第百五十四話
「大佐……」
「ナタリー、子供の前で軍の階級というのはどうかと思うのだが」
「はい、キャスバル……様」
「ぷはっ」
おっと、失礼。
感動のご対面のはずがあまりにもおかしな会話でつい噴き出してしまった。一応言っておくが一緒にいるスミレやカミーユ達も盛大に苦笑いを浮かべているのでほぼ同罪と言っていいはずだ。
しかし、明らかに罪人扱いされているのは私だけ……理不尽過ぎる。差別で訴えるぞ。ここ(ミソロギア)なら勝てるぞ!
それに夫婦間の問題とは言っても自分の旦那を様付けで呼ぶって……使用人か?
「マーブル、この人があなたのパパよ」
「……サングラス?」
今度は堪えたぞ。
そうだよな。宇宙でサングラスなんて病以外で付ける者などいない。そしてシャアはどこからどう見ても健常者にしか見えない……まぁ子供に見極められるかどうかは別だが……のだからマーブルのツッコミは適切なものだ。
子供とは素直なものだな。
そんな親子の再会(といっても子供は覚えていないが)を終えるとシャアはカミーユと話があるようだ。
「元気にしているようだな」
「はい。おかげさまで」
当たり障りのない挨拶を交わしているが……本命は別だろう。
「こちらに帰ってくるつもりはないか」
これが本命だろうな。
おそらく軍事力という面でカミーユが必要なわけではなく、良く言えば信頼できる戦友、悪く言えば裏切らない駒が必要なのだ。
私のような能力か、プルシリーズのような存在がいれば話は別なのだが、それだけ人が人を信頼するのは難しい。
「そのつもりはないですね。最初は抵抗がありましたが、ここでの暮らしは思ったより快適ですよ。出される料理が不味いこと以外は……でも、それもファが料理してくれているので問題ありませんし」
それは何よりだ。しかし料理が不味いは一言多いな。
………………
……………
…………
………
……
…
?!
「今、聞き捨てならないことを言っていなかったか!ファは料理できるのか?!」
「私だって料理ぐらいできますよ!失礼しちゃうわ」
そういう意味で言ったんじゃない。
しかし、そうか……料理ができたのか……そういえば以前そのようなことを考えていたような……いかんな、研究や開発に関係ないことは忘れてしまう癖はどうにかしないと。
いや、今はそれより——
「よし、ファ・ユイリィには食堂のおばちゃんをやってもらおう!」
「「「おおー」」」
プルシリーズの変声機で変えた歓声が室内に響く。
「頑張れおばちゃん」
「楽しみにしてるね。おばちゃん」
「卵かけご飯がいいな〜おばちゃん」
「私は粉っぽいカレーに期待」
「じゃあ不味いラーメン」
「溶けたカキ氷」
「おばちゃん言わない!それと卵かけご飯は今でも食べれるわよ!粉っぽくないカレーでいいでしょ!本格的なのは無理だけど妥当なラーメンぐらい作るわよ!かき氷は料理じゃないわ!」
プルシリーズのボケにツッコミのファ……こういう役割で行くのだろうか?というかなぜファは私に殺気を向けている。
……そうか、おばちゃんとは失礼な言い方だったな。
「おばちゃんではなく、おば様と——」
「そういう問題じゃない!」
はて?
「ここに来て、割りと充実してるんですよ。ファも抵抗はあるみたいですけど楽しそうだし」
「ふむ……残念だ。てっきりアレン博士がカミーユを脅しているのかと思ったのだが、外れか」
うちの住人を堂々と引き抜こうとした上に更に暴言まで吐くとは礼儀知らずな奴め。
「その言葉はそのまま返すぞ」
交易所では月の企業……アナハイム、ネオ・ジオン自体やサイド3の企業などと活発に取引が行われている。
流れとしてはネオ・ジオンにMSを売り、アナハイムから技術や物資を買い、サイド3の企業にはMSの技術や最近稼働し始めた民生品を売っている。
つまり、ほとんどが技術の売買で成り立っているわけだが、人はかなり多い。
扱う技術の機密度が高すぎるために通信でやりとりするのは企業間での通信ではかなりのリスクとなるので実際人を動かす事になるのだ。
もっともここが1番栄える理由になったのは——
「やはり税金の類を一切設けなかったのは正解だったか」
ミソロギアは自治領だ。だからこそ税金などはどこにも納める必要がない。なら最低限、汚れた空気の浄化と持ち出される空気と水の代金だけを徴収しているが、企業や政府からすれば誤差だ。
そして、交易所で1番儲かっているのは——
「それにしてもプルツーの思いつきでやってみたが……想像以上だな」
「半信半疑でしたけど汚れたお金って世の中には一杯あるんですね」
交易所に設置されている両替機……通称・浄化箱だ。
これで両替すると8%の手数料を引かれた金額が現金で支払われる何の変哲もない両替機……どころか、やたらとレトロで機械というよりカラクリのような単純で、手数料を取るだけのものである。
ただし、それだけレトロであるため、両替をした何の記録も残さないし、払われる現金も至って普通のものだ。
使い方は各々ご自由に、というものだが……利用者はかなり多い。どう使っているのかは関与しないがな。
これのおかげかは知らないが最近になってサイド7からも交易所の利用したいという申込みがあった。
もちろん受け入れるつもりでいる。
「それにしても、何もしないでお金が増えていくのは不思議ですね」
「研究の時間が増え、設備も充実させれていいじゃないか」
「それはそうなんですけど……」
スミレはどこか納得ができないようだ。
それにしても……プルツーがこのようなことを考えつくとは……順調に成長しているようだな。