第十五話
「……君が来るとは珍しいなナタリー中尉」
「あなたがハマーンに変なことを吹き込んだんでしょう!」
「変なこととは心外な。ハニートラップは古来より行われてきた由緒正しき謀略……それに……その反応は図星のようだ」
うっ、と仰け反るナタリー中尉に隠し事が下手だな……そのあたりをハマーンが信頼しているんだろう。
「それに元々憎からず思っていただろう?何より、あのシャアがたかが女1人のために主義主張を変える疑問だが」
色仕掛けでどうにかなるぐらいならキシリアがどうにか……あ、その時はまだララァがいたから無理か。
それにあのエンツォ・ベルニーニがシャアを御せるとはとても思えない。逆に破滅するような未来しか思い描けない。
「そもそも中尉の好きなシャアはエンツォ大佐にいいように使われるような人間か?」
「好、好きなんて言ってません!それになんでエンツォ大佐の名前が?!」
いや、今までの経歴を調べればだいたいわかるだろ。
「そんなことまで……またハッキングしましたね」
「失礼なやつだな。シャアに頼んでもらったものだ」
いつもいつもハッキングばかりしていると思われるのは心外だ。
そんなどうでもいいことに時間を割くほど時間があるわけじゃない。
「……ええ、ええ、そうでしょうね。私が怒っているというのにモニターから目を離せないほど忙しいですよね」
「そもそも私がどうにかする問題ではなく、君が解決する問題だからからね。それより耐Gスーツの開発が急務なんだよ。私の命が掛かっているからね」
「?どういうことですか?」
説明が面倒だが掻い摘んで説明すると納得したように頷いた。
「確かにそれは急がないといけませんね。ハマーンの教育のために是非前線でがんばってください」
「おい、悪意が隠れてないぞ」
と言うかハマーンの教育のためって私が悪影響を及ぼしているとでも言うのか。
私はご要望どおりニュータイプ強化訓練を施しているだけ……あ、そういえば一応将来に向けて色々教育してたか。
「もちろん冗談ですよ。アレン博士が戦場に立つなんて私達軍人としては窮地に追い込まれている状態ですから無い方がいいですよ」
「死ねというのは否定しても教育に悪いことは否定しないんだな?」
「でもMSに余裕がない今は出番なんて……ああ、負傷で欠員が出る可能性があるのよね」
無視しやがったな。
「まぁいい、それで中尉はどうする気だ。エンツォ大佐と組むのか?」
「……言いたいことはわかってるわ。でも……」
「何を躊躇しているのか大体わかっているつもりだ。中尉はどうも自身を過小評価している節がある。それはエンツォ大佐に引き上げられたことによる負い目だろう?」
「……」
「言っておくがその程度のこと気にしなくていい。上官というのは優秀な部下を引き上げることも職務の一環なのだからな」
それにしても、なぜ私が検体以外のメンタルケアなんぞせねばならないのか……まぁ検体であるハマーンの関係者だから仕方ないのだが。
しかし、この状況でもまだエンツォ・ベルニーニを見限らないとは……それほど恩義があるとも思えないが……ん?
「……もしかしてだが気にしているのはあの色男のことか?」
「……っ?!」
なるほど、あの男に思いが……あるわけではなさそうだな。となるとナタリー中尉の監視と圧力を掛ける任務も兼ねているのか。
それにしても……ハマーンはファビアン・フリシュクネヒトの思惑に気づいていることを伝えていないのか……あ、そういえばファビアンがエンツォの差し金だと教えた覚えがないな。
つまり、ただ単に軽薄な男だと認識しているに過ぎないのか。
「くだらん、あの男の狙いなどハマーンは既に気づいているぞ。私の訓練のおかげで相手の悪意や欲望などがわかるようになったからな。もっともその色男がエンツォ大佐の差し金ということは知らないようだがな」
「え」
「それにシャアも気づいているだろうよ」
さすがのこの言葉には声も出なかったが、代わりに目と口が大きく開けた間抜け面を晒している。これが百年の恋も冷めるというやつか……恋をしているわけではないが。
「……どっちを?」
それは自分の悩んでいることか、それとも色男のことか、という質問だろうか?まぁ答えは——
「両方知っていると思うぞ」
「……本当に?」
「さて、信じるか信じないかは任せる。ただ私が質の悪い嘘や冗談が嫌いなことを思い出してくれれば自ずと答えは出るだろう」
ナタリー中尉はしばらく悩みに悩んだ末、ハマーンとシャアに話すと言い残して出ていった。
人間とは最初から答えが決まっているものでも思い悩み、後悔するとわかっていても選んでしまう。
そういう生き物なのだから仕方ないが……なんと愚かしいのか。
まぁ、なんにしてもこれで連邦と遭遇でもしない限りは私に平穏が訪れることだろう。
……あ、これが世にいうフラグというやつか、とは言え、この広い宇宙でそう簡単に遭遇するものではないが。
「ところでイリア・パゾムはなぜそれほど疲れているんだ」
机に、べたーっとへばりつくように倒れている。
「ハマーン様とナタリー中尉の喧嘩に巻き込まれて、いつの間にか丸く収まりそうで疲れました」
「それは大変だったな……何か褒美をやろう」
「……熱が?」
「いたって平熱だ」
「……明日はデブリに当たる」
失礼なやつだな。
訓練外での疲労だから労ってやろうと思ったのだが、この様子だと必要ないな。
「チョコレートパフェ」
「……まぁそれぐらいならいいだろう」
「今食べたい」
「無茶を言うな。無茶を」
艦内には生活物資こそあるが、贅沢品や嗜好品は少ない。
「今は板チョコで我慢していなさい」
「は〜い」
この板チョコは配給品ではなく、艦内で個人が集って開かれたマーケット?で売っていた品物だが通貨だと外食2食分は必要だろう。まぁ物々交換で手に入れたから問題はないが。
それにしても……イリア・パゾムはどうやら疲れから以前の子供らしさが出てきているみたいだ。
おそらく日頃は目一杯背伸びしているのだろう。そう、決して私の訓練で感情の起伏がなくなったわけではないのだ。
そして、思わぬところで連邦と遭遇——————することもなく、年始を迎えて少し経った頃。
「ハマーンの誕生日会?」
「ええ!ハマーン様だって16歳の少女よ!お祝いして欲しいに決まってるわ!」
うるさい女だな。
確かオクサーナ……ナニガシだったか、私はこういう女は嫌いだ。
人間には表があり、裏がある。だが、こいつは裏が多過ぎる。
このうるささも狙ってやっているのであって本来の性格はごく一部しか表に出ていない。
自分が目立つことによって周りの目を集め、その影で動いている存在を浮き彫りにする手法なんだろう。
今回のサイド3への視察はハマーンが主役だ。だからこそハマーンの誕生日を祝うというのはわからないでもないが……
「私は仕事があるので——」
「ちょっと!あれだけハマーン様の仲がいいあなたが参加しないでどうするのよ!」
「しかしだな。わりと自分の命が掛かっていることなんだが……」
どうやっても耐Gスーツだけでは体が耐えきれないと試算で出たため、コクピットや座席で軽減できないか模索中なのだ。
戦場に出なくていいなら迷わず参加しているところなのだが。
「ナタリーも何か言ってあげて!」
「……アレン博士、緊急時に備えるのは大事ですが、今見た限りこの艦内でどうにかなるような物ではないようですし、後に回してもいいのでは?」
「ふむ……」
確かに一理ある。
どんなに焦ったところで耐Gスーツを作る設備がない……いや、設備なら艦内の部品でどうにかできそうだが……なにより材料がないし、改造するためのMSもない……そもそも試験運用もせずに実戦に出るつもりはないしな。
「わかった」
「じゃあ、あなたにはケーキを作ってもらうわ。得意なんでしょ?」
「了解した」