第百八十四話
現代の人間というのは日常生活において感情が表に出る機会はかなり少ない。
なぜなら感情的に動いていては職務を全うすることは難しいからだ。
無論心の中では喜怒哀楽が入り乱れていることだろうが。
さて、このようなことを私がなぜ語っているかというと例の宇宙海賊に関連しているからである。
宇宙海賊とは如何なる職種か、宇宙空間で共に過ごす賊であるため、地球にいるような賊達よりは規律があるだろうが、所詮は賊。
他人から強奪することを商いとしている欲深さと暴力性、そして生死との挟間をより多く経験したことによる精神への影響が出ており、一般人とは違うものへと変質している。
ここからが本題——
「つまりその特殊な精神のあり方を異常なアレンの感応能力で見つけ出すことは簡単で、宇宙海賊は予定通り根城にいるってことを言いたいのよね」
「……簡単に言うとそのとおりだ。そのとおりなのだが、人の台詞を奪うというのは感心しないな」
「長ったらしい自慢話と説明を聞く気なんてないわ」
おそらくミソロギア内で私に一番遠慮なく発言する人物だろうな。フォウは。
それはともかく、なんともタイミングがいい。定期的に探った気配の最大数と同じ、つまり海賊達のほとんどは根城にいるようだ。
「さて、カミーユ達のお手並み拝見と行こうか」
今回は私は手を出すつもりはない。
全滅の危機というならさすがに助けるが、1人や2人死ぬことになろうと、だ。
私は家族だからと過保護になりすぎていた。プル13の死が原因であろうことは疑いようがない。
これが平和な世ならば、私達を、私の研究を受け入れるような世なら問題はなかった——いや、いくら常識がいくらか欠落(いくらかではなくかなりだが)しているとはいえ、人間のクローンなどが許される世というのは、それはそれで嫌な世だとは思うがな。
プルシリーズが出撃、キュベレイ4機、その内パノプリア装備が1機が母艦の護衛として残り、残りのストラティオティスとキュベレイ11機(内パノプリア装備1機)が海賊達の拠点に進行する。
「…………おい、海賊。まだ気づかないのか」
いくら賊とはいえ、いや、賊だからこそ常に外敵に備えていなければならない……はずなのだが……まさか自分達が襲う側だから襲われないとでも思っているのだろうか?しかし、カミーユ達は隠れもせずに堂々と進んでいるのだが。
「それはあれじゃない。確か仕様書にステルス塗料が載ってたから感知できないだけじゃないかしら」
「ああ、あれか」
基本的に軍事用のレーダーは無効化できないから忘れていたが、民間に使われている物や一年戦争以前の旧式であれば探知されない程度には効果があったはずだ。
……このままだと堂々と進んでいるにも関わらず奇襲が成立してしまい、今回の意味が——と思ったが杞憂だったようだ。
海賊共が慌ただしく動き始めたのを確認できた。
どうやら軍事用のレーダーも有しているようだが、索敵範囲が狭いため察知するのに遅れた、というところか。
さあ、海賊共の陣容は——
「妙に充実しているな」
「本当ね……カミーユ、大丈夫かしら」
ネモを主軸としてハイザック、マラサイ、バーザム、ガンキャノンII、ジムキャノンII、極めつけはリック・ディアス……海賊らしく統一性はないが、盗賊らしからぬラインナップだな。
特に、リック・ディアスだ。
あれは正式量産機ではなく、試作量産機であるため他の機体から比べるとスペックこそ優れているものの整備性はよろしくない。実際エゥーゴでは軍縮ではないが、維持費の観点から訓練機すらも通らずに廃棄処分する案が出ているらしいのだ。
まさかエゥーゴからの横流しか?アナハイムの方かと思ったが……まぁそのあたりは面倒だから詮索はしない方向で行く。
「戦艦はサラミス級2隻とコロンブス級が1隻か、こっちは残骸からどうとでもできるから予想の範疇だな」
「よほど綺麗な残骸があったのね。アレンでもなければ普通は再生なんて簡単にできるものじゃないわよ。普通は、命を預けるものをリサイクルしようなんて戦時でもなければしないもの……普通は」
何やらフォウが私をディスってくるが……まぁ先日の不安を煽ったことへの仕返しだろう。この程度なら可愛いものだ。
それにしても——
「なんというか……ミノフスキー粒子が散布されない戦いというのは初めての経験だな」
「そうね」
今の戦い方はミノフスキー粒子を散布することから始まる。
それはMSなどの機動兵器が誘導兵器によって落とされるリスクを下げるためなのだが……カミーユ達はミノフスキー粒子を撒いているが、海賊共にその様子はない。
詳しい事情は知らないが私が考えられる可能性は3つ、1つは装置の故障、2つはMSや戦艦のミノフスキー粒子対策に不安がある、3つは……ケチっている、だ。
ミノフスキー粒子もタダではないのでわからなくはないが、襲撃にあってケチるのはどうかと思うが。
さて、肝心の戦闘内容は——少し苦戦しているが概ね有利。
苦戦しているのはやはり経験が少ないプルシリーズが生死を賭けた戦いのプレッシャーによって動きが鈍っている……からだけではない。
これはちょっと想定外のことだが海賊達が正規軍とは違ったMS運用を行っているため、フェイントにしても明らかに不効率な動きが多々あり、それに惑わされているようだ。
とはいえ、それでやられるような間抜けはさすがにいないが。