第十話
さて、ハマーンの教育はこれで終了というわけではない。
まだ他にもマハラジャにお願いしてある……のだが、とりあえず褒美を与えることにした。
ストレスを続けて与えると訓練を拒否するようになる。
つまりは飴と鞭が必要なわけだ。
「ということでこんなものを用意してみた」
「……わざわざ理由まで説明する意図がわからないけど……美味しそうね。このお菓子……ちょっと多いけど」
「うむ、自画自賛ではないがなかなかうまく作れたと自負している」
「……え、これ、アレンが作ったの?」
「ああ、職業柄お菓子作りは得意でな」
クローンを作るのもお菓子を作るのもあまり変わりはない。
それに地球とは違って季節による気温の変化がないからお菓子作りはあまり手が掛からない。
しかし、辺境なだけあって材料集めが大変だった。
普通の食材だけならともかく、こういう嗜好品の材料ともなると流通は企業への流通を優先されるため軍人でもなかなかまとまった量となると手に入らない。
「いくらか手に入らない材料もあって代用品で埋めてあるので味は少し劣るかもしれないがな」
「……いえ、嬉しいわ」
お菓子で機嫌が直るとはハマーンもまだまだ子供だな。
しかし、ニュータイプ能力を高める上ではこういう子供らしさが好ましい。捻くれた大人は穿った見方ばかりして何をやっても喜ばなかったりするからな。
「でも、全部食べるとちょっと大変なことになりそうね」
「ん?……ああ、体重——ゲホッ」
「そういうことはわかっていても言わない」
全く、体調管理も私の仕事の範疇なのだがな。
「しかし、完璧に除去できるわけではないが、安心していい。なるべく低カロリーにしてある」
「至れり尽くせりね」
まぁ真実は結果的に低カロリーになっただけで、本当はバターなどの高カロリーなものが多くは手に入らなかっただけなのだが、それは言わぬが花だろう。
「いただきます」
ちなみに食べている彼女の姿は録画されている。
毎回毎回この量を作るのはさすがに無理があるので彼女が好む物をローテーションで作ろうと思う。
ついでに言うと彼女は見た目の好み順に一通り手を出して、気に入った物を後でまとめて食べる。
こういう無意識に行っている動作を見ていれば相手の行動に自分の意志を刷り込むことが容易になる。
「アレンは食べないの?」
「それはハマーンへの褒美だ。遠慮なく食べてくれ。食べきれないようなら持って帰るといい」
……まさか全部食べきるとは思わなかった。
私が思っていた以上に健啖家だったらしい。
いくら低カロリーとは言ってもこれだけの量を食べれば太るぞ……まぁ私が太らさせなければいいだけか、これは良い訓練ができそうだ。
「とても美味しかったわ」
「それだけ食べてまずかったと言われたらうまいまずいとは別の意味で衝撃的だな」
とりあえずハマーンが気に入ったのはショートケーキ、チョコレートケーキ、シュークリーム、エクレアなど定番のものばかり。
ティラミスやチーズケーキ、モンブランなどはイマイチなようだ。
……本人は日頃大人扱いされないと拗ねているが変な背伸びの仕方はしないようだ。
「美味しいといえば、この紅茶も美味しいわ」
「それはまだ月にいた頃に手に入れた地球産……なんてアバウトなものではなく、ちゃんとしたブランドであるシルバーティップス・インペリアルだ」
「……?」
理解されないとは思っていたが……仕方ないか、その一杯で3万は超える……いや、この辺境だと10を軽く超えるだろうというのは内緒にしておこう。
……まぁ本当はシルバーニードルズが欲しかったがあちらは宇宙ではまず手に入らないから断念した。
宇宙全体が辺境だと認識したのはこの時だったか、紅茶好きには宇宙は厳しい。
ちなみにコーヒーはなぜか宇宙でも割りと簡単に手に入る……納得がいかん。
「その紅茶は今回だけだから味わって飲むように」
飴があれば鞭がある。
世の中これの繰り返しだ。
と言っても今日主導するのは私ではなく父親……マハラジャ・カーンだ。
マハラジャ・カーンにはパーティーを開いてもらった。
それにハマーンにも参加してもらっている。
これがなんの訓練になるのか、それは参加しているメンバーにある。
参加しているメンバーはマハラジャとは敵対関係であったり快く思っていなかったり色々な意味でハマーンを狙っているような好ましくない者達ばかりが揃っている。
……まぁそこにマハラジャの依頼で私も参加することになったのは、そういう意図があるのかないのか……。
この訓練は政治能力の大半を占める外交力と観察眼を鍛えるためにセッティングしてもらったのだ。
若干過保護気味なマハラジャなので渋るかと思って必要性を示す資料を用意していたのだが思いの外簡単に了承されて拍子抜けした。
あとで聞くとマハラジャ自身も必要性を感じていたそうだ。
『マイクテストマイクテスト、宇宙一の天才と名高いアレン・スミス博士が作ったマイクロマイクが聞こえないわけがないのでハマーンの耳が悪くないかテスト中だ』
『喧嘩を売ってるなら買うわよ』
『私がハマーンに勝てるわけないじゃないか』
イリア・パゾムにすら負けるんだぞ。
ハマーンだとワンサイドゲームでオーバーキルで終了だろう。
『では、これから各々から挨拶されるわけだが、その人物のプロフィールを読み上げるので見事対応してみろ。ミッションコンプリートした暁にはシャアと楽しい模擬戦のプレゼントをしよう』
『……それって結局訓練じゃない』
不本意そうな言い方をしているが端々に嬉しさが混ざっているぞ。
個人的にはいくら憧れだか恋焦がれてだか知らないが、そのような感情があったとしてもあの化物と模擬戦なんて真っ平だがな。
もっともデータ収集ができるのはありがたい。連邦に習って補助システムを組んでみようと思っているからな。
問題はシャアの操作が複雑過ぎて補助システムに組み込むのが難しいことだ。
とりあえず、射撃データだけはゼロ・ジ・アールの後継機に反映するつもりではある。
あんな巨体で武装が多いとパイロットが全て操縦するのは難易度が高すぎるからな。
『さて、トップバッターのこの豚は准将でロリコン、つまり幼女趣味でハマーンの年齢ですら既に熟れ過ぎているという真性だ。ちなみに証拠があるから後で確認したければどうぞ……おっと表情が引き攣っているぞ。この後逮捕予定だから安心しろ』
まぁ幸いアクシズでは子供はきちんと管理されているため被害はない。
『この陰険そうな痩せは少佐でエンツォ大佐の腹心でタカ派の中でも過激思想持ちでアースノイドを皆殺しにするというアホなことを真剣に言うアホ中のアホだ』
『そいつはハマーン狙いで来た物好きで、部屋には等身大フィギュアがある。物資がないアクシズでよくそんなものを作ることができたな』
『ああ、そいつもハマーンを狙っているが、こちらは愛や萌えではなくマハラジャの後釜を狙ってのことだ。提督の座は世襲と決めていないのに馬鹿なやつだ』
と延々とハマーンに情報を伝え続けているとハマーンも実害のある嫌な雰囲気というのを感じ始めたのか、何か言う前に危機感を感じるようになったようで表情に余裕が生まれている。
いや、正確に言うと余裕があるように見せることができるようになってきた。
『そう、それでいい。誰にでも自分を見せる必要性はない。必要な相手にだけ自分を見せ、必要ない者達には仮面でも見せておけ』
『……恥を知れ、俗物』
……私に向けて言ったのか、目の前にいる汚職だらけの中佐に言ったのか迷うところだ。
まぁ私の場合は俗物と言うより鬼畜や外道の方が似合うからおそらく中佐のことだろう。
それにしても……仮面と言ったが、最近チラチラと訓練中に別人のような表情をすることがあるが……解離性同一性障害ではないだろうな?
そうなったら新たなデータが……じゃなくて、マハラジャやシャア達にどんな目に遭わされるか、一応気をつけなくては。
それと声に出すな。聞こえたら大問題だろ。
おそらく何処かの天才が作ったマイクロマイクが高性能過ぎて小さい声を拾っただけだろうが。