第十一話
ほう、シュネー・ヴァイスが改修されている……しかし、運動性(追従性)は新型のサイコミュによって機敏になっているが機動性(加速性や航行速度)が著しくダウンしているな。
これでは改善されているのか改悪されているのか微妙だ。
「こんなところで会うとは奇遇だな」
「ハマーンがぜひ来てくれというのだから仕方ない」
なんでここにシャアがいるのか……まあ、数が多くないニュータイプの1人にしてもっともパイロットとして優秀(ニュータイプとしてとは言ってない)だから意見を聞くこともあるか。
私としては本当はゼロ・ジ・アールの後継機……開発コード・ノイエの設計も半ばに差し掛かっているので一気に片付けたかったのだがな。
それにしても……重そうな機体だ。ビットを格納させるのにMSにキャリアをくっつけるというのは安直過ぎるだろう。
これなら以前のように完全に分離していた方がまだマシだろうに。
試験運転が終わり、ハマーンが帰投、そしてナタリー中尉やシャアが何やら運動性を向上させただのエルメスより3分の1のサイズになっただの言っているが……
「なら自身で乗ったらどうなんだ。シャア大佐」
「……」
だよな。
ビットが動かせる動かせない以前にあんな鈍足の機体に乗りたくないだろう?なのにその言い方はどうなんだ。
大体、ハマーンの操縦はシャアと同タイプなのだからそれぐらい察して話せ、試験運転で疲れているパイロットに失礼だ。
ん?誰かが来た……ああ、やつは……確かユルゲン・シュナイダー、階級は……忘れた。私のデータベースには兵器開発部の人間と一括りにしてあるからな。
今まで和やかな表情をしていたのに私がいることがわかると一瞬しかめっ面をした。
まぁ気持ちはわからないでもない。
彼ら兵器開発部はこのアクシズの兵器全ての研究開発を担っている。
そんな彼らだが、アクシズの最終兵器にしてドズル・ザビの遺作とも言えるゼロ・ジ・アール、その後継機、もしくは完成機である開発コード・ノイエの設計をこんな部外者に掠め取られたとなるとプライドがズタズタだろう。私が逆の立場でも……いや、私の場合自己満足するために開発してるだろうな。
彼らが会いに来たのはどうやらナタリー中尉達だったようで何やら話している……ほう、ナタリー中尉の同期か、しかも——
「サイコミュシステムの小型化か、それには興味があるな。えーっと」
「スミレ・ホンゴウ准尉です」
「ふむ、アレン・スミスだ。ぜひレポートを見せてもらいたいな」
「アレン博士はゼロ・ジ・アールの後継機……ノイエの開発で忙しいでしょう」
皮肉っぽく言ったのはユルゲンだ。
私もやりたくてやっているわけではないのだが、わざわざ挑発する必要はないから何も言うまい。
「アレンはニュータイプ研究を専門としているのにサイコミュの開発に関わらないのは不思議ね」
ナイスアシストだハマーン。
私の口からは言えないがお前の口からなら角が立つが文句は言えない。
「……スミレ准尉、君が許せる範囲で見せることを許可しよう」
「わ、わかりました」
「ありがとうございます。ユルゲン少佐」
ハマーンがにこやかに感謝の言葉を贈る……が、その表情の裏にはその表情とは違った感情が入っていることに気づいた。
「私が使うことになる物なのに、利権や誇りなんてものに邪魔されないといけないの……それにアレンが1番私を知っているでしょう」
「それはどうだろう。ナタリー中尉より知っている自信はないが」
私に聞こえる程度の声で呟いてきたので同じぐらいの声で返す。
まぁ少なくとも兵器開発部の連中よりはデータ的にも心情的にもハマーンのことを知っているとは思う。
そんな私を研究から外すというのは彼女からすれば非効率極まりないだろう。
なにせ、今作っているのはサイコミュという兵器でもあるが、ハマーン専用機のテストでもあるのだから……というか、彼女はいつから軍人となったのだろうか。
それにしても……それらの感情を表に出さずに対応ができるようになったあたり、成長しているようで何よりだ。
「これが私の構想段階であるサイコミュシステムです」
……なるほど、ジェネレーターを搭載せずに連邦が使っていたエネルギーCAPを使おうというのか。
エネルギー供給や推進剤は母機で補給するというシステムか……確かにこれならば小型化が可能だろう。
「問題はサイコミュシステムの精度の向上と簡略化、ビットの小型化に伴い、継戦能力が低下してしまうこととこれを扱いきれるパイロットが少ないことか」
「はい。それに優秀なニュータイプの方が少なくて脳波測定のデータが足りなくてモデリングが難しくて……」
「脳波のデータなら天才(ハマーン)のものから秀才(イリア・パゾム)のものや屑(α達)のものがあるぞ」
「本当ですか?!」
「それよりも実機を作ってデータ収集した方が早いだろう」
「しかし、予算をもらうにはまだまだ足りないことが多いですから」
「まぁそうだろうな……ちなみにこの部屋の設備はどう思う」
私達がいるのはもちろん私の研究、開発室だ。
……なぜかスミレ准尉を部屋に招く話をするとハマーンの刺々しいプレッシャーを感じたが何だったのだろう。
「見たことがないものばかりですが……メーカーはどこのを?」
「全て自作だ」
「…………は?」
その反応が普通だろうな。
最近、スクラップいじりを極めつつある。
持った部品が何に使えるのか勝手にイメージが湧いてくる。
「材料は隣の部屋にある」
「……ゴミばかりですよ?」
「ゴミではない。物資だ」
「……正気ですか」
そこは本気ですか、だろう。正気を疑うな。
「アクシズというのは資源はあっても物資は少ない。現に連邦襲来の時に被害を受けたMSの整備に随分時間がかかった」
「そう聞いてますが……」
「ならば今ある物資を使って補うしかあるまい」
「……つまり、私のこのサイコミュを……」
「私達で作ってしまおうではないか」
もちろん全てを作れるわけではないが、新型のビットの1機や2機ぐらいなら作れるだろう。
「面白そうですね!ぜひ協力させてください」
「よし、ならば早速——」
「楽しそうね。あなた達」
ハマーン、いつの間に入ってきた。
いや、そこじゃないな。
心が乱れているようだがどうした。
「……私は……」
「おっと、ハマーン、ちょっと待ちなさい。スミレ准尉、申し訳ないが後日改めて連絡をするので今日のところは……」
「はい、楽しみに待ってます」
空気が読める研究者っていいな。
前の職場だとマイペース……と言う名のマッドな奴らしかいなかったからな。
いい仲間になれる気がする。
「アレン……私ってアクシズに必要ないのかしら」
「ない」
とりあえず即答で返す。
「え」
即答で予想していた……いや、希望していた言葉とは逆の言葉を聞くことによりパニック状態が更に進み、頭が真っ白になる。つまり乱れていた思考が落ち着く……のだが、この後対処を間違えれば盛大に爆発するので要注意だ。
「ここからは私の主観になるが、今のところハマーンを必要としている者は一部だろう」
「そんな……」
「逆を言えば一部は必要としているということだ。それで満足できないならもっと頑張るしか無いだろう」
「……優しく、ないのね」
「思っていることを言わないことが優しさか?」
「…………そうね。ごめん。アレンは優しいわ」
その評価はどうなのだろうか。
私が優しいなどと……厳しくしすぎてハマーンの気が狂ったか?
「もちろん訓練の時は悪魔だけどね」
「ふっ、それでハマーンが成長して研究が捗るなら問題ない」
「後半は聞かなかったことにするわ」
何があったかは知らないし、聞かない。
それを聞いたところで彼女の疑問、疑念、不信は消えない。
このタイミングで聞き返しても答えたくはないだろう。
「そもそもアクシズに必要かどうかで言うと私の方が存在が危ういのだがな」
「それもそうね。……もちろん冗談よ。私は居てくれてよかったと思うわ」
「ハマーン、それが答えだ」
「……あ、うん。ありがとう」
そんなに照れて言われるとこちらも妙な気分だな。
正直こういう研究をしていると感謝の言葉なんぞなかなか聞かない。
まぁ、感謝されるようなことをしていないのだから当然なのだが。