第百五十三話
「ほう、ついに決断したか」
『ああ、さすがに限界だろう』
「しかし、大丈夫なのか。ナタリーをシャアの下へやって」
交易所ができたことによりミソロギアの座標を秘匿することができるようになったため、サイド3との通信も容易になったのでハマーンと頻繁にやり取りをしている。
そして今回の話題は人質としていたナタリーとその子供をシャアの下へ返すというものだ。
『仕方あるまい。シャアは見事エゥーゴを勝利に導き、ネオ・ジオン独立にも一役買っている。それにネオ・ジオン内でもシャアを尊敬するものは数多くいる。万が一、独断で解放……いや、解放しようとして死なれでもしたらエゥーゴとの同盟が破綻する可能性がある』
なるほど、それならば先手を打っておくというのは有りか。
しかし……結局シャアの子供で実験できなかったな。
『それでなのだが、ナタリー達の輸送、護衛と引き渡すのをアレン達に任せたい』
これはワンチャン——
『実験は認めないぞ』
「ちっ……なぜ私達に頼む?素直に軍で護衛して月で引き渡せばいいだろう」
『軍内部にはシャアの帰還を望む者とシャアの手綱を握っておきたい者達がいるのだ。それに月にはティターンズ……アレンがいう新生ティターンズの中にはまだ自分こそが地球圏の守護者だという者達が多くいるのだ』
「つまり、軍は信用できず、月だとそいつらがナタリー達の暗殺を目論む可能性があると」
そのとおりだ、とハマーンは肯定した。
「報酬は?」
『開発部から上がってきたギャンの後継機であるガズエル、ガズアル、ガザD、ニュータイプ研究所から上がってきたドーベン・ウルフの設計図でどうだ』
名前から察するに以前行われたコンペティションに参加していたガズの後継機と……ニュータイプ研究所の機体ということはハンマ・ハンマの完成品か?
あまり期待できないか……いや、待て、以前はアクシズのみで開発していたが今のネオ・ジオンはサイド3を手に入れたことによって資源も人材も向上したと見た方が良いだろう。
となると新しい技術もあるかもしれんな。
……あえて無視していたが、ガザD……初心者向け機体であるガザCを更に改良したのか……明らかに駄作の臭いがプンプンするのだが、まぁおまけか。
ちなみに先の内乱……グリプス戦役と呼称されている……の報酬は大体が資源で貰う予定だが、一部はネオ・ジオンが発行している国債となっている。
国債なんてものを貰っても仕方ないのでエゥーゴに売っぱらうか検討中だ。
余談はともかくとして——
「わかった。アッティスで迎えに行こう」
『助かる』
というわけで——
「ナタリー、久しぶりだな。そして初めまして」
ナタリーとその子供に挨拶を投げかけるが——
「久しぶりね。アレン博士」
「……」
子供の方はナタリーの影に隠れて出て来る気がないらしい。しかし、視線はこちらを向いている。
「ほら、挨拶しなさい」
「……ふふふ、仕方ないさ。私のプレッシャーを感じているようだからな」
「え?!ということは——」
「紛れもなくニュータイプだ。もっとも子供は感性豊かであり、こう言っては変だがナチュラルニュータイプと言える。成長過程で思考力に偏り、感性は鈍化していきオールドタイプへと劣化していくのだ」
「アレン博士……相変わらず言葉を選びませんね」
事実しか言っていないからな。
「つまり、私はあまり子供に好かれる質ではないのだ」
「はは」
カミーユ……今、笑ったな?後で覚えておくと良い。
今回はカミーユとフォウの2人を連れてきている。ナタリー達の相手をしてもらうためだ。
本当はファ・ユイリィの方が能力的には適任なのだが、未だに私達に対して思うところがあるので外に出すのは不安があるので留守を頼んだ。
それにしてもジトーッと私を見つめる子供……そういえば名前は?
「マーブルっていうのよ」
「ふむ……ナタリー中尉、私にこの子を——」
「預けません」
「残念だ……マーブル、もし力が欲しくなったらいつでも言うがいい。協力してやろう」
ニュータイプの遺伝についてはその個体数が少ないためまだまだデータが足りないのが現状だ。
「アレン博士っ!」
「さて、ミソロギアの交易所まで行くとするか」
「……アレン博士はどこに向かってるんですか」
「もちろん交易所だが?」
「そうじゃなくて、コロニーを手に入れて、クィン・マンサみたいなMSまで作って……」
「そういうことか、それなら話は簡単だ。私はゆっくり、静かに、邪魔をされずに研究をしたいだけだ」
「……ふふ、昔から変わりませんね」
「失礼な!昔よりは身長は伸びている!」
人のコンプレックスを詰る(なじる)とはこのサドめ。
「そんなこと言ってません!」
そんな会話をしているとあっと言う間にミソロギアの交易所に到着した。
結局マーブルという娘で研究できなか——
「博士?」
——女性の勘というのは時にニュータイプ能力を上回ることがある。これはニュータイプ研究者なら誰でも知っていることである。
もっともこっそり脳波測定などの身体データの収集は行っている。そもそもアッティス内では常に搭乗者の身体データを測っているので故意ではない。
プルシリーズの体調管理は私が管理しなくてはならない。教育がまだ済んでいない個体などは食事を偏らせてしまう可能性が高いからだ。
ただ、気持ちはわかるがな。私達が主としている食事には以前触れたが、栄養バランスを考えると不味いレトルトを食べなくてはならない。
少し単価を上げてでもそこそこのレトルトに切り替えるか?しかし、数が必要だから……その分研究費が……悩ましい。