお好みではないらしい。
ちなみに私はカツ丼派だ。
1度、警察で取り調べされたことがある(もちろん無実)のだが、その時に出されたカツ丼が美味かった。
戦争の煽りで潰れてしまったのが残念だ。もし潰れていなかったら私はこの辺境にいないだろう。
フェミニストを名乗っているのにぞんざいな扱いをしているように見えるかもしれないが、それは間違いだ。
基本女性の愚痴はただただ聞いて欲しいだけのもので、意見を求めたりしているわけではないのだ。
しかも私と彼女の付き合いは10日も経っていない。いくらかメンタルケアが成功したからと言って助言ができるほどの信頼関係ができているわけでもない。
何より……人の、しかもニュータイプの恋路に口を出すとMSに蹴られるから要注意だ。
ニュータイプは……なんといったか……や、や……そう、ヤンデレが多い。
十中八九ハマーンもその部類だろう。
「……で、私を無視してまで何を作っているの?」
「義手だ」
「義手……義手って作り物の腕のことよね」
「そうだ。一般市民はもちろんのこと兵士……そして何より私の作品達が負傷した時に使える。誰にとっても損がないだろう?」
「……作品って言い方、嫌い」
「ふん、ハマーン様は私に取り繕った態度をお求めか?」
「……」
私がどういう人間なのか理解するまでそう時間は掛からないだろうと既に被っていた猫は脱ぎ捨てている。
ハマーンはここのところ隔日ぐらいにここへ訪れている。
これほどの頻度で来られるとハマーンのニュータイプの素質から考えると私のゆるゆるな被り方では猫ではないことを看破されるだろうと判断したからだ。
心に触れると表現していいほどのレベルであるニュータイプは欺かれることを人一倍どころか百倍は嫌う。
なかなかに難しい人種だよ。ニュータイプとは。
「わかっていて来ているんだろう。私は他の者より若干マシだと自負しているがそれでもハマーン様が……いや、ハマーンが毛嫌いしている人種と同類であることは理解しているはずだ」
「……」
ハァ、せっかく優秀な検体を手に入れれたと思ったんだがな。
ここで誤魔化しても結局は変わらない。いや、むしろ綺麗な言い方で信頼関係、汚い言い方で依存度を中途半端な状態で気づかれてしまった場合、怨みとなって兆倍にして返ってくることは間違いない。それで刺された研究者がいたぐらいだからな。
そんなことになるぐらいなら今のうちに手を打っておくべきだ。
「それに表面を取り繕うのは簡単だが、それはハマーンが求めるものとは違うだろう?」
「……」
小さく頷くのを確認した。
……もしかするとこのままの関係は続くかもしれないな。
反応から察するに私が思っている以上にハマーンが孤独を感じているようだ。
……いや、よく考えれば、いくら年齢が近いからと言ってもこんな付き合いづらく、元々苦手な研究者のところに通うことようなことはないか。
これは……本格的に洗脳ができるかもしれないな……あまりやり過ぎたら抹殺されそうだからほどほどにしなくては。
「来たければいつでも来るといい。ただし、それ相応の覚悟をしてから来るように」
欲しいものを得る過程で恐怖があれば得た時は解放感(快感)は絶大だ。
普通ならこんな面倒なやつとの関わり合いなんて切ればいいが、ここで治療の際に築いた信頼関係がそれを食い止める。
こういうちまちましたことが洗脳、暗示には大事なのだ。
「……別に来ないとは言ってないわ」
どうやらとりあえずは検体は確保できたようだ。
……さて、次はこの拗ねた検体のご機嫌取りとするか。