第十六話
……卵がない。
だから戦艦住まいは嫌なんだ。
物資がアクシズ以上に不足している。
昔の大航海時代に習って家畜でも連れて……酸素が有限だから無理か、つくづく宇宙とは生き物が生きていくのに不便な場所だ。
こんなストレスと日頃から戦いながら生きているスペースノイドの気持ちをアースノイドは理解できないのだろうな。
だからギレン・ザビが行った非道な作戦(コロニー落とし)が承認されたわけだ。
などと考えているといつの間にかスポンジが焼きあがっている。
「なんで計量カップも無しにそんなに綺麗に仕上がるのよ」
遠目に見ていたオクサー……ナニガシがつまらないことを言っている。
ふっ、私ぐらいの天才になれば100ミリグラム単位程度なら誤差無しに測ることができるのだよ。
「ドヤ顔がうざい」
「ハマーンには君の誕生日ケーキはオクサーナニガシが食べたということにしておこう」
スポンジを顔面にぶつけてやろうと構えると素早い動きで私はオクサーナよ!と言い残して逃げて行った。
全く、うるさい女だ。
『この俗物が』
ん?何やら思念が……誰の、なんて考えるまでもない。ハマーンのものだな。
しかし、私は祝われたことなどないが誕生日会とは嬉しい行事のはず……ニュータイプが放つ思念は思いの強弱もあるが距離が開けば開くほど断片的になるからそれだけで推し量るには無理がある。
まぁ、この艦でハマーンを不愉快な思いをさせるのはファ……ファ……?まぁあのナンパ男ぐらいだろう。
せっかくの誕生日会であるのに可哀想だと心理学を嗜むために人情味に薄い私ですら同情する。
全く、人間というのはいつ崩れるかわからない平和をなぜ楽しめないのか……まぁそれを壊すような研究をしている私が言えることではないがな。
ケーキ作りも終わり、誕生日会が始まった。
そしてハマーンがとてつもなく不機嫌……なのだが、なぜか周りの人間は気づいていない。
いつも通りの笑顔の裏には憤り、不満、怒りなどが渦巻いている……が、やはり誰も気づかないのはなぜだ?これでは私がニュータイプのようではないか……軍人とはこれほど鈍感なものだったか?
「ありがとう、みんな……大佐もありがとうございます」
それにしても何があったのかと思えば、モブ兵2人が顔を腫らせて謝罪してバラを渡しているところを見るとあの2人が関わっているのは間違いないだろう。
そして空気が読めていないファビナニガシが同じバラを花束で手渡した瞬間、一瞬にして南極にでも放り出されたかのような冷たさに襲われた。
……本当に誰も察してないのか?いや、これを感じて平常心を保つことができるなら舞台役者を目指すべきだ。
さて、次は私の番だな。
これで多少機嫌が良くなればいいのだが……しかし、少し奴らと被るというのが不本意だがな。
それにしても、わかっていたこととはいえ私は歓迎されていないな。
多くの視線に嫌悪と嫉妬の視線と思念を感じる。
やはり一般的にニュータイプとクローンの研究などという凡人には理解できないものと非人道的な研究は人殺しを是とする軍人でも受け入れづらいものだと改めて思う。
そしてそんな存在がアクシズの次代を担うハマーンに懇意にしているなど、それこそバラの蕾を食い荒らすバラゾウムシのようなものだろう。
知ったことではないがな。
ハマーンとナタリーは私と周りの反応に苦笑いを浮かべている。
2人は私を受け入れているが研究に関しては……クローン研究に関しては理解を得れていない。
その点だけはタカ派のやつらの方が理解しているという悲しき状況、あちらを立てればこちらが立たず。
シャアは何やら考え込んでいるようだが、お前は何も考えなくていいぞ。お前が動けば面倒に巻き込まれそうだからな。私が。
「誕生日おめでとうございます。ハマーン様、あなたが生まれたことは世界にとっても私にとっても最上の出来事と言っていいでしょう。私からささやかな物ですが贈り物をしたく思います」
「……」
「……」
「……」
「「「誰(だ)(よ)?」」」
「私だ」
このような天才が私以外に誰がいると言うのか、失礼な。
私の粋な計らいを理解できん奴らだ。
「冗談は置いておくとして、これが私からの贈り物だ」
「うわあ、すごく綺麗ね。なんていう植物なの?」
ふむ、コロニーでもあまり見かけないからアクシズではもっと珍しいだろうな。
「これは桜という落葉樹の1つだ。寒い冬を乗り越え、春になるとこのような美しい花を咲かせる」
「……素敵ね」
喜んでくれているようで嬉しいが……私の思考も安直に過ぎたか、女性+誕生日+プレゼント=花など凡俗過ぎる解答だ。
あの3馬鹿と一緒にバラ科の植物をプレゼントしてしまった。
もっと捻ってラフレシアあたりにすべきだっただろうか……まぁ喜んでいるのだからよしとするか。
なんにしても、こうして誕生日会を無難に乗り越えることに成功した。
それからの航行中に特段イベントはなかった。
連邦に遭うこともなく、ファビルナニガシ?も相変わらずハマーンを口説いていたが特別な行動を起こすこともなく、ハマーンがストレスをため続け、私が解消の手助けをし、ナタリーとシャアが何やらいい雰囲気になっていたりするがなんにしても平穏な船旅で第1の目的地であるサイド3から月とは反対側に位置するゼブラゾーンという宙域に存在するアムブロシアに到着した。
「さすがに5ヶ月もの船旅は疲れたわ」
「軟弱者め、特別訓練をつけてやる……と言いたいところだが、さすがに賛成だ」
このアムブロシアがアクシズから最も近く、最も大きな設備を有する旧ジオン公国残党の拠点の中でも重要な位置づけだ。
アクシズから最も近い拠点に5ヶ月……安全を考慮したとは言っても5ヶ月は長過ぎる。
シャアからもインゴルシュタット(乗ってきたザンジバル級のこと)をもっと高速化できないか打診があったぐらいだ。
既に設計図は出来上がっているため後は製造とテストだけの状態で、帰路はもっと早く帰ることができるだろう。
「それにしてもここはアレンが好きそうなところね」
「……否定はしない」
このアムブロシアはコロニー公社が放棄した人工衛星やコロニーの残骸で作ったらしい……ここを設計した者とは話が合いそうだ。
それに今でも色々な廃材で拡張を続けているというのだからすごく興味がある。
これなら私が設計したものも作ることが可能かもしれないと思い、廃材……いや、資材置き場に向かっている最中だ。
久しぶりに弄り回せると期待を膨らませていると突然頭を抱えてイリア・パゾムが苦しみだす。
「……これは……ジェラルド?何、これ……連邦が拠点を?」
「む、ジェラルドとはジェラルド・シンクレアのことか?確かイリアの親戚筋だったと思うが」
「……イリアのことも心配だけどアレンがなんでそこまでのことを知っているのかも心配ね」
「検体のデータは一通り頭に入っているのさ」
これぐらい研究者として当然のことだ。
しかし、頭痛がするほどの思念を受信したということは発している本人は相当焦っているようだな。
「だからあの俗物とオクサーナの名前は覚える気がないと」
その他大勢の名前なんぞ覚えるに及ばんだろう。
それにハマーンも最近は私達の前ではファナニガシを俗物呼ばわりではないか。
「イリア、大丈夫?」
「はい。大丈夫です。どこかの拠点の映像とジェラルドの驚きと焦りの感情が流れてきただけですから」
しかし……連邦が拠点を襲う、か。
もしそれが確かなら戦功稼ぎになるな。そうすれば物資の融通はもっと楽になる。
「イリア・パゾム、その拠点の外観はハッキリと見えたか」
「はい」
「よし、シャア大佐に事情を話して重要拠点の外観データをもらうとしよう」
「でも信じてもらえるかしら」
「こういうことは積み重ねて信用を作るものだよ」
それにシャアはニュータイプを否定なんてできないだろう。