第百十七話
「ところでクローン人間を生み出すことが自然の摂理に反し、道徳に反するという認識を持っている……ということで正しいかな?」
「当たり前だろ。そんな方法で——」
「なら体外受精はなぜ構わないんだ?」
以前より思っていたことだ。
クローンで生まれようが体外受精で生まれようが自然の摂理に反するには変わりない。
しかし、現代の社会において体外受精は宗教的に認められている。
他にも違法行為ではあるが一部の富裕層は優れた子孫を望むためデザイナーベビー(遺伝子操作した子供)も存在する。
これらは五十歩百歩でしかないとカミーユ・ビダンを触手でツンツンしながら改めて思う。
「体外受精は出産ができない人のために行う治療行為だ!」
「自然の摂理から外れているのには変わりない。それにクローン人間も子孫を残したいが結婚や他人を信用できない人間にとっては救いになるという意味では治療行為に当たるのではないか?そもそもクローンとは言うが、本人の記憶が複製できるわけでもなく、ただ時間がズレて双子が生まれるだけだと思うんだがな」
「……」
「まぁ違法になっている理由は道徳もだが、人口の増加に歯止めをかけたいというあたりだろうと踏んでいるがな」
いい加減人口が増えすぎて地球が耐えられなくなり、宇宙に捨てるほどになったのだからクローン人間などという無限に増える可能性があるものを認めるわけにはいかないだろう。
「とは言ってもこれらは全て言い訳だ。最初に言っただろう、私も基本的に外道だと」
「そういえばそんなことも言ってましたね」
「ニュータイプ研究は自分の思うことを相手に伝えることが大事だ。なぜならニュータイプというのは察しが良すぎるため隠し事や嘘を見破ることができ、もし騙せたとしてもバレてしまえば信頼に傷がつく……覚えはあるだろう?」
「……そんなの子供の理想、妄想だ。世の中には隠し事も嘘も当たり前のようにある」
「それが少ない人間と一緒にいられるとしたら、多少性格に問題があったとしても居心地はいい……違うか?」
「……」
沈黙は肯定として受け取っておくとしよう。
さて、だいぶ言い包めることができたし次の段階へ……と思ったところで通信端末が音を発する。
「フォウ・ムラサメの診断結果が出たか」
……ふむ、やはりか。
「フォウはどうなんですか」
「まぁ世界有数の病院に行ったところで延命がせいぜいだろう」
投薬というのは本当にろくでもないものだな。
筋力強化を重点的にするのはわかるが内臓系がボロボロだ。それに精神に作用する薬も多くある……まぁこの精神に作用するというのがニュータイプ能力の覚醒に繋がるのだから一石二鳥と言いたいのだろうが、これでは10年も生きていられないだろう。
ん?私も投薬しているだろって?いやいや、私はサプリメント、あくまで栄養補助食品でしかないのだよ。
「そんな…………ん?その言い方だと」
「私なら完治可能だ。それこそクローン技術が彼女を助けるさ」
私以外だと治療に苦労するだろうな。
内臓を移植できたとしても体内を巡る薬の影響で移植した内臓もボロボロになるのは間違いない。それに血液の洗浄をすればおそらく急激な変化でショック死するだろう。
なら、どうするか。
「そもそも薬にも負けない内臓を移植してしまえば問題ないだろう」
「……」
(なんという力技だ……そもそもそんなことが可能なのか?)
と思っているようだな。もちろんこの天才が口にしたことを翻すようなことはしない。
「大体、私の秘密を握っている奴の恋人を救うというのも約束は守るという信条から来ているのだ。疑われるのは心外だな」
「……すまない。ただ、俺とフォウは恋人というわけでは……」
ああ、青春真っ盛りというやつか。
フォウ・ムラサメの手術は無事終了した。
バイオセンサーを搭載してから初めての手術だったがこれほど便利だと以前には戻れないな。
複数の臓器移植手術を単独で1時間程度で済むなんて奇跡だな。
「さて、カミーユ・ビダン、運命の時間が来たぞ。どちらの扱いをして欲しい」
「…………僕はまだ大人じゃない」
「なら結構、子供が多少の秘事を知ったところで大人は多めに瞑るとしよう。ただし……」
少しずつプレッシャーを増やしていく。
それと比例するかのように顔色が悪くなっていく……あまりやりすぎると廃人になりそうなのでそろそろ止めるか。
「子供は子供らしく大人の言うことを聞くんだぞ。特に、怖い大人の言うことには、な」
声は聞こえなかったが必死に頷くその様子は壊れたオモチャのようだ……って、おや?
「ふむ、思いがけないことというのは結構あるが、まさかここでレベルが上がるとは思いもしなかったな」
私のプレッシャーを受けてカミーユ・ビダンの発する思念が増幅している。
「これまで以上に他人の感情が読み取れるだろう。便利に、有利になることだ。しかしそれはまた人の気持ちを土足で踏み込むことでもあると認識することだ。普通の人間にはなかなか受け入れられることではない」
「……」
「まぁ私は気にしないから土足どころか破壊するつもりで色々していたりするがな」
「……それは人としてどうなんだ」
と言いつつ苦笑いで済ませているのは実感があるからだろう。