第十三話
私が今回搭乗したザンジバル級は前回のものから比べると居住性が向上していた。
さすが改造したというだけのことあって戦艦という役割よりも移動手段としての役割をより重視しているようだ。
私に割り当てられた部屋は以前のものに比べると倍ほどの広さがあり、浴槽こそないもののシャワーとトイレが付いている上に別室だ。前はシャワーやトイレどころか寝具すらもなかった……ん?今考えるともしかして物置部屋だったのか?
……もしそうなら次に紅い稲妻に会う機会があったならお礼をしてやらないとな。
「それにしても……エンツォ・ベルニーニも露骨なやつを送り込んでくるな」
ファビアン・フリシュクネヒト少尉……このザンジバル級機動巡洋艦インゴルシュタットの副長として紹介されたが……間違いなくエンツォ・ベルニーニの差し向けた刺客だろう。
それにしてももう少し人選をどうにかできなかったのか?忠誠心は感じたが、邪なものが多過ぎる。ニュータイプではない私がわかるのだ。ニュータイプ能力が高いハマーンやハマーンよりは見劣りするシャアではあるが、あれほど露骨だと筒抜けだろう。
更に……ナタリー中尉だ。
終始動揺が見られた。
元々ナタリー中尉を取り立てたのはエンツォ・ベルニーニであることを考えれば何かの指令を受けたと考えるのが自然だ……とはいうもののこちらはハマーンと姉妹のような付き合いをしているため、どうするか迷っているようだ。
「そのあたりどう思う、イリア・パゾム」
「……アクシズがこれほど割れているとは思いませんでした」
「元々ジオンという国はデギン・ザビ、ギレン・ザビの2人を軸にまとめられていた。その柱がなくなればこのような結末にもなるだろう」
カリスマ政治家が亡くなればその後に残るのは混沌のみ。
マハラジャも平時の首相としては問題ないのかもしれないが、現在は戦後というタカ派とハト派が入り乱れる難しい時期だ。
組織のトップが堂々とハト派を宣言していては統計的に自尊心が高いとされるタカ派も収拾がつかずに暴走、所謂過激派へと身を落とすことになる。
つまり引っ込みがつかなくなるわけだ。
本当は自尊心をある程度満たせつつ実権を分割させて無力化を図るのが正しいのだが……理解ができていないのか、はたまた辺境ゆえの人材不足で仕方ないのか。
「なんにしてもマハラジャ提督の片腕であるシャアがこの時期に引き離されたのはエンツォの策謀だろう」
この前の連邦兵の脱走騒ぎで随分マハラジャとシャアの発言力が増し、エンツォの権限の縮小に成功したが……おそらく帰ってきた頃にはタカ派一色、ということはないだろうが盛り返されているだろうと思う。
あの失態でエンツォを失脚することができなかった段階で見えていた未来ではあるがな。
「それでそのことをわかっている博士はどうするのですか」
「ハマーンに関してはどうもしないさ。わかっていて地雷を踏むようならそれは自己責任の範疇だ」
気づいていないということはまずない。
ハマーンはファビアン・フリシュクネヒトが挨拶代わりの自己紹介をしている間、いつも通りの笑顔を浮かべていたが発する思念からは冷徹な意思を感じた。
うん、教育の成果が出てきたようで何よりだ。
「問題があるとすればナタリー中尉の方か、あちらはハマーン狙いなのがわかっているので気が楽なんだが、こちらは何をしようとしているのかわからないから厄介だ」
幸い、思い詰めている度合いと感情の波から察するに誰かの生死に関わるほどの指令ではないようなのが救いか。
とは言っても動向に注意すべきではあるな。
「ナタリー中尉の動向についてはお前が見張れ」
「わかりました」
「それと責任は私が取るから好きなように動いていい」
「わかりました」
イリア・パゾムは自分の意向と合う場合は素直なのだ。ただし、無愛想なのは変わらないが。。
……責任を取るとはいったけどあまり無茶はして欲しくないものだ。あまり私にできることは多くないからな。
さて、責任云々のため、というわけではないが新しいMSの設計でもするか。
今考えているプランはザクの後継機、ドムの後継機の2種類だ。
やはりジオンといえばザク、そしてゲルググよりなぜか人気があるドムの後継機の設計図ともなれば取引材料ぐらいにはなるだろう。非採用だったとしても、だ。
本当はノイエの量産型を考えたいところだが、ノイエの試作機が完成してデータを取らないとどうにもならないのでとりあえず保留状態だ。
「大佐ったらブリッジクルーと親しく喋って……私なんて下心満載の男に言い寄られてるのに……」
やはり宇宙空間での生活に慣れているスペースノイドとは言っても戦艦ほど狭い空間で2ヶ月も過ごすとなるとストレスが溜まるようで、ハマーンがぶちぶちと文句を言っている。
気持ちはわからんでもないが……こういう徐々に蓄積していくストレスはニュータイプの訓練にならず、むしろ弊害になるので解消しないといけないのだ。
まぁ愚痴はストレス解消になるのでこのまま放置しておけば少しはマシに——
「アレンはアレンでずっと部屋に引き篭もってMSの設計ばかりしているし」
おっと、思わぬ飛び火が。
「思った以上に興が乗ってしまってな……仕方ない、大きな子供が拗ねているようだから取り合ってあげるとするか」
「……私より年下のアレンがそれを言う?」
「精神年齢はずっと私の方が上さ」
「異議あり」
「却下する」
そんなくだらないやり取りをしているとハマーンが真剣な表情とプレッシャーをぶつけて私を見つめてきた。
ふむ、なかなかのプレッシャーだ。
「ナタリーは一体何をしようとしているの」
こちらが本命か。
……ああ、シャアがちやほやされているのはいつものことといえばいつものことだからな。今更といえば今更か。
それにしてもちゃんとナタリー中尉のことにも気づいていたようだな。感心感心。
「一応イリア・パゾムに動向を探らせているが、結果は芳しくない。報告ではシャアと共にいると挙動がおかしいことが多いとあったからシャアに何かする気なのか……」
「大佐に……言われてみれば」
思い当たるところがあるみたいだな。
しかしナタリー中尉とシャア、か。
「普通に考えれば惚れたのかと疑うところだが……」
「ナタリーが大佐のことを好きなのは今に始まったことじゃないわ」
「その通りだ」
エンツォが関わっているであろうことから考えれば……ハニートラップ、か?
そのあたりの機微は私には縁遠いものだからはっきりわからんが、可能性としてはなくはないか?
もっともハマーンはナタリー中尉とエンツォの繋がりを知るわけではないのでそこまで考えては居ないだろうが……ついでに教えておくとするか。
自分の身近な人間の背後関係ぐらいは知っておかないと信じる基準が正しく定められないからな。
「……ナタリーがあのエンツォ大佐と……」
目を閉じて思考をめぐらしているようだ。
そして目を開けると……
「まさかハニートラップ?」
どうやら私と同じ結論に至ったようだ。
これはなかなかの成長だ。
「私は現状ではその可能性が1番高いと思っている」
「そう」
ハマーンの返事は短いものだったが、その声は今まで聞いたことがないほど凍りつくような冷たさを発していた。
これは……俗に言うマジギレというやつか?