第百十八話
「さて、快い返事をもらえたところで……問題はロザミア・バダムの方だな」
「ロザミィに何かあるんですか」
「フォウ・ムラサメに施されていたのは記憶操作より記憶の消去……いや、記憶の繋がりが断たれていた。それを強引にでも繋げてやるだけで良かったのだが、ロザミア・バダムは記憶操作を受けている。特に作られた記憶というのは他者から見ても偽りか真かの区別がつかん」
記憶操作とは言うが、人間の記憶とはかなり曖昧なものだ。
昔から現代まで事件を解決する上でもっとも重視されて欠かせない目撃証言だが、証言が嘘か本当かは別として、証言している本人が自分で記憶の捏造を行うことは多々ある話で、これによって冤罪が多く生まれている。
ロザミア・バダムはカミーユ・ビダンのことをお兄ちゃんと親しんでいるが、実際写真に似た存在が写っているし、合成でないことも確認している。つまり、カミーユ・ビダンではないが本当に実在した人物であることは間違いないのだ。
これを本人が事実だと思っている以上、私が共鳴したところでぼんやりとカミーユ・ビダンか似た誰かなのか分からない程度の記憶しか視ることができないだろう。
つまり、記憶としては正しいことになっているので訂正、改変するのは元がわからない以上、治療が困難なのだ。
「フォウ・ムラサメに比べると兵器としては完成度が高い。精神状態も比較的安定しているようだ」
もっともニュータイプ能力は記憶がないという強迫観念と強い欲求のためフォウ・ムラサメの方が優れているようだが……治療によってどのような変化をするのか楽しみだ。
「ロザミィは兵器じゃない!」
「奴らの立場として語っただけだ。私は兵器などという無粋な言い方よりは美術的な作品という呼称の方が好む」
「それも変わらないだろ!」
「人は人を美術的に観点で見ることは昔からよくあることだ。気にするな」
「そういう問題じゃない!」
面倒だからこれ以上は取り合わないことにしよう。
「話を戻すとしてロザミア・バダムの治療は投薬の少なさから手術の必要性はないが、記憶に関しては一朝一夕にはすまないということだ」
フォウ・ムラサメと違ってこちらは試験データなどもないので手がかりがない。私が行える治療も記憶の整合性を取り、二重人格のような精神状態(二重人格はそれぞれ別人格として安定はしている)を融合させることぐらいはできる程度で、根本的な解決になるかと言われれば疑問がある。
「それでカミーユ・ビダン、君には選択をしてもらわなければならない。治療のためにここにロザミア・バダムを置いていくか、連れて帰るか、だ」
「…………連れて帰った場合、また今度治療を受けさせて貰えるんですか?」
「どうかな。そんな時間があるかどうか、そもそも生きているかどうかも不明であるし、今も忙しい私だが、戦後でも忙しさは変わらないだろう」
今も片手間でキュベレイIIとファンネルを製造しているぐらいだからな。
戦後は戦後でアクシズ内での立場とアクシズ自体の立場を確立する戦いが待っているだろう。
……改めて考えるとなんか面倒臭くなってきたなぁ。
既にアクシズ内の派閥と敵対している段階ですぐにでも独立した方が楽なのではないだろうかと思えてくる。
「この戦乱が終わった時はもしかすると火星か木星あたりで隠居する可能性もあるな」
アクシズの独立が成れば私の義理立ても終わったと言えるだろうし、その方が気楽なはずだ。
幸い、本来面倒な自給自足に必要な労働力はプルシリーズが補ってくれるし、必要な物資は既に手元に揃っている。
……独立(隠居)、本気で考えるかな。
「置いていく場合でも暇な時間にしか治療はできない。さすがに私も戦力を増やすことを重視しないとな」
「……」
迷っているようだな。
まぁわからなくもない。
エゥーゴにとって私達は同盟者でもあるが仮想敵の1つでもある。
そんなところに兄としたってくれている女性を置いていくのは理解は出来ても納得出来ないだろう。
更にその女性が強化人間であり、治療者がニュータイプ研究をしている……何一つ安心する要素がないな。
「……」
今までに視たことがないほど悩んでいる。
これほど悩んでいる思念はなかなかお目にかかれない。
「そうだ、どうせ預けるならファ・ユイリィも——」
「預けない!!」
そこだけは迷いなく断言されてしまった。
残念だ。
結局、終戦後に世話になりに来ると言い残し、フォウ・ムラサメとロザミア・バダムを連れて帰っていった。
ただ、ファ・ユイリィだけは私の勧誘の際に言った、ここにいれば戦場に出なくていいという言葉に若干惹かれていたようだ。
カミーユ・ビダンは絶対に許さないという姿勢を崩さなかったがな……モラル・ハラスメントじゃないかと思わなくもないが、裏事情を知っているのだから仕方ないか。
さて、それはともかく、地球連邦のニュータイプ研究所が開発したサイコミュコントローラーだ。
これはファンネルの操作を応用した技術かと思ったが、実際は別系統の技術であることが判明してテンションが上って触手がうねっていたがプルシリーズが引いていたが気にしない。
この技術を応用すればMSの操縦は操縦桿ではなく、思考、つまり思念波による操縦が可能になるはずだ。