第百三十五話
「さあ、クィン・マンサよ。共に駆けよう……少し可愛くないけど」
未だに慣れない操縦桿の無いコクピットだが、ハマーンの思いに応え、巨大な体躯を持つクィン・マンサはその見かけから想像もできない、他の何者も追いつけない速度で駆ける。
「ふふ、さすがアレンだ。この機動性、この運動性、この追従性……キュベレイとは段違いだ。……この無骨な耐Gスーツはどうかと思うが」
機動性、運動性、追従性の向上と比例してパイロットに掛かるGは既に1番身体強化されているプルシリーズですら耐えられないものとなっていた。
そう経たずに敵の射程圏に突入するが速度は落とさない。落とす必要がない。
次々迫りくる死の訪れは、MSのビームライフルどころか戦艦の主砲である高出力のメガ粒子砲すらもIフィールドに捻じ曲げられ、ミサイルは——
「あまり使いたい武装ではないのだがな!」
——クィン・マンサを船首として140mも後方に伸びる姿はまるで艦艇のようなそれから触手……ハート型テンタクルが弾き、切断し、時には投げ返す。
MS本体はクィン・マンサ、そして覆っている艦艇の様相を生み出しているのは補助武装パノプリアである。
なんという皮肉か、その見た目はTR-6の究極形態であるTR-6・インレと類似している。
クィン・マンサは一応完成に漕ぎ着けたもののやはり本当の意味で完成させるにはいくらか足りないものがあり、継戦能力に不安があった。
そこで参考にしたのがGP-03やヘイズルシリーズだ。
本体そのもののスペックを上げることができないのなら外付けで強化してしまえばいいということで作られたのがこの補助武装パノプリアである。
これをMSだと言い切るアレンはやはりどこか常識がズレている……が、それを作り出した才能は間違いなく天災だ。
ハマーンは前進を止めず、敵MS陣地のど真ん中まで突き進む。
「そろそろいいだろう」
パノプリアの側面、上下面の大きく開き、そこから見えるのはミサイルの弾頭。その数170。
「開始の花火は派手な方がいいだろう?」
それら全てが飛翔する。
ミサイルの火器管制は当然サイコミュでマルチロック、照準スピード、精度は他機を寄せ付けない。だからこそ爆発によるダメージではなく、運動エネルギーによる破壊に重点とした、つまり速度重視のミサイルとした。
そして花火が上がる数は30、そして花火にならずとも損害を受けている機体は13。
無誘導のミサイルでこの成果なら十分と言えるが——
「アレンの渋い顔が思い浮かぶ」
ミサイル1発に使う資源を考えるとアレンとしては喜ばないだろう。
「おっと、忘れるところだった。第1コンテナパージ」
撃ち尽くした1番外側の装甲にしか見えない第1コンテナことミサイルコンテナを放棄する。
これにより更なる機動力と——
「さあ、次は——ファンネルッ!」
第1コンテナが取り除かれ、次に顕になった装甲が更に開くとそこからファンネルが次々射出される。数は60基。
本来ならハマーンが操るにはかなり負担を強いられる数である。しかし、サイコミュの魔進化によって可能に……なったわけではない。
進化しているのは間違いないが、それほど劇的に改善されているわけではない。ならばなぜハマーンが操れているのかというと、使う用途を絞っているのだ。
本来ならファンネルは縦横無尽に飛び回り、オールレンジ攻撃を主としている。
しかし、このクィン・マンサのファンネルは他のファンネルとは違ってクィン・マンサから発せられる思念から一定距離から離れないよう機械制御にしたのだ。つまり、ファンネルを完全に固定砲台と割り切ることで照準などの最低限のサイコミュによる火器管制で済むようになった。
その代わり、固定砲台である以上は攻撃を躱したりすることはなく、クィン・マンサの機動力に追いつくためにファンネルの推進剤やスラスターの強化などが強化される一方で攻撃回数が減少して継戦能力の低下している。
もっとも1基あたりの継戦能力は低下しているがパノプリアの第2コンテナ(第2装甲やファンネルコンテナとも言う)内にはファンネルの補給機能が搭載され、更に予備機として20基ものファンネルが搭載されているため、全体でいえば継戦能力が低いとは言えない。
ファンネルはクィン・マンサを守るように周囲に浮かびながら追い込み漁でもするかのように攻撃を仕掛けて次々とMSを爆散させていく。
「艦隊が射程に入ったか……砲撃モードに移行、チャージ開始」
クィン・マンサを囲むようにパノプリアから4本のアーム……メガ・ブースターと名付けられたそれらの先端には小型化されたIフィールド発生装置が設置されている。
そしてクィン・マンサ本体は全砲門を発射……するがメガ・ブースターが発生させているIフィールドにより押し留められ、更に圧縮されていく。
もう1度クィン・マンサは全発射を行うがそれも同じように圧縮される。
「とりあえず、これで試してみるとしよう……そこだ」
たまたま並ぶように配置されていたサラミス級2隻とマゼラン級1隻を狙い放たれたその結果は——
「3隻貫通……アレン、色々とやりすぎでしょ」
攻撃範囲こそ20Mほどしかない……MSの攻撃範囲としては破格……が艦艇3隻分の装甲を貫通してまで余るその威力は何を想定されて作られたものなのか、それはアレン自身も知らない。
「それはともかく……やっと来たか」
唯一クィン・マンサを止められる可能性があるTR-6の登場である。