第百五十七話
ファの思いがけないアイディアにより早々に全自動スライサーを作り上げた。
天才の私に掛かればこの程度のものは朝飯前で、製作時間は3日で終わらせた……遅いな。言い訳させてもらうと、食材のベストな厚みや切り込み角度などを調べていたらいつの間にか3日も掛かってしまったのだ。
その代わりといっては何だが、主要野菜のほとんどに対応することができるようになった。これにより私とファ・ユイリィに掛かる負担は軽減されることとなり、プルシリーズからの圧力も解消された。
ただし、肉や野菜などの需要が高まったことにより、生産が未だ試験運用の域を脱していないミソロギアの農業プラントでは賄い切れない。つまり輸入量が増えてしまうことになる。
このままだと財政難になってしまうので、予定を変更して全ての研究を一時休止して農業プラントの本格稼働を開始させることとした。
流通はまだ先だが、成長が早いものだと1、2ヶ月後にはまとまった数が収穫できるだろう。
しかし、外付けである農業プラントは目立つため、破壊工作など容易である。万が一何かが起こった際の対策も考えねばならない。
「……ところで、これは何だ」
「ああ、フォウがずっと同じ風景のままだと息が詰まるからって出た案なんだが……」
カミーユは自分の言っていることが難しいということがわかっているのだろう。表情には気まずさが濃く浮かんでいる。
気持ちはわからなくもないが……海水浴場が欲しいと言われても、な。
確かに滝は作ったが、それは寝不足による思考の乱れによって生まれた産物であり、そのような娯楽はまだまだ後の予定なのだ。
「デート用の場所を作れと言われてもさすがにまだ余裕がないぞ」
「なっ?!」
ふん、私に隠し事が通じると思うな。
しかし、デートスポットを用意するのはともかく、海水浴場を1つを作れとはフォウはなかなか豪気だな。
「せめて映画館や遊園地などでは駄目なのか?」
「映画は家で観れるし、遊園地はシミュレーターで十分なんだそうだ……というか遊園地ならいいのか」
シミュレーターが遊園地感覚というのはどうかと思うが……それと、人工的な海水浴場がどれだけ大変か考えていないな。
塩対策にどれだけの設備投資が必要だと思っているんだ。農業プラント(本当は海鮮魚関係は養殖プラントというのが正しいが宇宙では環境を1から作っているため農業とまとめる)を購入する時に金額を見た時はかなり驚いたものだ。
遊園地は手間が掛かっているように見えるが所詮は金属の塊でしかない。後は安全設計の問題となるが……さて、問題は遊園地に使われる資源だが、適当にMSのパーツを利用すればそれほど難易度は高くないだろう。
「……わかった。海水浴場は無理だが、何か考えておこう」
「助かる」
なぜ私が他人の恋愛を手助けしなくてはならないのだ。
そして、考えに考えてできたのが、これだ。
「へー、面白いな」
「そうだろう」
目の前で70cm前後のミニチュアMSが飛び回って1対1戦っている。
操縦しているのはプルとプルツーの2人である。もちろん搭乗しているわけもない。
「……確かに面白いけど、これってMDの訓練用よね?」
「……」
「アレン……また迷走したな」
「迷走とは失礼な。少し目的地がズレただけだ」
フォウの言うとおり、このミニチュアMSはサイコミュで操縦させている。
将来的にはMDを主軸としてプルシリーズの損失リスクを軽減したいというのが私の目標だ。
もっとも現状ではクィン・マンサどころか汎用性MSですら上手く扱えていないので実現はいつになるか不明だ。
余談だが、このミニチュアMSは当然私も操れる。10機はいけるだろう。つまり、触手に変わる新たな白兵戦用兵器ができたわけだ。
触手は私自身が身につけなくては自走できない……ということもないがかなり手間がかかるため、難しいが、ミニチュアMSは手軽に自走することができる。
それにビーム兵器は難しいが実弾も装備しているし、重量が増えるがシールドを装備することも可能だ。さすがにIフィールドは無理だがな。
そうか、これは警備用として各所に配置するのもいいな。今のところ私しか操縦できないが、私達に向けられる悪意は例え寝ていたとしても1番に察知するのは間違いなく私なのだから問題ない。
問題は1番トラブルが起こりそうな人の出入りが多い交易所まで距離があることか。
さすがの私も長距離を監視し続けることは難しい。
ハマーンやシロッコ……せめてシャアぐらいのニュータイプなら悪意、敵意があったならここから月でも察することもできるだろうが、な。
話を戻すとして——
「しかし、問題ない。ちゃんとそのあたりも考えている」
「本当か?」
「実際体験してみるといい」
そう言って2人をコクピットに入れた。
このミニチュアMSを操縦する際には操縦桿はないがサイコミュが必要であるためコクピットに座ることになる。
私ぐらいになればコクピットなんぞ必要ないがな。
そして、今から行われるのはタッグ戦だ。
もちろんカミーユとフォウがタッグを組み、対戦相手はそれ相応の相手でないと意味がないということでプルシリーズ上位ナンバーだ。
ここがミソなのだが、実はコクピットは完全防音であり、通信機器の類は一切ない。
そのため意思疎通は普通の手段では不可能なのだ。
しかし、そこは私達ニュータイプである。お互いの意思疎通は音を防ぐ程度のものでは妨げにならない。共鳴することによって意思疎通し、連携を取ることができる。
つまり、これは日常ではあまり使われない凡俗なニュータイプ達に共鳴をさせることも狙っているのだ。
おっと本音が漏れたな。
建前では共鳴によってお互いの思いを伝え合うことはデートなどというものより分かり合え、幸福感がある……はずだ。
私は日常的に共鳴したり相手に合わせて共鳴させたりすることができるため、それを実感したことはない。
そして、それはカミーユ達がコクピットから出てきた表情で立証された。
皮肉なことにニュータイプは必要に迫られないと共鳴しづらいという傾向がある。
これが慣れなのか、それとも自己防衛の何かなのかはまだ研究段階だ。