第八話
送別会も終わり、大体が帰っていった。
今はなぜか勝っているのに納得していないハマーンに付き合ってシミュレータをしている。
現在使っているシミュレータではサイコミュは再現できないためお互い私が調整をしたF2型で勝負中——なんだ?この敵意と焦りは。
「……警報?しかもこのパターンは……ハッキング?」
ハマーンとのシミュレーションを終了させて端末を覗き、調べてみるとそういうことらしい。
どうやら私が独自に仕掛けていたセキリティシステムに気づかずに誰かが踏んだようだ。
問題はこれが演習なのか本番なのかである。
演習なんて予定を聞いていないが私のようなちゃんと部署といえるかどうか微妙な部署に通達が来るかどうか怪しいものだ。
これが演習で、私のセキリティを掻い潜れなかった間抜けなら問題ないが本当だったら……ん?幹部のIDが書き換えられている……のか?変更日時がつい先程になっている……もしかして本当にハッキングか?
「……これはどちらと受け取ったらいいのか」
ID書き換え……確かに障害が大きく発生する悪質なものではあるが、事前に演習なら別のIDを用意させているだろう。
これが本番ならば緊急事態と言えるだろうな。
まずはハッキング元を探ってみるか……営倉ブロックの監視室からか、防衛側は主管制室……は当然だな。
こっちが奪われた設定なんぞアクシズは既に陥落しているに等しい、となると営倉ブロックの方が敵となるわけだが……さて、これは手を出してもいいものかどうか悩むな。
演習ならばいらぬ横やりにしかならないが——
「営倉ブロック?しかもここって……確かナタリーが連邦兵の収容に使っていた場所の近くじゃないかしら」
「ほう……なるほどなるほど、確かに記録でもそうなっているな」
ということは演習でもなんでもなく、本番中というわけか。
つまり敵意は連邦の者か?
「監視室をモニターアクセス……よし、できた」
そこに映ったのは結構な数の連邦の軍服を着た人間達と数名のジオンの軍服を着た者達だった。
まさか本当に脱走劇が行われているとは……。
「アレン、どうするのよ。これって危険なんじゃ……」
「どうだろうな。彼らの目的は戦力的に考えてアクシズの破壊ではなく、地球への帰還だろう。放置しても問題は……ああ、アクシズの座標を知らされると厄介か」
自由に研究ができないとはいえ、うるさい人間関係が少ないここは居心地がよくなってきている。
最近は妙なやつが居着いているが不快に感じない程度には常識があるから問題ない。
次の就職先を探すのも面倒であるし——
「いっそこいつらまとめて窒息死させるか」
今なら空調を弄れば可能だろう。
「駄目よ。ジオンの兵士もいるじゃない!ほら、それに女の人も……あ、この人は——」
ん?なんだ……これはハマーンか?……シャアとこの女が抱きついているところか……ふむ、シャアの異名は(処女の血的な意味で)赤い彗星の意味なのか?ナタリー中尉とも良い関係だと言っていたが……それともハマーンの妄想癖か?この年頃の女性はそういう癖があるものもいるが。
まぁこの女が処女か中古かなんてどうでもいいが……しかし紳士を自負する私としては、殺すわけにはいかんな。
「人質がいるとなるとハッキングを防いだところであまり解決にはならんか」
面倒だ。激しく面倒だ。
できれば無視したい。無視したいがそうはいかんだろうな。
おそらくこのまま放置しても連邦兵の脱走は成功しないと思うが、既にそれなりに連邦兵が動けている以上、アクシズの被害が出るだろう。
そうなることを見過ごしたりすると隣でなんとかしろ的な視線を送ってきているハマーンが許してくれるとは思えない。
検体のご機嫌を……特に女性の機嫌を取るのはこの事態を収めるよりも面倒なことだ。なにせ人の命の恨みだからな。機嫌が取れるかどうか。
とはいえ、どうしたらいいものか……私でも皆目見当がつかない。
「……よし、酸素濃度を低下させて高山病に掛けるか」
これならば人質も殺すことはなく、犯人を無力化することができる。
一応ハマーンの方を見て判断を仰ぐ。
「うん、お願い。後、IDが書き換えられてるのは直せる?」
「そっちは無理だ。私は元となるデータを知らない。それにバックアップデータも持っていないからね」
「そうなの……」
「その代わりにこういうことはできる」
全ドアを開放してやる。
これは総員退避の際に使われるプログラムでエアーが無い区画以外のドアを開放することができるのだ。
必要以上に混乱を招かぬように警報は切っておいた。
もっっともこの事態を知らぬ者達からすれば何事かと混乱するのは同じだろうがな。
「アレンは本当に凄いわね……ただ、こんなことして処罰されない?」
「犯人がわかれば処罰される可能性はあるな」
どうする、とハマーンに視線をやる。
「アレンがへましてない限りは黙っておくわ」
「ふっ、私がへまなどたまにしかするわけないだろう」
「たまにはするんだ」
「もちろん、私も人間だからな」
失敗しない人間など、それは人間の形をした神だろう。
さて、元々痕跡など残すようなことはしていないが念には念を入れて……ん?ここ、トラブってるぞ。ついでに直しておくか。
「ところで……営倉ブロックも開放されてるけど酸素濃度下げた意味あったの?」
「……あ、連邦のやつらジムで逃げる気らしいぞ……いや、違うな。ジムなんか乗っても逃げることなんてできるわけない、となると……こっちは陽動か、本命はマゼラン級の奪還か」
「誤魔化したわね……って、大変じゃない?!誰かに伝えることはできないの!」
「さて、通信系は……あー、随分とガッチリ固めてやがるな。これを抜くには時間がかかりそうだぞ」
さすがにこれだけ固められるとまだプログラミング経験1年未満の私ではどうにもならんな。
通信内容がデータとして残っていたから把握することはできたが……ふっ、まさか脱走の荷造りをジオンがしているとはなんという間抜けさだ。
幸いなのは現場の指揮官らしき人物が訝しげにしていたことか。
「そういえばハマーン、連邦の敵意は感じないのか」
「……駄目ね。今は色々な敵意が混ざってわからないわ」
……そういえばこいつ、散々虐めて忘れてたが箱入り……というほどではないか、温室育ちのお嬢さんだったな。
これは1度揉んでやる必要があるかもしれない……念のため言っておくが決してセクハラをするわけではないぞ?
「あ、ジムが外に……と思ったらシャアの操るゲルググが無双して全滅したな」
「さすが大佐です」
ははは、せっかくゲルググの女パイロットが必死の思いで不意打ちで1機倒したのにシャアの前では形無しだな。いいところ総取りだ。
しかも、すぐに外へ出たシャアを追って宇宙に出たはいいが姿勢制御用のスラスターが整備されていないようで宇宙を泳いでいる始末、間抜けさが目立ってしまう。これでは典型的なダメ上司っぽいエンツォに褒められるどころか叱責があるだろうな。哀れ、捨てられたら検体としてうちに来るがいい。歓迎するぞ。
「シャアが向かった先は……なんて考えるまでもないか、これで連邦の脱走劇も幕引きか」
「さすが大佐です」
「これでシャアの派閥が圧倒的リードだな」
「さすが大佐です」
……。
「ちなみにシャアが惚れていたのは17歳の——」
「その話詳しく聞きたいわ」
同じこと繰り返しているから聞いてないかと思ったらちゃんと聞いていたようだ。
これから事件が終息するまで質問攻めにあうことになった。
後日、シャアに呼び出されたのは余談である。
事件が終息して調査と責任追及が始まった。
まず責任追及がなされたのは当然、軍部のほとんどの権限を握る兵力総括顧問のエンツォ・ベルニーニだ。
今回の事件により別の組織が監査を行った方がいいということになり、マハラジャ直轄の監査部が設立されることになり、エンツォ・ベルニーニも謹慎90日と兵力総括顧問の権限縮小という重い罰を受けることになった。
しかし、次に問題になったのは監視室の占拠のきっかけを作ったとされる一般人であるオクサーナ・ボギンスカヤに軍部重要区域の行動許可だった。
これを許可したのはマハラジャであるためこちらも責任追及の声がエンツォ・ベルニーニの派閥から上がった。
もっともマハラジャの懐刀と認知されているシャアが鎮圧に大きく貢献したことによりほぼ相殺していることを自覚していながらの苦し紛れの反撃でしかなかったが、マハラジャから謝罪の言葉が出たこと、オクサーナ・ボギンスカヤの許可を取り下げることで少しは面目が保たれ……たのか?
何はともあれ私の行ったことは特にバレることも——
「アレン博士、あまり無茶はしないでください。あなたは一応軍関係者ではありますが軍人ではないんですよ」
「私にはなんのことを言っているのかさっぱりわからないな、ナタリー中尉」
「……今回の事件のきっかけとなったシステムトラブルの原因を調べていると何処かで見覚え
のある書き方をしたプログラムを見つけたんですよ」
……あれか、いらんことはするものではないな。
「それで中尉は私にどうしろと?」
「……まずは感謝を……助けてくださってありがとうございます」
「礼儀を守れる者は尊敬できるぞ」
まぁ私はあまり守る気はないがな。
「ですが、無茶はやめてください。判明して裁判に掛けられたりすれば死罪なんですよ?」
「その時はその時だ」
うん、アクシズを粉々にしてでも生き残ってみせるぞ。
「アレンがなんかとんでもないことを考えてる気がする」
そういうことだけ敏感に察知するんじゃない。
「今回は非常事態だ。日頃からこのようなことをすることはないさ」
まぁデータを書き換えることはないな。盗むことはあるが。