第百十五話
「久しぶりだな。カミーユ・ビダン」
「ああ、あまり会いたくはなかったけどな」
「素直なのは美徳であり、悪徳でもあるぞ。……まぁ私は気にしないし、人の事を言えた義理ではないが、少なくとも善意で治療してもらう相手に言うことではないことだけ認識しておけば問題ない」
さて、ニュータイプ特有の人間不信、コミュニーケーション障害は放っておくとして、隣の彼女達がフォウ・ムラサメとロザミア・バダム……と誰だ?この微妙なニュータイプは?
「ファ・ユイリィです。よろしくお願いします」
「ふむ……君もニュータイプなのだからもう少し鍛えればそこそこ戦えそうだが、あまり向いているとは言えんな。そっちの3人とは違ってコンプレックス型ニュータイプではないようだし」
どちらかというとプルシリーズやヤヨイ・イカルガのような感覚型ニュータイプに近いか……まぁプルシリーズは後天的にコンプレックス型(トラウマもコンプレックスに含む)にもなっているので能力も相乗効果で倍以上になっているのだが、それは余談だろう。
「え?私がニュータイプ」
「ファがニュータイプだって?!」
「ん?気づいていなかったのか?確かにカミーユほどの才能はないが磨けばそこそこ輝くだろう。少なくともシャアよりは上回るだろう」
シャアはニュータイプ訓練を受けていない天然な上に、あの変態的な強さは純粋なパイロットの技量によるものなのが納得行かない。
「え、クワトロ大尉よりも?!」
「一応注意しておくがニュータイプとして上回ってもパイロットとして上回るわけではないぞ。実際カミーユ・ビダンだって苦戦した相手は大体オールドタイプではなかったか?」
「……そういえば」
そもそも素材だけでどうにかできるなら丹念に改造、訓練したプルシリーズは無敵ということになる。
実際は育成期間が短く、準エース級といったところなのだ。
「その反応からすると訓練を受けに来たというわけではないようだな。付き添いといったところか」
「よくわかりますね」
「伊達にニュータイプはしていないからな」
実際はカミーユ・ビダンと親しくしている2人に嫉妬しているようだが、それを口にだすのは野暮ってものだろう。
何やらカミーユ・ビダンにとっては遺憾なことがあったらしいがいくら優れたニュータイプでも女心というのは察するには複雑怪奇で秋の空に例えられるほどの難問だ。理解するのではなく、空気を読むことが大事なのだ。
それにしても……これは四角関係なのだろうか。いや、優秀なニュータイプは女難の相……異性難の相でもあるのか?私もハマーンやイリア達には随分苦労をさせられているからな。(半分以上自業自得)
「どちらにしても私は遠慮しておきます」
「そうか、なか平和な世が来たらここに来るといい。私達は君達をいつでも迎えよう」
「なんで平和になってからなんですか」
「くくく、平和な世になれば英雄……ニュータイプなどという今までと違う力を持つ人間を自由にすると思っているとしたら脳天気だな。一年戦争の英雄である白い悪魔ですら連邦の監視下に置かれていたと聞く。志願兵にして権力も階級も資金も知識も持たない君達が抵抗する術があるのかね?」
「……」
そう、平和の世とはどのような形であっても力を持つ者にとって生き辛いものなのだ。
彼らが持つ力はMSという仮初のものしか持たない。ニュータイプの力も上手く使えばそれなりに渡り合うことができるうだろうが、未だ若い。
まぁ私も危ういが訴える力がある分だけ彼らよりはマシだろう。権力者からしたら堪ったものではないだろうがな。
「もっとも自由はなくとも殺されることは多分無いだろうからお前達にとってはそちらの方が幸せかもしれないか……さて、本題からズレたな。話を戻すとして君達の要望はそちらの2人の治療と強化でいいんだったな」
「治療だけをお願いします!!」
ちっ、気づかれたか。
「それと、交換と言っては何だけど、アレン博士の好みそうなものを持ってきました」
「ほう、私の好みそうなものか……」
このタイミングで渡されるということは……ついつい期待してしまうな。
渡されたのは電子媒体、つまり何かのデータだろう。
私の期待通りなら——
「おお、これはもしかすると強化人間用のMSか」
「サイコガンダムというそうです」
ほほう、これはこれは……むっ、これはもしやTR-1の4本腕の外側の腕の本体か。
それにサイコミュコントローラー?……これはもしかすると私がアッティスを操縦している原理なのか?これがあれば新たな可能性が拓けるぞ。
それにフォウ・ムラサメの試験データまで含まれているとは気が利く。
「ふむふむ、これは見事な対価だ。残念なのはこの2人はクルスト・モーゼス博士の系統であることか」
「クルスト・モーゼス?」
「知らなくて当然だな。ジオン公国のニュータイプ研究所であるフラナガン機関に所属していた博士の1人で、彼は研究を進めていく内にニュータイプがオールドタイプを駆逐するという思いに駆られた」
「そんなわけがない。人間はそんなに愚かじゃない」
「そこまで人間を信じられるのは若さゆえなのか、それとも個人の差なのかは知らないが、彼がそう思ったことが事実だ。そして彼はオールドタイプがニュータイプを倒すためのシステムを研究し始めた。それ自体は何ら問題なかった。もっともその方法は褒められたものではなかったがな」
「方法?」
わざわざ説明する必要はないのだが……いいデータをくれたお返しとして多少のリップサービスぐらいはいいか、実害はないだろうし……得もありそうだ。
「優秀なニュータイプの少女に薬はもちろん、性的にも物理的にも暴力を加えるなどの拷問を行い、思念波の計測を行い、ニュータイプの少女の感情そのものをプログラム化して疑似ニュータイププログラムを作り出そうとしたわけだ」
「そんなことが……そんなことが認められるわけがない!」
一般人としては間違っていないが、それはあくまで一般人として、だ。
「事実、プログラムはなぜか量産できなかったようだが一応の完成はしたらしい。そしてジオン公国でテスト運用されたが納得できず、連邦に亡命した」
「……つまり、フォウ達は……」
「これは慰めでもなく事実として言うが、クルスト・モーゼス博士は既に死んでいるし、連邦のような大きな組織にそんな泥臭いことはしない。使われているのはクルスト・モーゼス博士の試験データから組み立てた人為的なニュータイプの作り方……主に投薬と科学的記憶操作や身体強化と言ったものだから安心するといい」
そういうと無意識に放っていたプレッシャーが和らぐ。
「まぁ私も基本的に外道な部類に入るが、嘘は吐かん。おそらく2人の治療はそう時間が掛からないだろう。それに同席はさせられないが近くの部屋でモニターできるようにしておいた。これで少しは安心できるだろう?」
「……ありがとうございます」
ふっ、最悪な研究者を説明して私への印象を良くしようと思って話したが、思った以上にこちらに引き込めたようだな。