第百七十一話
とりあえずジャミトフの健康診断と既に破壊済みの埋込み式の発信機を排除した。
それだけのつもりだったが、発信機が思ったより深くに埋められていて取り除くのに麻酔を使用したついでに肝臓と胃と腎臓と肺が年相応かそれ以下に弱ってきていたので全て取り替えておいた。
ちなみに本人には事後承諾だがこんなもの私に掛かればリスクは有りはしないので(私は)問題ない。更に言うとジャミトフ本人はまだ知らない。
それとあまり遠くならない内に軟骨を補充したり骨を取り替えたりする予定だ。もちろんジャミトフは知らない。
「……一通り資料は読ませて貰ったが、民族主義……いや、社会民族主義とでも言うべき体制だな」
社会民族主義……確かに現状は私やスミレ、プルツーなどの例外を除けば平等であり、家族や仲間を民族と言い直せばそのように取れなくはない。権限に関してのみが例外であって貧富格差はほぼ無い。
個人より研究と家族を守ること、これが今の私達の方針である。(研究が既に個人的欲求であることは言ってはならない)
「しかし……私が率いてきた組織とは違いすぎる。何処まで通じるかは検討もつかん」
「今の段階で失敗されても大した損失はあっても無駄はない。失敗などあって当然だろう」
そもそもジャミトフを引き入れたのは私の研究時間を増やすことが主な役割である。あまりに酷い失敗を繰り返されなければ文句は言わん。
「とりあえずは意識調査でも行ってみるか、現状把握こそが組織運営の基礎だ」
「……」
ああ、ニュータイプとオールドタイプ、一般人と逸般人の違いをまざまざと認識させられる。
今までは私が共鳴によって勝手に意識調査……と言っていいのか疑問だが、調べはしていた。
しかし——
「プルシリーズには情報端末を持たせているので行うのはそう難しくはないが……ジャミトフ、人口のほとんどであるプルシリーズは見かけはああだし、教育も施して知性ある人間に見えるだろうが、実年齢は7歳児未満であることを気をつけるように」
「……覚えておこう」
やはり一般人には受け入れがたい現実のようだ。
カミーユ達はまだ若いからなのか、軽く扱っていたが、それなりに高齢になると先入観が障害となっているのだろう。
こういうことを考えると私も年を取るのが怖くなる。先入観なんぞ研究者、開発者にとって足かせでしかない。
やはり人間の記憶を情報媒体に移す方法を考えるべきかも——
「……貴様、また妙なことを考えているだろう」
「妙なことではない。人間の記憶を外部に留める方法を模索していただけだ」
「……」
ジャミトフが加入して1番変わったことは……プルシリーズがおじいちゃんと呼んで割りと慕っていることだ。
本人も満更ではないらしく、私の想像以上に精力的に活動をしている。
まだまだミソロギア内部のことは感覚が掴めないため、外部とのやり取りがメインである交易所に関しての対応に大いに役立っている。
特に外部の者達との交渉事などは独壇場である。そもそもジャミトフは役職や権力は失ったが、その名前が持つところはかなり大きく、今でも通じる人脈が豊富で相手の弱みなどを多く握っている。
その結果が——
「この短期間で収入が200%増しというのは明らかにおかしいだろう」
「おぬしらが良く言えば善意ある、悪く言えば無知な価格設定にしていただけのことだ」
「ちゃんと相場で取引していたはずだが?」
「そんなもの表の相場に過ぎん。本来はもっと強気でいっても問題ないものばかりだ。特に貴様やスミレが開発している商品などは、な」
「あいにく商売方法は独自のものでな」
表なんて言われても知らん。
「まったく、妙なところで計算高いが妙なところで無知だな」
「残念ながら金には興味ないからな」
研究や開発に必要だから金が欲しいのであって、他の者のように贅沢したいから欲しているわけではない。
「……典型的な科学者だな」
「科学者だからな。それはともかく、増えた収入はとりあえずジャミトフが必要だと思うものに回そうと思っている。何が必要か上げておいてくれ」
「ほう、そういうことだけはよくわかっているようだな。さて、何にするかな。やはり王道のギャンブルか?しかし治安悪化とトラブルの種が……それにプル達の教育に影響も……歓楽街は問題外か……」
良いことなのだが、本当にジャミトフはプル達のことをかなり気にかけているが……プル達はMSパイロットであることを忘れているような気がする。
MSパイロットなどいつ死ぬかわからないのだ。私達のように生きるために戦う覚悟があるならともかく、ジャミトフは半分以上引退した存在で、現役とは言い辛い。
そんな状態でプル達の誰かが死んだ時の反応が心配だ。
何かが起きる前に働かせるだけ働かせておこう。