第九話
ナタリー中尉経由でマハラジャに1つお願いをした。
私のことではなく、ハマーンの訓練のことで、だ。
その内容にナタリー中尉は猛反対した……今も説得できてないがもし拒否された場合を想定して用意していた次の訓練内容を教えると散々文句を言いつつも我慢してくれた。
良かった良かった。自分で考えた訓練とはいえハマーンの尊厳が守られて本当に良かった。
ナタリー中尉が反対したということはマハラジャも反対……ということはなく、その必要性を問われて答えれば普通に納得し、許可が出た。
あまりにもスマートに許可が出たのでナタリー中尉はマハラジャのことを怪しんでいるようだ。
別に悪いことをしようというわけではない。私なりの情操教育の一環だ。
「というわけでここだ」
「ここっって……取調室……だったかしら」
「よく知っているな。そう、今日はここで訓練を行う」
「……嫌な予感がする」
嫌な予感程度で済んでいるあたりまだまだ認識が甘いというか危機感が足りないというか。
これだから温室育ちは……ああ、でも私も実験室育ちと言えるかもしれんからあまり人のことを言えん気もする。
そんなことを考えつつも取調室に入る。
そこには護衛としてナタリー中尉と……
「なんで大佐がいるんだ?」
そこにはアクシズでは必要性を感じないサングラスをした金髪……シャア・アズナブル大佐がいた。
呼んだ覚えはないのだが……むしろ呼びたくなかった人の代表格だ。
これではハマーンの教育に支障が出るかもしれない。
「提督からのご指名さ。護衛兼監視といったところだな」
ハァ……あのおっさん、過保護過ぎるだろう。
これでは予定通りには……いや、運び方によってはいい感じに転がるかもしれない。
「……同席するのは構いませんけどいらない口は出さないでください」
「了解している。ハマーンもそのつもりで」
「……」
もっともハマーンはそれどころではないだろうがな。
取調室、つまり誰かを取り調べる部屋なわけだ。
そして、ハマーンが硬直している理由は中央に置かれた机の向かい側に座っている今日の主役であるジムで脱走を試みた女だ。
連邦はジオンと違って人口が多いため女性軍人は少ないはずなんだが……珍しいな。
女性の徴兵は一年戦争時に行われたとは聞いていないから志願兵なのだろう。
ふむ、そこそこの殺意と憎悪だ。
「さて、脱走に失敗した負け犬の連邦兵。今日はちょっとした雑談に付き合ってもらおう。ちなみに拒否権はない」
そう告げた瞬間に殺意と憎悪が溢れです。そうそう、そういうのを期待していた。
チラッとハマーンを見ると案の定顔色が悪い。
そうでないとフェミニストの私が憎まれ役になったかいがない。
「大量虐殺者風情が何を偉そうにっ!」
「殺すことが重罪なのは間違いない……が、拉致監禁も重罪だと思わないか」
「なんのことを言って——」
「スペースノイドのことだ。コロニーに住む人間は半ば強制的に移民させられた。それは拉致監禁とどう違う?それに税まで取っているのだから略取も付くな。ちなみに大量虐殺はそれが起因なんだから正当防衛を主張する。まぁ過剰防衛であったというのは間違いないだろうがな。罪状的にはお前達の方が重くなったぞ」
「正当防衛だとっ?!兄さんが、兄さんが何をしたというのだ!」
なるほど、コロニー落としか戦争で肉親を失った恨みか。
まぁ今の世の中吐いて捨てるほどある不幸の1つだな。
いやいや、ハマーンの顔色が悪いのはともかく、ナタリー中尉、あんたが顔色を変えないでもらえるか、あんたは軍人だろうが。
……そんなに私を憎々しげに睨まないでもらおうか、そもそも私は研究者で戦争とはほとんど無関係だぞ。なのになぜ睨まれなければならないのか、理不尽だ。
いや、だからこそ睨まれるのか、自分達の行った所業を抉っているから……それならば納得だ。
まぁどうでもいいんだが。
「ちなみにこちらの少女は知っているかどうかは知らないが白いドムのパイロットだ」
「……あの時のっ!」
どうやらシュネー・ヴァイスを知っているようだ。
襲来の時に戦ったのだろうか?
ここではアクシズの最高責任者の娘というのは内緒だ。
この話だけでも軍機ギリギリだからな。
そして私の狙い通り、ハマーンへ真っ直ぐ殺意と憎悪が向かう。
もちろんそれに比して顔色が悪くなり、表情は引き攣るハマーン……と心配そうにオロオロしだすナタリー中尉。
わかっているからそんなに睨むなご両人。
「そしてそこにいる必要もないサングラスで気取っているのは悪名高い赤い彗星ことシャア・アズナブル大佐だ」
そういった瞬間、意識はシャアの方に向かうのを確認。うん、狙い通りだ。
やはり赤い彗星という異名はインパクトがあるな。何やら生贄にされた本人は文句が言いたそうだが気にしない。
意識が逸れたことでナタリー中尉はホッとしているようだが、ハマーンの方は自分から注意を逸らすために尊敬するシャアを生贄にしたようで心苦しそうだ。
この程度で参られると困るんだがな。
しばらく怒らせたり怒らせたり怒らせたりし続けた。
さて、そろそろ頃合いか。
私は唯一持ってきた物をわざとらしく音がするように机の上に置く。
そうすることで一瞬で注意をこちらに向けさせ、それが何か認識した時、空気が変わった。
「そろそろあなたで遊ぶのも疲れてきました。ということで彼女を撃ってください」
そう言って取り出した銃をハマーンに差し出す。
その差し出された張本人は何を言っているのか理解できていないといった表情だ。
「大丈夫ですよ。マハラジャ提督から許可は取っていますから」
ちなみに嘘ではなく、ちゃんと許可をもらっている。
「そんなわけありません。提督がこのようなことを許可するわけ——」
「ちなみに許可証はここにあるぞ」
それを見た瞬間に揺らいだのを感じた……って、シャア、貴様もか。
反応から察するにマハラジャ提督と信頼関係が築けているのだろうな。
人間というものは信頼しているからこそ揺らぐ、疑心や不信があれば何処かで納得するものだがそれを感じない。
「冗談……よね?」
「ここに来てから検体達を除いて1番長い時間を共有したあなたはどう思いますか?この場面で私が冗談を言うと思いますか?」
「……」
沈黙が答えだ。
私がこういう実験や訓練などで冗談を言うことなんて今までなかったはずだ。
そして今回に限って冗談ということはなく、もちろん本気だ。
「い、嫌」
「ハマーン、君は既に人を殺しているだろう。なぜ殺せない?なぜ殺せた?なぜ殺したくない?」
「だって……無抵抗な人を殺すなんて……」
む、しまった。
言われてみれば確かに……うっかりだった。
仕方ない、強引に進めるか。
「しかし、無理無茶無謀でも命令されたことをするのが軍人というものです……違いますか?」
ここで牽制にシャアへと話を振る。
「……その通りだ」
おや、随分苦々しさが含まれているな。何か思い当たるフシがあるのかもしれない。
「とりあえず持ちなさい」
無理やり銃を握らせる。
「ああ、ちなみに模擬弾なんて期待しないことだ。ほら」
弾倉を外して実弾であることを確認させて装填し直す。
「さあ、構えはこうです」
銃を握った手を持ち上げ、捕虜に照準を合わせる。
その間にハマーンはイヤイヤと頭を横に振るが無理やり構えさせてやる。
捕虜の女性も先程までの怒りは何処へいったのか、ハマーン同様顔色が悪い。
「安全装置を解除……さあ、後は引き金を引くだけだ……どこを撃つかな。こめかみか、眉間か、口の中か、胸か、四肢を撃って嬲——」
不意を突いて引き金を引き、捕虜の女性は真後ろに倒れる。
「え……あ、な……なん……で」
その瞬間にシャアの怒気、ナタリーとハマーンは混乱した思念が入り乱れる。
一際強い思念は当然ハマーンのものだ。
「おめでとう、これでハマーンはまた成長できたぞ」
「貴様?!」
「おっと、怖い怖い……訓練は終了だな。本当は自分で引き金を引いて欲しかったが……まぁ無理だな。さて、治療を始めるとするか」
シャアから逃げるように捕虜の女性に近寄り、上着を脱がせ……うん、しばらくは腫れるだろうがこれなら大丈夫そうだな。
と診察をしていたら襟を持って引っ張り上げられた。
私は猫ではないのだが。
「これはどういうこと」
おっと、般若がここにおられるではないか、ちょっと研究してみたいので協力をお願いしま……なんだハマーンか。
「いや、どういうこともなにもそのままですが何か」
「……」
「ハァ、アレン博士に一杯食わされたってことですね」
そもそもフェミニストである私が女性を殺すわけ無いだろう。
殺すぐらいなら検体にするわ。
「……なるほど、この許可証には確かに捕虜の生死はアレン博士に委ねるとある。つまり殺すことはもちろん生かすことも自由ということか」
ちゃんと確認しなかったお前達が悪いのだよ。
更に言えば、撃てとは言ったが殺せとは言ってない。模擬弾ではなく、私特製の鎮圧弾。
ほら、全て嘘は言っていない。
「だからそろそろ手を話してくれると嬉しいぞ。ハマーン」
「だが断る」
おう、なんだか思った以上にハマーンが強くなった気がする。
なんというか……カリスマ?らしきものを感じが……気のせいだろうか?
まぁ成長したのは間違いないようだ。
「しかし、忘れるなよ。ハマーン。今のやり取りは訓練ではなく、本当にしないといけないのが軍人だ。無抵抗な人間でも命令でも殺さなければ自身が死ぬ場合だってある」
「……」
「それに、この捕虜を殺せばアクシズの物資に余裕ができる。今のアクシズにとって一人の人間が消費する物資すら命取りになることは知っているだろう?つまり、この選択肢も可能性があることも理解しておけ」