第十二話
「……ハ?」
今、私は理解できない事態に直面している。
最近、ハマーンがサイド3へ……今だとジオン共和国か……視察に赴くという噂があった。
それはあくまで根も葉もない噂だったらしいが、どうやらいつの間にか根を生やし、葉を生い茂らせたようで本当に赴くことになったそうだ。
検体管理の関係上、長期間離れるのは好ましくないのだが仕方ないとさっさと割り切って新型のサイコミュの製作をスミレ准尉とともに設計していた。
スミレ准尉はいい相棒になってくれそうな気がする……ここのところ毎日朝から晩までいるが兵器開発部だったよな?仕事は大丈夫なんだろうか。
と心配しているとマハラジャから呼び出しを食らった。
仕方なしに会いに行くと——
「ハマーンとシャアが正式にジオン共和国に視察に赴くこととなった。それに君も付いて行ってもらいたい」
と告げられ、私の反応は冒頭の台詞だ。
「……今更、本当に今更ですが、私は軍人としてここにいるわけではないですよ」
「しかしハマーンを預けているだろう。同行する義務ぐらいはあるだろう」
「預かっているからとどこまでも面倒見るわけではない。そもそもノイエの設計も——」
「そちらはほとんど終わっているとスミレ准尉が言っていたが?」
……彼女は妙な方向でちゃんと仕事をしていたようだ。
私にバレないように監視できるような性格ではないのでおそらく偶然見たものを漏らしてしまっただけだろう。
研究者なのに若干天然っぽいところがあるからな。
「それにタダでとは言わん。そちらにスクラップ……資材を融通しよう」
……サイコミュで希少金属が足らないことを知っていて言っているな。
ハァ。
「それにこれはハマーンからの要望でもある」
そっちが本命か……親馬鹿過ぎるだろ。
どうやら長い旅行に出ることになりそうだ。
「了解しました。ということはノイエの開発は……」
「こちらで引き継ごう」
「それならくれぐれも根幹は変更しないようにお願いします」
「どういうことかね」
「兵器開発部と私では求めるものが、コンセプトが違うと思います。兵器開発部はおそらくノイエは最終兵器として考えているでしょう」
「……私もそう思っているのだが?」
「最終兵器などというものは出番があれば既に負けが決まっているようなものです。なぜならそれが複数用意できない状態だからです」
「ふむ……」
「トランプでいうところのジョーカーであり、その枚数は多くて2枚……そんな兵器がなんの役に立つ」
「……まさか量産する気か」
「さすがに絵柄全て、とは言えませんがエースとキング程度には揃えられるぐらいには、と考えています……もっともノイエは量産型試作機ということになるでしょうが」
私が目指したのは大型でビーム兵器とIフィールドを装備したドラッツェだ。
ゼロ・ジ・アールはそもそもの話、数多いビーム砲とIフィールドを装備した高機動MAだ。
運動性などはほとんどなく、回避ではなくIフィールドによって耐え、必殺の一撃で仕留めることこそが本領だ。
ドラッツェには無い無い尽くしだったが、火力と防御さえ補えばかなり優秀な機体だ。
……ここまで来ると何処がドラッツェ?と思うかもしれないが……
「とりあえず概算を見ればわかる」
「……なんだこれは、ゼロ・ジ・アールよりコストが30%ダウンだと?!」
ドラッツェは元々ザクとガトルをリサイクルした兵器だ。
そして私が手掛けたノイエもリサイクル兵器と化したのだ!
もっとも部品の流用であって武装はどうしようもない……まぁビーム兵器なんてものはゲルググでやっと目処がたった兵器なのだから仕方ない。
ゾックやズゴックなどの一部の機体に使われてはいたが、あれは冷却を海水に頼ったもので宇宙で使えるものではなく、しかも出力が不安定だったようでとてもではないが量産しようとは思えない代物だ。
地球では大型メガ粒子砲を主武装としたアプサラスというMAが随分活躍したと聞いたが、戦果はあげたが撃破され、設計図も何も残っていないそうだ。残念だ。
「その代わり、運動性は10〜15%ほど低下することになります。ですがその分機動力が10%上昇するので問題は少ないでしょう」
「……これが本当に実現可能なのかね」
「さて、実際組み立ててみないことにはわかりかねますね。ですから私が留守の間に製造をお願いします」
「わかった」
「ああ、ちなみにコスト度外視のプランもありますのでそちらも渡しておきますが……ですが、こちらはあまりオススメしませんね。なにせコストはゼロ・ジ・アールの倍を超えますから」
しかし、開発者や研究者というのはできるだけ高性能にすることに情熱を持つ者が多いから量産型試作機は受け入れられない可能性がある。
ドズル・ザビの遺作ということも相まって面倒な話だ。
「というわけでイリア・パゾム、君にも同行してもらうこととなった」
「サイド3ですか……」
何やら思うところがあるようだ。
それは哀愁、憤怒、喜色と様々なものが混じっている。
そういえば、イリア・パゾムはここに来た当初は天真爛漫、年齢相応に明るい幼女だったのだが……いつの間にかクール系幼女になってしまった。
私の強化プランが間違っていたとは思えないのだが……最近のハマーンを見ていると自分のせいなのかもしれないと思い始めている。
もっともそれが原因だったとしても反省も後悔もせんがな。
「それでいつ出立ですか」
「10日後だ」
「わかりました。準備しておきます」
「そういうわけでスミレ准尉、サイコミュの開発はしばらく助けてやれん」
「いえ、アレン博士のおかげで完成図が見えてきましたのでお気になさらず……お土産期待しています」
「あいにく私は自給自足の生活でな。そこまで大層な土産は用意できそうにないが……」
「自給……」「自足?」
「言っていなかったか、スクラップこそもらっているが給料や生活物資などはもらっていない。ほとんどはスクラップ商品の販売が私の糧となっているのだ」
「そんなことで大丈夫なんですか?!」
「今までに問題があったか?」
「博士の性格以外は特に問題はなさそうでしたね」
イリア・パゾム、毒舌過ぎるだろう。
まぁ私の性格がいいなんて思う人間の方がどうかしている……そういえばハマーンは私のことを優しいなどと言っていたな。
精神安定剤でも処方した方がいいだろうか……しかしそうするとニュータイプ能力が落ちてしまう……ないな。
「ああ、スミレ准尉にはこれを渡しておこう」
「これは、時計ですか?」
「その通り、ただし私が作ったものだから当然普通の時計ではない。時計型の麻酔銃だ」
高校生が毒を飲まされて小学生になるという超常現象を実現してみたかったが、それならクローンで完全な自身のコピーを作る方が早そうだと断念、その残りがで時計型麻酔銃を作ってみた。
アクシズのタカ派はなかなか過激であるためノイエの情報を持つスミレ准尉が狙われる可能性を考慮した結果、護身用として渡しておくことにした。
ちなみに麻酔の効果は数滴で象が10秒で倒れる程度のものだ。
「……それは既に猛毒では?」
「人間で試したことがないが大丈夫だろう」
「普通の麻酔をください」
ち、残念だ。
さて、旅行ともなると色々と必要になるな。
今回もここに来た時と同様ザンジバル級を高速艇へと改造したものだと聞いた。
高性能洗濯乾燥機など部屋にあるはずもない。そうなると……着替えが必要となるな。
「……博士、今の発言から察するに……まさかとは思いますが……服はそれ一着なんですか?」
「その通りだ。私が開発した高性能洗濯乾燥機は洗濯から乾燥まで40分も掛からんから風呂に入っている間に終わるからな」
「……」
「……」
む、なんだ。その冷たい視線は。
毎日洗っているし、風呂にも入っているんだから別に不衛生でも不潔でもないだろう。
後日、それを聞いたハマーンに着せ替え人形にされてしまったことをここに記しておく。