第百三十話
「ふふふ、まさか生理現象以外で涙を流す事があるとは思わなかった」
思っていた以上にプルシリーズという作品を気に入っていたことにアレンは驚き、動揺していた。
だからこそ、自身が信条としている嘘を出来得る限りで吐かないということすらも自然と破ってしまっていた。
作品の……娘との最後の瞬間というのに。
「これほど感情が乱れるのはいつ以来だろうか、ファンネルの操作が覚束ないとは……それにシロッコを仕留め損ねてしまったな」
シロッコがこれを隙と思い、攻撃を仕掛けてきたなら敵意や殺意に反応してファンネルを動かしただろうが、既に心を折れ、撤退を決めたため動揺したままでいる。
プル24の思念波は他のプルシリーズにも伝わり、混乱が生じた。
「初めての姉妹の死に動揺するのは仕方ないが……このままというわけにはいかないな」
未だに定まらない心で冷静に対応しようとプルシリーズと共鳴して指示を出そうとしたのだが、共鳴すると悲しみと混乱と怒りと初めての姉妹の死で抱いた恐怖などが入り乱れ、自身も動揺しているアレンこともあってなかなか収拾がつかない。
救いはプルツーの激闘とアーガマとエンドラの奇襲成功だ。
悲しみと怒りに染まりつつもいつも以上にMSの操縦やファンネルがキレていて、瞬く間に接敵していたティターンズの部隊を残さず全滅させることで姉妹への二次被害は起こることがなかった。
そして残ったティターンズのほとんどの部隊がグリプス2により近いアーガマとエンドラの奇襲への対応に回ったことで事なきを得た。
アレン・ジールというとてつもなく目立つ存在が現れたことも大きな要因と言えるだろう。
「当初の予定通りとはいえ、助かったな。あのままシロッコや他の部隊がこちらを優先されていたら負けはしないだろうが被害は拡大するところだった」
未だに収まらない涙を拭い、戦況を整理するが今のままではサイコミュも満足に動かせないことに気づき、直接戦闘は避け、別方向から進軍して圧力を掛ける程度にしようと割り切ることにした。
「……これが作品の……親しい者の死、か……しかも私の命令で死んだ。これからもこういうことがあるのか」
それは嫌だな、と思った自分が思っている以上に凡人なのではないかと疑う。
「プル24……確かに、お前はあまり目立った功績を残したわけではない……しかし、間違いなく、お前の死は私にとって……お前の姉妹にとって大事な糧となるだろう」
こうしてアレンは1つ、常識を知ることとなった。それは心に相応の傷を残して。
そしてもう1人、ショックを受けている者がいる。
それは、なにを隠そうハマーンだ。
(プル24、アレン……ごめんなさい)
手を握り締め、心の中で謝罪する。
最終的には合意したとはいえ、この戦争に巻き込んだのは自身であり、今回の作戦も無理してお願いしたことである。
いい加減立つ瀬ないというのにアレンの大事な作品を壊してしまった(ハマーンもだいぶ毒されている)のだから罪悪感と悲しみと高官達の案を採用した自身に怒りに震える。
「あのガンダムタイプを生かして帰すな」
せめて仇ぐらい取らねば!とハマーンは怒りの気合いを入れる。
そしてハマーンの気合い(プレッシャー)に反応してプルシリーズも動揺したなりに戦場に復帰した。
幸いだったのはカール・マツバラは外殻をパージしたことで戦闘能力が格段に落ちたこととウェス・マーフィーはプルシリーズ達が突然止まったことを罠かなにかだと思い、踏み込まなかったことだ。
普通の軍人、しかも尋常ではない強さのパイロット達が、まさか味方の死亡で動くを止めていたなどとは思いもしなかったのだ。
「私も出撃する」
今度こそ後悔しないために格納庫は足を進め……ようとするが、それを阻む者がいた。
「なりません!!」
高官達だ。
責任転嫁をしたいわけではないが、ハマーンからすればプル24が死んだのは原因の一端は彼らにあると思っている。
そんな彼らが再び立ちふさがったことで八つ当たりの罵声を浴びせようとしたが喉元で押し留めることに成功したのは幸せなことだ。お互いに。
「これは決定だ。下がれ」
とはいえ、有無を言わせない声の強さで命じると共に放たれるプレッシャーは命を常に賭ける現場の兵士ならともかく、指揮しか行わない温い場所にいる高官達にはそれを耐えることは適わず、沈黙して道を開ける。
(今から出て仕留めることができるかわからないが、また被害が出る前に……)
カール・マツバラのMSは既に満足に戦える状態ではないため、撤退する可能性が高い。
イリアや他のプルシリーズがそう簡単に撤退させるとは思えないが、ティターンズは正規軍人であるため連携は寄せ集めのエゥーゴやアクシズなどよりしっかりしている。
撤退支援などお手の物であろうことは予想がつく。
「……もう1機のMSでなくてよかった」
もしそうだったな戦死者はもっと出ていただろう。
そして、だからこそ——
「私が出る必要がある。あの機体がこちらに来た時のためにな」
やらない後悔よりやって後悔とはよく言ったものだな、とハマーンは大昔から受け継がれる言葉は金言だと改めて思う。
アーガマとエンドラvsグリプス2防衛軍の戦いは……アレン・ジールとガトー達の蹂躙から始まった。
シロッコがドゴス・ギアに1度帰還してレコアとサラを下ろし、改めてメッサーラとガブスレイに乗り込んで出撃してアレン一派が積極的に動かないのを見て取ると進撃を止めるために迎撃に向かうが——
「これは負けか……あの化物にMSを落とされ過ぎた。戦線維持ができんな」
そう言って撤退信号を打ち上げる。
一応シロッコやレコア達は殿を務めるように動くがアーガマやエンドラは追撃する姿勢を見せず、ゆっくりと撤退していく。
(この流れ……止めることはできないな。そろそろティターンズも切り捨てるべきか)
グリプス2を手に入れたエゥーゴやアクシズがティターンズに向けてそれを使わないわけがなく、そうなれば宇宙の拠点と言えるゼダンの門が残っていたとしてもティターンズに勝ち目は薄くなる。
(となるとエゥーゴに付くかアクシズに付くか……現実的に考えれば連邦を母体としているエゥーゴだが、レコアのこともある……だからといってジオンの後継者であるアクシズとでは油と水……それに——)
あの化物が味方になるというのは魅力的だが一緒にいるのは心が落ち着かない、弱音を吐く。
何よりニュータイプだというのにニュータイプを研究しているというのも不安材料であった。
(ティターンズを乗っ取るにしてもバスクとジャマイカン両将が健在である以上、ジャミトフを始末しても乗っ取りは難しいか