第十四話
ハマーンとナタリーが大喧嘩したらしい。
原因はもちろんハニートラップの件だろう。
私にはまだ妄想の範囲を出ないものだったが、ハマーンには何かを感じいるものがあったようで正面衝突を選択したようだ。
もちろん、あれから勢いで、ということではなく、彼女なりに調べた結果が黒だったからでもある。
そして私は——
「なんで化物とシミュレータで戦わないといけないんだ」
「化物とは言ってくれるな。ハマーンが君のMSの腕前を褒めていたから気になったのだよ」
いや、気になっただけならスルーして欲しいのだが……ハマーンに勝てない私が、ハマーンが勝てないシャアと勝負になるわけがないだろう。
「勝負に拘る必要はない。手持ちの戦力がどれだけ使えるか把握しておくのも仕事の内さ」
「……ハ?!研究者であり一般人である私を戦力だと?!」
「もちろん私達とて心苦しくはあるが連邦にこちらの事情を察してもらえるわけではないからね」
……いやいや、私はカタパルトのGだけで負傷するような人間ですから戦力として数えられても困る。
「これから先は連邦と遭遇する確率が高くなる。アレン博士がどう思おうがこれは戦艦であり、連邦から見ればテロリストのそれだ……君も死ぬのは不本意だろう?」
「………………ハァ、わかりました。お相手しよう」
そこまで言われたなら協力するしか無い。
こんなことなら耐Gスーツを開発しておくんだった……いや、MSの耐G機能を充実させればいいのか……新しい研究対象だな。
さて、お互い独自にチューンナップされているゲルググで相対する。
私のチューンナップはハマーンと遊ぶ……もとい訓練のために用意したものだ。
自身で調整するのでなかなか面白いことになっている。もちろんこんな機体は存在しないため、いくら修練したところで意味は無いのだが。
……小さく息を吐き、精神を落ち着かせる。
シャアからプレッシャーは感じない。まぁ所詮本職ではない私に本気になれない、というあたりか。舐めプ乙というやつだな。
シャアの赤いゲルググの武装はビームライフルではなく、今のアクシズの主装備であるMMP80マシンガンを持つのみ。
ゲルググに用意されたシールドは重いため外しているのだろう。かく言う私も同じ理由で外しているし。
先に動いたのはシャアだった。
とりあえずの様子見というようにマシンガンが連射される。
……まさかの照準システムオフとか、本当に舐めているのか?まぁ脅威警告システムが作動しないから避け辛いのは間違いない、その分命中率はお察し……と思っていたが、なぜか体が勝手に回避行動を選択。
……見事に全て被弾コースだった。
さすが化物、嫌になる。
ちなみに私の武装はマシンガンではなく、ビームライフルだ。
本来ニュータイプを相手にする場合は攻撃力より命中させることを重視してマシンガンや散弾銃などの方が有効だ。
しかし、いつも行っている訓練とは違い、これは実戦を想定した訓練だ。
実戦を想定した場合、相手がニュータイプかどうかを基準にせず、自身が得意で有効な武装を選ぶべきである。
……ちなみに最後の部分は言い訳だ。
私はビームライフルが得意なわけではない。ただ単に、マシンガンだと操縦席に振動が発生して余計に体力を消耗してしまうのだ。
その点ビームライフルはいい、反動がなく、威力が高く、速く、物資が減りにくい。特に最後が重要だ。
実弾なんて発射されたら宇宙を飛び回り、星の引力が回収するまでは飛び続けるスペースノイドにとっては迷惑極まりないものになる。
『さすがハマーンが認めるだけのことはある。見事な回避だ』
上から目線だな。まぁ私も自分の分野なら同じような態度だろうが。
だが、私もハマーンにただ負けていたわけではない。
ライフルを赤いゲルググに向け、引き金を引く……と同時にシャアは回避行動に入った……のだがビームは発射されない。
『どういうことだ。動作不備か?』
ふっふっふ、騙されたな。
確かに私は確かに撃つつもりで引き金を引いた。では、なぜ発射されなかったのか。
まぁ至極簡単なトリックだ。システムが反応しなかっただけのこと。
ニュータイプとは相手の感情で回避行動を取る。だからこそ、こんなマヌケなことに引っかかるのだ。
こうすることで自身の能力の疑心暗鬼を持たせることができる……はずだ。今回が初めての運用だから確証はないがな。
ちなみにこれは相手がニュータイプかどうかがわかった瞬間にシステムを切り替えることができるのでアリの判定だ。
そしてきっかり1秒後、ビームが発射される。
このシステムは遅延射撃、とでも言おうか……ランダムの秒数後に入力された射撃が行われるシステムなわけだ。
『くっ、なんだというのだ』
思った以上に動揺してくれているようだ。
まぁ機動兵器でわざわざベストのタイミングでする攻撃を遅らせて攻撃するシステムなんて実戦経験者にはキチガイの所業だろうから予期できなくて当然か、ミサイルや爆弾なら普通のことなんだがな。
おかげでシャアの装甲の表面を仄かに溶かすことに成功した。
……まぁ初撃にしてはなかなかの戦果だろう。
ハマーンにすら当てたことがないのだからシャアに微かにだが当てれたのだから。
「というわけで——」
狙いを定め、3度引き金を引く。
そのどれもに反応してシャアは回避するがビームは発射されない。
そして次は遅延射撃システムを切り、普通に撃つ……が、それは華麗に躱される。
やはり私の腕前では当てることができないようだが、遅延射撃ばかりしていては相手が慣れてしまう可能性があるので通常の射撃も混ぜなければならない。
そしてライフルの照準はシャアから外さないように注意しつつ……あ、撃ったな。
今度は当たらなかった。しかし躱されたのではなく、照準がうまく行かなかった。
シャアの機動だとなかなか難しいな。
イリア・パゾムをモデルとした仮想敵の時はうまく行ったのだが、やはり経験の差は大きいようだ。
「ちっ、マシンガンは躱しづらいな」
シャアは高機動を活かして動き回るのに対して私は必要最小限の動きで動き、弾も最小限で躱す。
あまり動かし過ぎるとGに耐えられないから仕方ないのだ。
計測器の数値的には私でもまだ耐えられる数値が出ているが……実際受けてみるとどうなることか……戦闘なんてできるのだろうか。
4分ほど射撃戦を行ったが埒が明かないとシャアが接近戦に切り替えると瞬く間に敗北した。
「接近戦が弱すぎる。手を抜いているわけではないようだが……」
「急激な運動をすればそれだけGが掛かり、私が耐えられなくなる。そのため最小限の動きしかできない。接近戦では急激な旋回を必要とする場合が多く、それらのGに耐えられないのさ」
「なるほど……しかし、ハマーンから聞いていた通り、なかなかの腕だな博士……正直そこらにいる兵士達よりも強いだろうな」
……これはやばいのではないか。
今までアクシズがタカ派が主流となれば軍備拡張に走り、人口が少ないため兵士が不足してクローンの製造が許可されると踏んでいたが……私自身が兵士として駆り出される可能性が出てきた。
これはハト派を支援すべきかもしれんな。
「いざという時は頼らせてもらうとしよう」
「そんな事態にならないことを祈っていよう」
「もちろん、私もそんなことを望んでいるわけじゃないさ」