第百二十五話
「あのデカブツを黙らせろと言われた時はどうなるかと思ったが、敵の未熟さに救われたな」
ラカンは部隊の損耗率が思ったより軽いことに安堵していた。
大型MAやMSとの戦闘があると見越してアレン・ジールとの模擬戦をトレーニングメニューに加えていたかいがあり、ビームの弾幕、Iフィールドによるビーム兵器の無効化までは予想通りであり、対応はできていた。
それにパイロットが未熟であり、ビームの弾幕が偏ったところをラカンが接近して右腕をたたっ斬ることに成功し、それに動揺したところを更にラカンの部下が左脚を切り飛ばした。
しかし、予想外なこともあった。
「まさかファンネルでビームを曲げる……いや、反射させるとは、な。あのチビ助が喜びそうな兵器だな」
ラカンの言うチビ助とはアレン博士のことで、本人が居ないところではこう呼んでいるのだ。プロテインの苦痛の恨みからなのだが……日頃はアナベル・ガトーのような武人然としているが若干器が小さい。
「なんだ?!」
突然、10以上の爆発が連続して目に飛び込んでくる。
「あれは……ガンダムか、いや、位置的にモノアイの方か」
それはエゥーゴ側の防衛に当たることとなったTR-5が引き起こしたものだった。
瞬く間に制圧をしたTR-5のいる戦域には、戦闘中にしては不自然な空白が生まれることとなった。
その空白はTR-5が移動するのと同時に拡大していき、そこへマラサイやハイザック、バーザムが埋めていく。
「エゥーゴが不甲斐ないというよりは、さすがは腐っても精鋭と謳われたティターンズ、その行いは非道でも実力は本物というところか」
しかし、それが証明されることになるのが自分達の損害であることを考えると皮肉なものだな、とどこか達観しているラカンはマラサイを一刀両断しながら思う。
この間にも次々ネモが撃墜されていき、リック・ディアスも1機墜ちた。
まだ2機のTR-1が動かずにいるというのに、エゥーゴの陣形が崩壊寸前だ。
「対岸の火事……と見ているわけにはいかんな。俺が相手にするにしても他のガンダム達が……ハマーン様達を出し惜しみしている場合ではないかもし——」
飛んでくる何かを察知して回避行動を取る。
その飛んでくる何かには糸のようなものが繋がっており、それを握るのは青い烏賊ことハンブラビが3機……つまりヤザンの部隊である。
「テメェか!あのデカブツをやったってのは」
「……他の2機は大したことはなさそうだが、この隊長機は時間がかかりそうだ」
こうしてラカンの部隊とヤザンの部隊が戦いが始まった。
「ラカンの部隊はどうしている」
「只今青い烏賊と交戦中です!」
「そうか……私が出るか」
ハマーンはさすがにこれ以上、エゥーゴの損害が増え続ければ撤退もあり得ると予感した。
しかし、TR-5を撃破もしくは撃退、最低でも足止めをさせるほどの存在がラカン以外に思いつかない。だが、あの青い烏賊も自由にさせるとこちらの被害が増える。
駒が足りないとなればこの場で最大にして最高の戦力であるハマーン自身と親衛隊を出すには十分な理由だ。
だが、それを止めるものがいた。
「いけません。総大将が軽々しく前線に立つなど以ての外!それにエゥーゴとティターンズが潰し合ってくれているのですから静観すべきかと存じます」
「私も同意見です。それに私達はあくまで陽動、雌雄を決する戦いならともかく、このような戦いで危険を冒す必要はありません」
「幸いエゥーゴの指導者であるシャアはグリプス2にいるのですから多少の損害は問題ないでしょう」
「それにまだ救援要請、協力要請が来たわけでもありません」
アクシズのタカ派高官達だ。
自軍に被害が出ているならともかく、エゥーゴの被害は喜ぶことではあっても心配するものではないのだ。平たく言うとたまたま敵が同じというだけで味方と思っていないのだ。
しかし、悲しいことにアクシズという組織としては高官達の方が正しいのだ。
ハマーンは完全に私利私欲で動こうとしていた。それはアレン達の心配であった。
このままエゥーゴが撤退に追い込まれた場合、陽動は失敗になる可能性がある。それを阻止するためにハマーンが出ようとしたのだ。
「……後方にいる同型機が動く可能性もある。親衛隊の出撃させ、待機させる」
それに異論はなかったのか高官達も認めた。
(アレンが組織を嫌う理由がわかるな……いや、違うか。私はアクシズにそれほど思い入れがそれほどないからか)
そもそもハマーンが組織のトップとなったのはシャアや周りに乞われてのことであり、ハマーン自身はあくまで「アクシズが組織として崩壊すると生活どころか生きていけるかどうかもわからなくなる」という理由で宰相となっただけなのだ。
タカ派の勢力が拡大しなければ、エゥーゴが存在しなければ、アクシズは未だに辺境を漂わせていたぐらいにはハマーンは外面はともかく、内面はハト派であった。
もっとも父を死に追いやったタカ派を嫌って合法的に始末しようという思いもあったりするが、それにはまだ至っていない。
(アレンは無事だろうか……いくら規格外とはいえ、死ぬ時は簡単に死ぬのが人間なのだ……ハハ、死地に追いやった私が言えた台詞ではないか)
自身の思いと行動が伴わず、苛むこととなった。