第百三十九話
「一応確認するがそこの新型、降伏する気はあるか」
ハマーンはまだ戦える状態ではあるもののガンダムTR-6・ハイゼンスレイII・ラーがほぼウーンドウォートへと強制換装させたものへと通信を入れる。
『お前は、ハマーン・カーンっ?!その機体を操っているか』
まさか一国の元首と言っても差し支えない存在がMSを操縦しているなど、連邦やティターンズではあり得ない。
しかも、その戦闘能力は自身の命を掛けて作り出したMSすらも上回るのだから驚いても仕方ないだろう。
「さすがに知っていたか、それで降伏する気はあるのか」
『カールを殺したお前などに——』
「私の大切な人(のもの)を殺した相手なのだから五分だろう?むしろ望まぬ戦いに参加して死んだ——いや、感情の話をすることなんてナンセンスだ。生きたものは生きる義務があり、死んだものはもう帰らぬ」
アレンならもしかするとそのうち死者すらも蘇らせるのでは……と思わないでもないハマーンだったがさすがに肉体を喪失したプル24を復活させるのは不可能だろうと余計な思考を払う。
「それにわかっているはずだ。既に私が貴様の命を握っているのは」
パノプリア装着時に紙一重で無事でいられたのはただただ遠中距離で撃ち合い、ファンネルも固定砲台だったからに過ぎない。
クィン・マンサ本体で戦闘を始めて5分も掛からず、TR-5と残ったハンブラビ2機は四肢をもがれ——
『くそっ!ご丁寧にも脱出できないようにハッチを壊してやがる!』
脱出装置はもちろん、ハッチの強制パージ機能まで壊している。
ハマーンは思った以上に強いクィン・マンサに快くしてTR-6の鹵獲を試みるため、他のMSを無力化に止めたのだ。
もっともうっかり力加減を間違えてダンケル・クーパーの両腕をぐしゃぐしゃにしていたりするが……生きているし、降伏して捕虜となればアレンに任せれば特に問題ないだろう、とハマーンはスルーした。
「それで返答は?」
「断——」
言い終わる前にヤザンの乗るハンブラビの頭が爆散する。
もちろんそれを行った犯人はハマーンである。
「それで返答は?」
「…………」
続いてダンケル・クーパーの乗るハンブラビの頭部が消し飛ぶ。
「それで返答は?」
「お、お前は組織を率いる人間なんだろ!ならこんな非道なこと認められるはずが——」
TR-5の頭部も同じように消え失せ、さすがに自身の尊敬する上司が対象となればTR-6のパイロットエリアルド・ハンターにも動揺が走る。
「これより先は1人ずつ死ぬことになる。それで返答は?」
エリアルドは操縦桿を握る手が震え始める。
己と伴の命をチップに戦いを続けてきた歴戦の勇士であるのは間違いない。そして命をチップにしている限り、己も伴も命を失うことがあることは己が奪ってきた命の数と同じだけの回数あることはわかっていた。
いつもならまだまだ戦える、と強気で味方を見殺しにしたとしても戦えただろう。しかし、自分達が生み出した最高傑作であるはずのTR-6は戦闘こそできるが勝ち筋が全く見えないこれほど圧倒的な死が目の前に存在し、降伏すれば己も味方も死なずに済むと言われれば迷ってしまうのが人情である。
だが、親友の仇に降伏するのか、それは友への裏切りになるのではないのか、今まで自分達が行ってきたことはなんだったのか。
そんなことを思考が走馬灯のように流れ、クィン・マンサは時間切れだと表すように腕をヤザンの乗るハンブラビへ向けた——その時——
「ガンダムを救い出せ!」
「まだだ!まだ負けたんじゃない!」
「あいつさえ仕留めれば勝ち目があるんだ!」
「ガンダムを落とさせるわけにはいかん!」
16機のハイザック、マラサイ、バーザム、ガルバルディβが猛スピードでクィン・マンサに迫り、各々が持つ武器を使用する。
「ちっ、全て実弾か」
クィン・マンサがIフィールドを搭載していることを知り、武装を替えて救援に駆けつけたのだ。
その弾幕を拡散させたメガ粒子砲迎撃しつつ、腰に巻きつけていたテンタクル2本を伸ばし、1本は1番近くにいたダンケル・クーパーが乗るハンブラビを掴み取り、直撃すると致命傷になりそうなバズーカが比較的集まっている場所へ放り投げる。
「た、助け——」
ハンブラビが盾となり、弾幕が薄まったところでクィン・マンサの全力砲撃を1射、それだけであたりは静けさを取り戻す。
つまり——
「12機のMSがたった1回の攻撃で全滅……」
TR-6でも同じことをしてきたはずのエリアルドは唖然としたのには理由がある。
実際はどうかはともかく、エリアルドが戦ってきたのはエゥーゴやジオンと言った残党に過ぎないという認識である。今目の前で起こった戦闘の被害者は精鋭であるはずのティターンズの兵士達なのだ。
それがろくに抵抗もできずに撃破される光景は衝撃を与えた。
複雑な言い方をしたが、簡単に言えば自身がやってきたことをやり返されて良く言って動揺、悪く言ってビビってしているということだ。
(動力は安定したまま、砲身もまだ行ける。Iフィールドも途中から切っているから後35分は大丈夫なはず)
ハマーンがエリアルドに降伏を促していたのはTR-6を鹵獲したいという思いもあったが、1番は連続で戦闘になることを避けるためであった。
基本的にクィン・マンサの継戦能力低さは放熱にあるため、連続稼動を止め、少し休ませるだけで多少戦闘時間が伸びるのだ。
「さて、邪魔が入ったが返答は?」
「俺は……俺は……」
『エリアルドッ!志に従えッ!』
ウェス・マーフィーがエリアルドの背中を押す。
ただし、戦えとも言わない、降伏しろとも言わない、私達のことは気にせず、自身の思うままにしろという言葉だ。
それで決心が付いたのか、エリアルド・ハンターの瞳に決意の力が宿り、ハマーンはそれを感じ取って溜息をつく。
「……ハァ、一応もう1度確認する。降伏する意思はあるか」
「ガンダムはティターンズの象徴、それが降ることは認められない」
「そうか」
それ以上は言葉を続けず、ファンネルを動かし、ウェス・マーフィーとヤザン・ゲーブルのコクピットを容赦なく放たれたビームが撃ち抜く。
これらが一般兵の域を出ないパイロットならハマーンも無視したのだが、今回は機体の差で圧倒できたもののもしキュベレイの時にこの陣営に包囲されていれば生き残ることができるか怪しい実力者揃いであったため、後々面倒にならないように殺しておくことにしたのだ。
「これでそちらも引けなくなっただろう。遠慮なく掛かってくるがいい」
もうどこからどう見ても悪役令嬢なハマーンはIフィールドを展開させて本格的な戦闘態勢に入る。
「……俺は、俺は……負けない!」
エリアルドの覇気に触発されたかのようにここに近づく多くの影。
それはバスクの命令で出された艦隊とア・バオア・クー宙域に配備されている砲台によるミサイル攻撃であった。
その数は200を超え、しかも第2波まであるようだ。
たかが1機のMSに対して行うようなものでは決して無いが、バスクは生半可な攻撃ではクィン・マンサに通じぬと連絡と連携を強化して実現した攻撃である。
「味方まで巻き込んでの攻撃とは……ティターンズも追い詰められているな」
追い詰めた本人であるハマーンは能天気とも取れる言葉をつぶやく。