第百六十六話
事件は暗殺だけに留まらなかった。
それはもっと直接的なもので、クィン・マンサに近寄り、データを収集しようとしたのだ。
名目としては貴重な積載スペースを使っている以上、いざという時に役に立たないなんてことがないように整備させろ、というものだった。
言いたいことはわからなくもない。宇宙では使える空間は限られているので親衛隊のMSを減らして私達のMSを載せた。つまり、親衛隊にとって面白くない上に、ハマーンを護衛するという自分達の仕事にも支障を来たす可能性があるのだ。
だからといってハイそうですかと受け入れるわけもなく、プルシリーズ達は指揮系統の違いを盾にして追っ払おうとしたのだが相手が強硬手段に出たので漏れなく返り討ちにした、という報告を今あがってきた。
「なんでこうも面倒事ばかり……」
「私のせいではないぞ。プルシリーズは当然の主張と実力行使を行っただけだからな」
「わかっている……ハァ、こんなことならガトーにも連れてくるべきだったか」
ちなみにガトーは未だに収まらぬタカ派を押さえるために奮闘しているらしい。
「こんな仕事するぐらいなら戦場を駆け抜ける方がずっと楽だ、とガトーが言っていたな。私も寸分違わず同意見だ」
戦場は命というチップを賭けた博打場がマシだと言い切るあたり、とてつもなく苦労しているのだろう。
「ふ、アレンが用意してくれたクィン・マンサがあれば万が一も億が一もないわ」
「慢心は死を招くぞ」
「もちろんわかっている。ただの冗談だ」
本当か?どうも本気で言っていた気がしたが?
「それはともかく、この事件の落とし所は何処だ。いつもの資源か?それとも技術か」
「なら資源をいただこう」
問題が起きれば私達が儲かるという諺ができそうなやり取りだ。
ハマーンはこちら側の人間であるため、国が賠償すると言う形で私達に資源を流すことに抵抗がない……と言うか、後の処理が面倒だとボヤきながらも喜々として流してくれている。
組織を率いる者としては失格だが、私達は困らないので問題ないし、ハマーンが危険となればもちろん助けるつもりでいる。
そもそもハマーンは宰相を辞めればこちらに来るのを決めているのだから将来のための備蓄とも言える。
「さて、予算編成をやり直さなければならんな。最近、親衛隊の暴走も目立つし、そこから充てがう……いや、いっそ縮小するか?アレン、プルシリーズをもっと派遣できないか」
「それは可能だが、親衛隊をあまり冷遇すると可愛さ余って憎さ百倍にならんとも限らないぞ」
狂信者は狂っているからこそ狂信者なのだから捨てるのも拾うのも抱えるのも大変だ。
「むぅ、面倒な」
それ以降、特にトラブルはなかった。死人が出たこと、返り討ちにあった者達が丁寧に手足の神経を切られ、必要最小限の麻酔で私が繋ぎ直したことが知れると平気で人を殺し、壊して治す拷問好きとして恐れられる事になったこと以外は。
どうやら後で起きた事件はあの暗殺者を始末したことはまだ殆ど知られていなかったために起こってしまった不幸な事故のようだ。
しかし、これで完全に私達と親衛隊の関係は決定した。それは不可侵、お互い触れず触らず、である。
別に私達がそうしようとしたわけではないが、不気味な集団には手を出さないと狂信者であるにも関わらず、生存本能を優先したようだ。
まぁ今はハマーンの盾として活躍している……はず……の彼、彼女らを甚振(いたぶ)りたいわけではないので構わないのだが。
それはいいとして、やってきたのはルナツー、ここで演習が行われることになる。
なぜルナツーで行われるかというとア・バオア・クーことゼダンの門はティターンズによって自壊してしまい、ソロモンことコンペイトウは前回行われた観艦式を星の屑作戦で潰したことで縁起が悪いとされ、月はそもそも選択肢にならない。つまり消去法で選ぶとルナツーとなったらしい。
妙なところで星の屑作戦の影響を見たな。
「いつ見ても美しいですな」
「本当にそのとおりだ」
「ふふ、皆さん口がお上手で」
ハマーンがお偉いさん方と話しているのを見ると本当に、私達が招待されなくてよかったと思う。
正直、あんな中に入りたいとは思わない。
むしろ、ハマーンが早く宰相を辞めたいという気持ちがよく分かる。
「おや、アレンも来ていたのか」
「知っていてその口振りは相手に不快感を与えるぞ」
「……アレンはいつも変わらないな」
「どうやら実質国家元首となった貴様の周りでは態度が変わった者が多数いたようだな。クワトロ代表」
「本当に変わらないな」
「シャア……よくこのプレッシャーで、平気な顔をしていられるな」
隣で顔を緊張で強張らせた上に汗を流している天然パーマの男に注目する。
この男……まさかっ?!
「紹介しよう、こちらはアムロ・レイ……こう言えばアレンならわかるかな」
「まさかこんなところで白い悪魔と会えるとは思わなかったな。アレン・スミス、しがない研究者をしている」
「俺はそんな呼ばれ方をしていたのか」(悪魔はこれほどのプレッシャーを放つ君の方だと思うがね)
「私は悪魔よりは化物やマッドなどと呼ばれているよ」
「っ?!」
「さて、アムロ・レイ、君には色々と聞いて見たいことがあった。ぜひ聞かせてくれないか」