第百六十五話
そういえば、これがミネバ・ラオ・ザビとまともに話すのは初めてだな。
何度か顔を合わすことはあっても話すことはあまりない。
ちなみにここはハマーンの私室で、ハマーンとミネバ・ラオ・ザビとイリア、親衛隊に所属しているプルシリーズの3名のみとなっている。
親衛隊としてはプルシリーズを監視役として付けているつもりだが、完全な身内オンリーとなってしまっている。
ちなみに監視機器はないと聞いている。
「ハマーンからよく話を聞いている。ザビ家のため尽くしてくれていると」
「私はザビ家がどうなろうと構わんのだがな」
私の返答を聞いて驚いたようで、どう反応したらいいか困ったようでハマーンの助けを求めるように視線を向ける。
「アレンとはこのような者です。隠すことはあっても偽らない、良く捉えるか悪く捉えるかはミネバ様がお考え下さい」
「そうか……では、アレンはなぜ協力してくれたのだ」
「1にネオ・ジオン……いや、当時はアクシズだな……がなくなれば私自身が困ること、2にハマーンは優秀な検体であったこと、3はMS開発は研究を進める上でも役に立ったこと、と言ったところか」
それを聞いたミネバは「ふむ」と分かりやすく思案顔を浮かべ、何やら思いついたような表情で言う。
「つまりハマーンに好意を抱いていて、それで協力してくれたわけだな」
「ほう、どうしてそう思う?」
桃色髪が「な、何を言っているのですかミネバ様?!」と騒いでいるがそこはスルー、そしてミネバも見事なスルーで私の問に応える。
「検体という言葉はどうかと思うが、そう言われてハマーンは嫌な顔をしておらん。むしろ嬉しそうでった。それだけ信頼関係ができているということだと思う」
「その年齢にしてはなかなか聡明だな。もっとも人間関係はそれほど綺麗事ではないが」
「違うのか?」
「いや、今回に限って言えばある程度は当たっている。しかし、人間というものは権力を手にすれば人が変わり、人間関係も変わるものだ。組織を率いる者ならば気をつけろ」
「うむ、わかった」
物分りがいい子供は扱いやすくていいな。
しかし、成長過程が違っているはずなのにプルシリーズのオリジナルというだけあって仕草が似ている部分がある。クローン人間の性格や癖などは成長過程で蓄積されたものだという研究結果が出ているのだが、それを超えた何かを感じる。生物というのは研究しても解明しきれないことが多過ぎる。
思った以上にミネバとも普通に会話ができ、楽しく過ごしていた。
しかし、トラブル……いや、事件が起きたのは翌日の朝食であった。
国賓待遇というだけあって並べられた料理は戦艦の朝食だと言うのに豪華なものである。
だが、私の目の前にある料理から発せられているのは嫌な気配……殺意と悪意だった。
「……これは……」
周りを見ると護衛としてハマーンの後ろに立つ兵士から同質の気配を感じる。
「そこの雑兵……そう、お前だ。この料理を食べてみろ」
「任務中であるためそのようなことはできかねます」
まぁ普通の兵士でもそう答えるだろうな。
というわけでハマーンにチラッと視線をやると——
「私が許可する。食べてみるが良い、美味いぞ?」
「なっ!えっ、あ——」
まさかのハマーンの指示に冷や汗を流し、顔色を悪くしてしどろもどろにしか言葉がでなくなる兵士を触手で手足を拘束して、並べられていたスープの器を取る。
「さあ、遠慮はいらん。その後のことはハマーンが対処してくれるだろう」
「もちろんだ」
「ちょっとお待ちくだ——」
「ああ、ちなみに自白だとか黒幕だとか言う必要はない。既に把握しているから、な」
言いたいことを終えると無理やり口の中にスープを流し込む。
全てを流し込む前に兵士の身体が激しく奮え始め、流し込み終わった頃には既に息はなかった。
「毒殺とはまた短慮なことだ」
「アレン……すまなかったな。このような輩がいるとは思わなかった」
「構わんさ。さぁ、食事を続けよう」
死体を傍らに食事を続ける私達に周りにいる護衛達が恐れを抱いたようだが、この程度は想定内のことだ。
だからこそ護衛であるプルシリーズの食事は私が同席する時以外は持ち込んだ例のレトルトで過ごすことになっている。非難轟々だったが生死が掛かっているので飲み込ませた。
「それで、どうだった」
信用できる身内だけになったことでハマーンが問うてきた。
「狙いはクィン・マンサだな。私が死にさえすれば手に入るとでも思ったのだろう」
あの戦闘を見ていたならクィン・マンサが欲しくなるのはわからなくもないが、私に喧嘩を売るのに見合うかとどうか疑問もあるが——
「大体の人間はアレンのことを知らぬのだから仕方ないが明らかに割に合わないな。私なら素直に製作を依頼するがな……しかし、やはりクィン・マンサか」
ハマーンとクィン・マンサだからこそ成し遂げた戦果であるのだが、それを知らぬ者が見れば何が何でも欲しいと思ってしまう機体だろう。なにせ私が作ったものだからな。
もっとも私から言わせれば現状のクィン・マンサはプルシリーズのほとんどが操縦できないのだから未完成品に近いのだが……それこそ知らないことだから仕方ないか。
「今回のことで少しは見せしめとすることができただろう。実際、死人が出たことでかなり動揺しているようだからな」
「世の中逆恨みという言葉があるのだが……」
「逆恨みを抱けば私が察知できるのだから問題はない」
本当に危険なのは無意識の暗殺者、つまり、殺すことを当然と思っている精神異常者……ではなく悪意を持つ人間が第三者を暗殺者に仕立て上げることである。
一応、無自覚で殺す方法の代表例である毒殺はその毒から殺意を感じるから防げるのだが、本人が盛った時より殺意が薄らぐため、万が一があるかもしれない。
そのため、迷いなどがある中途半端な感情などではなく、明確で強い感情を抱いていてもらった方が防ぐことができるのだ。
「その二極化は危険だと思うのだが……」
「引きこもりの私にはちょうどいいのだよ」
「自分で引きこもりというのはどうなんだ」