第五話
ハマーンは1週間ほどは来なかった。
読み違えてこのまま疎遠になるかと思っていたのだが……どうやらハマーンはミネバ・ラオ・ザビの付き人として就任することになり、その妙に格式張った就任式で忙しかったようだ。
就任パレードまで行われるらしく、ハマーンから見に来るように言われたがもちろん無視……しようとしたら作品達の叛乱にあい、無理やり連行された。
数の暴力にはさすがの私も抗いようがない。イリア・パゾム(10歳)1人ならどうとでもなったが……なったんだぞ?決して私が貧弱なのではない。
……まぁ、ハマーンが嬉しそうだったのでご機嫌取りとしては正解だったのだろう。検体の……特に女性の機嫌は取っておくに限る。
そういえば監視として送られてきた雑魚2人だが、早々に情報を吐き出させ、こちらに付かせた。
まぁ私に掛かれば容易いことだ。
雑魚達を派遣してきたのはどうやらエンツォ・ベルニーニ大佐という兵力総括顧問なる立場にいる者だ。
どうやら過激なタカ派なようで、この前の連邦軍も誘引によるものではないかという話もあるそうだ。
つまり、私を利用していたのは彼らだったのだろう。
天才を利用したい気持ちはわからんではないが……利用するなら対価もそれ相応に頂きたいものだな。
しかし、自分で言っておいてなんだが対価というが何か欲しい物があっただろうか?
研究設備は問題なく揃っているし、足りなければ作る。そして人材も揃ってきた。金なんて元々生活と研究をするために必要だから必要なのであってそれが満たされれば必要はない。食事に関しては栄養補給さえできれば問題ない。
……ああ、そういえば1つだけ欲しい物があったな。
それは……時間だ。
結局、奴らから得られるものはないようだな。
クローンの研究解禁なんぞ頼んでも無駄だろうし……よし、無駄な考えをするより開発だ。
それにしても義手とは難しいな。
グフのヒートロッドとフィンガーバルカンを義手に内蔵させようと思っているんだが、ヒートロッドの電気でフィンガーバルカンが暴発したり、自身が感電してしまったり、フィンガーバルカンの発砲による衝撃で義手が歪んだりとなかなか上手くいかない。
やはりどちらかにすべきだろうか……
「両方無くすことが最善だと思うわ」
「それではただの義手ではないか」
「……義手を作ってたんじゃなかったの?」
「……そう言えばそうだったな」
言われるまで気付かなかった。
さすがハマーン、ニュータイプは伊達ではない。
「それにアクシズでは一部の者以外は銃器の所有は認められてないから無駄よ」
「ハマーン、わかっていないな。こういう装備は実用性よりもロマンを求めるのだよ」
「そんなもの捨ててしまえ」
せっかくだがこれで終了とするか、後は人間らしい肉付けをすれば完成だ。
「……そうだ。サイコミュを搭載してブースターとスラスターを付けて小型のビットに——」
「しなくていいから。……それ以前にビットの小型化ってそんなサイズはさすがに無理でしょ」
さすがにそこまで小型化は無理か……いや、やってみなければ……しかし、時間が掛かる題材になりそうだからまた今度にするとしよう。
「ところでハマーン」
「なにかしら」
「シニヨンも似合うな」
「なっ?!」
ふっ、よく会ってすぐに容姿や服装を褒める奴らがいるが、あれは儀礼的になりすぎていて真実味が欠ける。
それを期待して構えてしまっている女性にそんなこと言っても当然として受け止められる。ならばどうするか、それは構えを解いたタイミングで欲していたものを与えてあげれば良いのだ。
古今東西、人間の心理なんぞ変わってはいない。それが例えニュータイプでも、な。
それを証拠にハマーンは照れている。
これが来てすぐに褒めていたなら、ありがとうの一言で済まされたことだろう。
ただし、注意が必要なのはあまり繰り返すと察しが悪く、天然野郎と勘違いされてしまいかねないので、付き合いに変化が生じる可能性や、単純に見破られるかもしれないので乱用は注意だ。
正直ハマーンの髪型がどうであろうとどうでもいいのだが……おっと、こういうことを考えると睨まれるな。ニュータイプと付き合うコツは深く考えないことだ。
考えるな、感じろ。とはよく言ったものだな。
ん?なぜかハマーンがこちらをジト目で見ているぞ。仲間に入りたいのか?
「……全部口に出てるわよ」
「わざとだ」
「……ハァ、こういう人だってわかってるんだけど……」
「さて、今日はフラナガンで一般的な訓練にはトラウマがあるハマーンに特別に訓練という名の遊びを用意した」
「その通りだけどそんなにはっきり言わなくても」
「というわけで、これだ」
「これは……ガンシューティングゲーム?」
コクピットに座ると嫌な記憶が多くあるだろうからこういう形にした。
決してスクラップに筐体があったわけではない。
そして筐体の周りには脳波測定器を設置……機器を取り付けるのは禁止されているが測定することを禁止されたわけではない。
取り付け型から比べると精度は落ちるがそれは仕方ない。今後に期待だな。
「ほら、早く進めろ。その敵を撃ったらスタートだぞ」
「なんで……なんで標的がジオン兵なのよ!」
「それだ」
「……どういうこと?」
「なぜジオンの軍服を着ているから味方だと思う。ジオンの軍服を着た連邦なんて地球にはかなりいただろうな。もちろん寝返ったわけではなく、破壊工作のために」
「それは」
まずはハマーンのこの甘さと素直さを適正しなければならない。
初陣を飾り、ミネバ・ラオ・ザビの付き人となるにはこのままでは苦労することは間違いない。
私個人としてはどうでもいいが研究者としてはハマーンが偉くなれば研究しやすくなる。いや、偉くならなくても成長さえ示すことができればマハラジャの評価が上がり、より自由に研究することができる可能性が出て来る。
……ただ、この甘さはハマーンに限らないのかもしれない。
もう何度目かわからないがアクシズは辺境だ。そして一年戦争経験者のほとんどは宇宙にいた人間がほとんどだ。
宇宙にいたということはほぼ全て味方しかいない場所にいたということでもある。
地球とは違い、コロニーは出入りの規制が容易であり、敵がいるとすればそれは諜報が目的で破壊工作や騙し討ちではない。
それを取り締まるのは憲兵や同じ諜報員であるが、その存在がアクシズにどれだけいるのか。
……まぁ、ハマーンの場合は味方を疑うことからスタートだな。
ミネバ・ラオ・ザビの付き人、しかもマハラジャがアクシズのトップであることから実質的には後見人となる可能性はかなり高い。ならば味方でも疑わなければならないということも知る必要があるだ。
あまりハードに教えると拗らせて人間不信になったら困るので最初はこの程度のお遊びでいいだろう。
ハマーンは二言ほど文句を言いつつもやっとその気になったのかジオン兵を撃つ。
『なっ?!う、裏切り、者……』
そう言ってジオン兵が倒れる……うん、我ながらいい出来だ。
ハマーンの顔色が悪くなっているがな。
「……」
無言の圧力を受けるが気にしない。
これも試練だ。
そして次々と襲い掛かってくるジオン兵、そしてそれを撃ち殺すハマーン、その度に『なぜお前が……』や『アイシャ(恋人)……すまん』など台詞を残して死んでいく。
余談だが、ジオン兵の声は全て私である。
それにしてもさすがというか……そこそこ難易度は高めに設定しているのに楽々とクリアしていく。
データを見ると命中率は93%だ。外した7%は倒れた兵士の台詞に動揺して手が震えて外したもののようだな。
それにしても……ゲームでこれほど動揺してくれると嬉しくなる。
普通ならたかがゲームと思って問答無用で殺しまくるだろう……だが、その素直さが今は駄目なのだ。
なんだかんだでラスボスステージ到達、そして出てきたのは——
『ここを通らせるわけにはいかんな』
「これは私を怒らせたいと解釈してもいいのかしら?」
敬愛してやまないシャア・アズナブルである。
ハマーンのリアクションが想定内なのが残念だ。
声は合成で作っているが本物と聴き比べてもおそらくわからないだろう。
「シャアが敵になることだってあるかもしれないだろう。そもそもハマーン、君がどれだけシャアのことを知っている?生まれは?好きな食べ物は?女性の好みは?」
「……」
「知らないだろう。知らないというのは危険ということと同義なのだよ」
まぁ極論だがね。
こういう訓練している時は極論でもなんでも納得させることが重要なのだ。
それからいくらか言葉を交わして説得に成功する……ちなみにこの間シャアは動いていない、イベント待ちだ。
そしてやっとハマーンが銃を構えてシャアを撃つ。
『大佐!危ない!』
突然現れたナタリー中尉がシャアを庇って倒れる。
それを見て唖然とするハマーン……本当に良いリアクションをしてくれるな。
『貴様!』
シャアが怒りで赤いオーラを放つ……このあたりはもちろん私の創作だ。昔のマンガでこういったものがあったことを思い出して採用してみた。
そこからはハマーンとシャアの死闘が始まった。
このゲームでは事実上最強の敵であるシャアは素早く、攻撃も巧みだ。
よしよし、データは順調に取れているな。しかし、MSとは違って不慣れな銃の射撃にも関わらずよくもまぁここまで上手くできるとは……これが才能というやつなのだろう。
そして戦いの終わりが来た。
疲れが見えてきたにも関わらず反応速度が上がったハマーンがシャアを捉えることに成功したのだ。
そしてシャアの最後の台詞は——
『ララァ……』
である。
そしてハマーンのフラストレーションは最高潮に来ている。
とはいえ、本当に学ばせたいのはここからだったりするのだが、それはまだハマーンは知らない。
最後の扉が開き、そこに満を持して現れたのは——
「え、私?」
そう、ハマーン・カーンである。
『誰?!衛兵は!シャアはどう——』
容赦なく撃たれ、倒れるハマーン・カーン。
これがエンディングである。
「さて、楽しんでもらえたかな」
「楽しめるわけ……ないじゃない」
だろうな。
色々なものを押し込めすぎて迷走しているのは自覚があるが、学ぶことはできたと思う……だが答え合わせはしない。
どういう答えを導き出すかはハマーン自身に考えらせることにする。
教えるだけでなく、考えて、感じて導き出す答えもあるはずだから……決して面倒なわけではないぞ。